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27 すれ違う心

 澄み渡る空気の昼下がり。

 ユリウスは軽やかに教会の石畳を歩き、胸の奥で弾む鼓動を押さえきれずにいた。


 あの日、イレーネが自分の名を呼んだ。

 命を懸けてでも守りたい、と強く思った。

 いや、もう迷いはない。

 彼女を愛している。必ずこの手に娶りたい――ユリウスの心には、確かな決意が宿っていた。


「こんにちは」

 約束の時間に礼拝堂を訪れれば、いつものようにベネディクトが待っていた。昼の光がステンドグラスから差し込み、彼の影を柔らかくいくつも作り出している。

「こんにちは、ユリウス様」

 ユリウスはベネディクトに軽く頭を下げるが、広い礼拝堂の奥にいる女性に目が釘付けになっていた。

 彼女だ。イレーネが聖像の前にいる。

「あの……イレーネ様に挨拶をしてきてもよろしいですか?」

 ユリウスが彼女の方を手のひらで示しながら問えば、ベネディクトは朗らかに「いいですよ!」と答えて微笑んだ。


◇◇◇


 祈りを終えたイレーネは、差し込む光に淡く金の瞳を揺らしていた。

「イレーネ様」

 ユリウスが声をかけると、彼女の肩が小さく跳ねる。


 振り向いたその瞬間――頬にまだ腫れの残るユリウスの顔を見て、イレーネの瞳が悲しげに揺れた。けれどすぐに、笑みを形づくる。

「ユリウス様……。ごきげんよう」


 ステンドグラスの光は二人の足元に鮮やかな模様を描き出す。だが、その影は交わることなく、互いに別々の方向へ伸びていた。


 穏やかに取り繕ってはいるものの、視線はすぐ逸らされ、距離を詰める間もなく背を向けられる。


 ユリウスの胸に、鋭い痛みが走った。


 けれど言葉を飲み込み、ただその背中を見送るしかなかった。

 祈りの余韻に包まれた静かな礼拝堂は、かえって二人の隔たりを際立たせていた。


 それを背後で見ていたベネディクトは、顔を青ざめさせ、静かに息を呑んだ。


◇◇◇


 廊下の片隅。

 ソフィアは小さくため息をつき、ベネディクトは苦々しい表情で顎を掻いた。

「イレーネ様のお立場を考えれば、致し方ない……。少し、近づけすぎてしまったかもしれないな……」

「ええ……自覚されてしまったのでしょうね。わかってはいるのですけれど、見ているのがつろうございますわ」


 その横で、エリナだけが必死に首を振っていた。

「なんでですか!? ユリウス様はあんなにイレーネ様を守ってくださったのに! どうして避けちゃうんですか!」

 純粋な叫びに、二人は答えられず黙り込む。


 石畳に揺れる光は、行き場を失ったようにただ揺れていた。

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