21 宝物庫の悪夢
静かな宝物庫。棚に並ぶ聖遺物が、薄暗い灯りを受けて鈍く光っている。
その前に跪き、イレーネは祈りを捧げていた。傍らでは、エリナが布を抱え、片付けに励んでいる。
ギィ、と扉がきしむ音が響いた。
「……陛下」
二人は驚きながらもすぐに右手を胸に当て、教会式の礼を取る。
「ふん、ここにいたのか」
若き皇王レオポルドは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら悠然と歩み寄る。
「宝物庫に籠って祈るなんて殊勝なことだな。だが……大聖女ともあろう者が、こんなに人目のないところにいるのは危ないぞ?」
わざとらしく低い声で笑い、イレーネを頭のてっぺんから爪先まで値踏みするように眺め回す。
「今日は少し――大聖女を“可愛がってやろう”と思ってな」
イレーネの背筋に冷たいものが走った。
次の瞬間、レオポルドはちらりとエリナを一瞥し、手を伸ばした。
「お前は邪魔だ。外に出てろ」
「えっ……!」
エリナは悲鳴をあげる間もなく、腕を掴まれ乱暴に外へ投げ出される。扉がバタンと閉ざされた。
「イレーネ様! イレーネ様!!」
必死に扉を叩くも開かない。
「おいチビ、向こうへいってろ。皇王陛下はお忙しいんだ」
頭上から降ってきた声に顔を上げれば、皇王専属の護衛官が冷ややかにエリナを見下ろしていた。
エリナは顔を青ざめさせ、廊下を駆けだした。
「ベネディクト様! ユリウス様!!」
廊下で二人を見つけると、涙声で叫ぶ。
「助けてください! イレーネ様が! 皇王陛下が来て! わからないけど絶対ダメな感じです!」
ユリウスの表情が一瞬で険しく変わる。
「イレーネ様はどちらに!」
「宝物庫です!」
「案内します!」とベネディクト。「エリナは大司祭様を!」
「はい!」
ユリウスは胸ポケットの緊急通信装置を押し込み、駆け出した。
◇◇◇
宝物庫の中。
レオポルドがイレーネの腕を掴み、下卑た笑いを浮かべる。
「よく見れば……随分と愛らしい顔をしているじゃないか。清らかな聖女だと皆が持て囃すから、俺もつまらなく思っていたが……へぇ、近くで見ると悪くない」
彼はわざと顔を近づけ、鼻先が触れそうな距離で囁いた。
「聖女だろうが大聖女だろうが、俺のものは俺のものだ。お前もその一つだ」
イレーネは皇王から顔を背ける。腕を引いてもびくともしない。
「おやめください! 私は大聖女です!」
「ははっ、だからこそだ。お前が俺のものになれば、教会も誰も文句は言えん」
イレーネは必死に体を捻って逃げ出す。だが狭い宝物庫ではすぐに捕らえられ、腰を乱暴に抱き寄せられた。
顎を無理やり掴まれ、上を向かされる。
「嫌がる顔も……なかなかだな。泣き声も聞かせてみろ」
舌で唇を湿らせながら、いやらしい笑みを浮かべる皇王。
「いや! いやだ!! ――ユリウス様!!」
その叫びと同時に、扉の向こうで皇王の見張と、それを取り押さえようとする教会護衛官たちの怒声が飛び交った。
次いで、扉が激しく破られる音が響き――
「イレーネ様!!」
駆け込んだユリウスの視線が、イレーネの腰を乱暴に掴む皇王の手を捉えた。
黒い瞳が激しく燃え上がる。
「その手を――離せ!!」
怒号と共にユリウスはレオポルドを力任せに押し退け、イレーネを背に庇った。
「なんだ貴様は! 私の邪魔をしていいと思っているのか!」
「ご無体はおやめください! このようなことが許されるはずがありません!」
激昂したレオポルドの拳が振り下ろされ、ユリウスの頬を打つ。
「ユリウス様!」
イレーネが悲鳴を上げる中、ユリウスは血をにじませながらも一歩も退かず、皇王を睨み据えた。
「……下がりません」
レオポルドが再び拳を振り上げる――。




