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28 秘められた言葉

 大司祭室の扉を出てから数日後。

 マルケルス大司祭は深呼吸を繰り返し、震える手で教皇執務室の重厚な扉を叩いた。


「入りなさい」


 低い声が響く。

 扉を開けば、深い色味の木材で統一された荘厳な部屋。高窓から射す光に、机上の金縁の書類挟みや銀の燭台がわずかに輝いている。壁には整然と古い経典が並び、余計な装飾はない。だがその簡素さはむしろ重苦しい威圧感を放ち、足を踏み入れた瞬間、胸が締め付けられるようだった。


 部屋の奥、深い革張りの椅子に座る教皇グレゴリウスの姿。白地に金縁の修道服が淡い光を反射し、その視線は射抜くように鋭い。


「本日は、お願いがあって参りました。

 大聖女イレーネを……還俗させていただけませんでしょうか」


 言葉を吐き出すのと同時に、マルケルスの背を冷や汗が伝った。


「彼女は、皇王陛下に幾度も叩かれ、ついには伝説級の魔物との戦において盾にされ、重い火傷を負いました。

 大聖女であるがゆえに施療院にも入れず、私室で熱にうなされるしかありませんでした。

 その上、彼女はその身さえ穢されそうになったのです。

 私は……彼女がこのまま心身を壊してしまうのではと恐れております」


 しばしの沈黙。

 部屋に張り詰める静寂の中、壁際の古時計がわずかに音を刻むのだけが聞こえる。


 やがて、重々しい声が響いた。


「……たとえ罪を犯そうと、身を穢そうと、聖光教会では死ぬまで還俗は許されない。それが長き伝統だ」


 大司祭は拳を固く握りしめ、必死に顔を上げる。


 しかし、グレゴリウスは続けた。

「だが――かつての大聖女様が、何かを言い残したかもしれない。人は誰しも見落とすものだ。たとえ意味がわからなくても仕方がない。現代を生きる我らが、改めて読み解かねばならぬのだろうな」


 目を伏せ、口元をわずかに緩める。

「ああ、今のは独り言だ。気にするな。……還俗は許されない。下がりなさい」


 マルケルスは含意を悟った。

 涙をこぼさぬよう目を強く閉じ、「ありがとうございます!」と深く頭を垂れる。


◇◇◇


 重い扉が閉まる。

 執務室に一人残された教皇は、誰にも聞こえぬ声で呟く。


「感情を揺さぶれ。人らしくあれ。かつて教会は民に寄り添うものであった。その姿を取り戻すのだ。私の代で、必ず取り戻してみせる。……聖光の導きは、我らと民のために」

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