20 五賢人会議
五賢人会議の広間。
円卓には皇王と教皇、そして三人の賢人が並んでいた。
名目上は五人が対等に議論を交わす場だったはずだ。だが実際に皇王に異を唱えられるのは教皇グレゴリウスだけである。しかし、その発言も取りあわれることは殆どない。
財務を司る老賢人も、軍務を預かる将軍も、宮廷を取り仕切る宰相も、皆皇王に選ばれた腹心にすぎない。
対人の軍を束ねる正規軍は軍務卿の指揮下にありながら、事実上は皇王の命一つで動く。
本来なら教皇の管轄であるはずの聖騎士団さえ、今では皇王の指揮下に置かれていた。
――五賢人会議。それは、表向きは合議であっても、実情は皇王の独壇場である。
赤いマントを誇示する皇王レオポルドは、いつも通り傲然と玉座に身を預けていた。
その対面に座すのは、聖光教会の頂点に立つ教皇グレゴリウス。
宰相、軍務卿、財務卿が脇を固め、会議は始まった。
◇◇◇
「――戒律の改編を提案いたします」
低く響く教皇の声。
「聖女や聖職者に課せられた厳しすぎる戒律は、時代にそぐわぬ部分がある。信仰を妨げぬ範囲で、改めるべきだと考えます」
「断じて認めぬ!」
レオポルドは声を荒げ、卓を打った。
「教会を好き勝手にさせるものか! 戒律を緩めれば、聖女どもは堕落する。教会は我が支配の下にあるのだ」
宰相はすぐに腰を折り、痩せた体を皇王に向けた。
「ごもっともですな。皇国は教会と共にある。だからこそ、皇王陛下の裁可なしに戒律を変えるなど、馬鹿げたことをしてはならんのです」
軍務卿も大きく頷く。
「他国を圧倒する聖騎士団も、皇王陛下のもとにあってこそ力を発揮できる。教会は今のままで良い。なぜ戒律を変えたいのです、理解できませんな」
財務卿も口の端を歪めて言った。
「今の教会だからこそ、民は尊敬し、人心を集めるのです。この力が皇王陛下をお支えし、経済も回る。戒律を変えるなどしたら、教会の権威が落ちるでしょう。現状の厳しすぎるくらいの戒律で、ちょうどいい」
皇王の口角が醜く歪んだ。
「私は最近気づいたのだが……聖女は処女を失っても聖力を失うわけでもなく、還俗もできぬのであろう? ならば、どれほど穢れようと二度と俗世には戻れぬ。ふん……ならば私のものにしてしまった方が、教会の権威も上がるというものではないか。そうだ、なぜ今まで気づかなかったのだろうな」
場が凍りついた。
「は、ははは……そうですな。陛下のおっしゃる通りでございます」
「我々も気づきませんでしたな」
「いやいや、本当に陛下はよくお気づきになる」
三人は互いに顔を見合わせ、皇王に媚びへつらうように笑う。誰一人、正面から否を唱える者はいなかった。
ただ、冷たい沈黙をまとったグレゴリウスだけが、眼差しを伏せ、卓上に影を落としていた。
◇◇◇
やがて会議が終わり、重い扉が閉じられる。
教皇グレゴリウスは杖を握る手に力を込めた。
――この愚王は自ら火種を撒いている。
大聖女を盾にしたという噂、無能な采配、そして今の下劣な言葉。
それらはすべて、やがて民衆の耳に届く。
(我らが差し伸べる手を、人々は待ち望むことになるだろう)
老いた瞳が、静かに炎を宿す。
しかしその炎を、誰に見せることもなく。
「……監視をつけよ」
低い声で命じると、従う大司教が一礼する。
皇王の一挙一動が――やがて大きな波を呼び起こす。
その時を待つのは、まだごく限られた者たちの胸の内だけだった。




