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19 聖女の心

 礼拝堂。赤い陽がステンドグラスを透かし、艶然と笑むカエリウスの青い瞳を怪しく揺らめかせていた。

 その姿はまるで絵画から抜け出した王子そのもの――長い金髪を背でゆるやかに編み、華やかさと清廉さを同時に纏った青年が、当然のように神聖な空間に溶け込んでいる。


「大聖女殿と話したい。君たちは控えてくれないか」


 その一言に、応対していたベネディクトとソフィアは一瞬言葉を失った。

 拒絶すべきなのに、気づけばその美しさに気圧され、抗う声を飲み込んでいた。頼れるはずの大司祭は留守。アドリアンの促しに従い、渋々礼拝堂の入口まで下がるしかなかった。


 カエリウスは最前列に腰を下ろし、足を組むと、編み込まれた金髪が椅子をさらりと撫でる。その優雅な仕草一つで場の空気は彼のものになる。


「座って」


 短い言葉に、イレーネは逆らえず、二人分ほど間を空けて腰掛けた。


 入口では――。

「座っちゃいましたわ! これではイレーネ様が見えません!」

「大丈夫なのかこれ、本当に。ほとんど二人きりじゃないか……」

 焦燥をにじませる二人に、アドリアンは無表情のまま小さく肩を竦める。

「殿下は……紳士です」

「……今、間がありましたわね!?」

「“変わった方”って言いかけましたよね!?」

 不満を膨らませる二人を前に、アドリアンは苦い顔をして口を閉ざした。


◇◇◇


「ユリウスは、いい男だろう?」

 カエリウスは、ステンドグラスの柔らかな光を頬に受けながら、手のひらをイレーネに差し出した。


「え……」

 不意の言葉に、イレーネは胸元に隠した真珠の首飾りへ無意識に触れた。


 それを一瞥した彼は、両手を膝の上に重ね、再びステンドグラスを見上げる。

 長いまつ毛の影が頬に落ち、顎から首筋にかけての曲線は艶やかで、背に受けた光が金の髪を淡く照らす。

 整いすぎたその姿は、まるで人の形を借りた何か――聖像のようにすら見えた。


「私には敬愛する兄上がいる。慈悲深く、寛大で、素晴らしい方だ。戦時でもない今のセレスタでは、王に最もふさわしい人物だと私は思う。だから、命をかけて兄上を支えると決めた。

 だが――そんな私を利用しようとしたり、邪魔だと排除しようとした人間はいくらでもいた」


 囁くように語りながら、彼の青い瞳が細められる。

「だから私は、側に置く人間を徹底的に調べて選ぶ。それがたとえ“連絡官”にすぎなくても、だ。……わかるかい? ユリウスは、私が誇る仲間だ」


 イレーネの胸に浮かぶのは、優しい瞳、温かな声、大きな手。

 彼女はそっと指を組み、震える指先を隠した。


「……貴女はどうだ?」

 再びこちらを向いたカエリウスの青い瞳が、試すように射抜いてくる。

「彼に心を預けたいと願うか?」


 すぐには言葉が出ず、イレーネは自分の指に視線を落とした。

「私は……大聖女ですから」


 カエリウスは目線を壁に投げ、鼻で小さく笑う。


「今はそれでいい」


 彼はゆるやかに笑みを浮かべ、椅子に片手をつき、すっと身を乗り出した。

 背からさらりと髪が滑り落ちる。


「私は強い揺さぶりをかける。――だから、君が彼を思うなら、どんな時も強く立っていてほしい。それが彼のためになる」


「ユリウス様の……ために?」

 イレーネが視線を上げれば、金の瞳と青の瞳が正面から交わった。


「そうだ」

 カエリウスは立ち上がり、イレーネに手を差し伸べる。

 迷いながらもその手を取った瞬間、ぐっと引き寄せられ、指先が彼の唇に触れた。


「強くあれ、大聖女」


 澄んだ青の瞳に見透かされるようで、イレーネは慌てて手を引いた。


「用は済んだ。話せて良かった。それではな」

 あっさりと席を離れ、アドリアンと合流したカエリウスは、そのまま礼拝堂を後にした。


「な、なんなんですの……?」

「偉い人の考えなんか、俺にはわからない……」

 入口に残された二人は、ただぽかんと立ち尽くすばかりだった。


◇◇◇


帰路の馬車。


「あれは、どういう意味なのですか」

 アドリアンの問いに、カエリウスは肩をすくめる。

「大聖女殿がユリウスにどれほど惹かれているか、確かめただけさ。……両想いだろう。めでたいことだ」

「殿下のやることは、いつも迂遠でわかりにくい……」

「そうか? 私はけっこう楽しくやっているんだけどなぁ」


 艶やかに笑うカエリウスの横顔を、アドリアンは深い溜息と共に見つめていた。

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