31 曖昧な一文
教会、図書室特別区域。
来る日も来る日も、聖職者たちは古経典と向き合っていた。
「うぅー……目が痛くなってきた!」
ベネディクトが声を上げると、周囲にくすくすと笑いが広がる。
「イレーネ様のためですわ。頑張りましょう」
ソフィアが柔らかく励ますが、その顔にも隠しきれない疲労が滲んでいた。
司祭たちは石板の古い文字を紙に書き起こし、さらにそれを現代語へと訳す。時間のかかる作業に加え、まだ幼い助祭や見習いたちは机に突っ伏して眠ってしまう。日頃なら厳しい叱責が飛ぶが、この時ばかりは誰も咎めなかった。
「同じような記述が延々と続いたり、初代大聖女様の偉業ばかりだったり……。普段なら面白く読めるかもしれないけど、今回はしんどいな」
ベネディクトが愚痴をこぼすと、皆も苦笑しながら頷く。
「そもそも“イレーネ様を救うヒント”なんて、どこを探せばいいのか曖昧すぎる。目星もつけられない」
こめかみを揉みながら、ベネディクトが呻いた。
「ソフィア様、ここを見てください!」
エリナが小さな声を上げ、訳文の一枚を差し出す。ソフィアが受け取り、指差された一文を読み上げた。
「――“相応しくないものは聖女にあらず”」
一瞬、場に沈黙が落ちる。
ベネディクトが眉を顰めた。
「……聖女を選ぶ時の言葉じゃないのか?」
「前後を読むと、そこまで限定していないようですわ。ただ……何が“相応しくない”のか、どういう状況を指すのか。古語らしい遠回しな表現が続いていて、明確ではありませんわね」
ソフィアの言葉に、あちこちから深いため息が漏れた。
「ダメですか……」
エリナがしゅんと肩を落とす。
「まだ決めつけるには早いわ。もう少し丁寧に読み込みましょう。……日が沈む前に、できるだけ進めて」
ソフィアが声を掛け、皆は再び目の前の古経典に向き直る。
ベネディクトは窓の外を見上げた。赤く燃える夕陽が目を刺し、思わず瞼を強く閉じる。長く息を吐きながら――胸の奥に、わずかな不安と期待を同時に抱えていた。




