23 許されぬ祈り
窓の向こうに、白い三日月と、ふくらみを帯びた赤い月。
二つの月が寄り添うように浮かぶ光景を、イレーネはただぼんやりと見上げていた。
――涙が一粒、頬を伝う。
それは止めようとしても止まらず、静かに、幾筋も零れ落ちていく。
皇王に罵られても、叩かれても、身体を焼かれるような痛みに晒されても、涙を見せたことはなかった。
教会の外へ出たいと願っていても、それを涙に乗せたこともなかった。
与えられた使命を、ただ淡々と、粛々と果たしてきたつもりだった。
大聖女として、正しく生きてきたはずだった。
――なのに。
皇王の手に捕らわれたとき、口をついて出たのはユリウスの名。
あの人の声を、あの人の手を求めてしまった。
触れられるのなら彼がいいと。
違う――彼以外の誰かに触れられることなど、もう考えられないと。
守るように立ちはだかった背中に、縋りついてしまいたかった。
胸に顔を埋めて、泣いてしまいたかった。
――許されるはずのない願い。
大聖女である自分だけは、決して持ってはならぬ想い。
けれど、この胸を焼きつけるような痛みが何なのかを、もう誤魔化すことはできなかった。
「……好きに、なってはいけない」
声に出した瞬間、余計に苦しくなり、嗚咽がこぼれそうになる。
イレーネは両の手を胸に押し当て、必死に震えを抑えた。
静かな夜。
寄り添う二つの月の下で、彼女はただ一人、涙に濡れて祈り続けた。
その祈りが、誰にも届かぬことを知りながら――。




