18 揺さぶり
「あの……何かありましたでしょうか」
夕焼けが差し込むカエリウスの仮の執務室。普段は日報をアドリアン経由でやりとりしているため、ユリウスがこうして直接呼ばれることは滅多にない。理由が分からず、彼は緊張を隠せなかった。
「ユリウス、君……恋をしただろう?」
「はっ……!?」
唐突な問いにユリウスは顔を真っ赤にし、控えていたアドリアンは眉をひそめる。
「責めてはいない。むしろ、好都合だな、と」
カエリウスは椅子を離れ、夕焼けの窓辺に歩み寄る。母国セレスタ王国より広大な土地を有するアルブレヒト皇国。その皇都はどこまでも続いているように見える。
「この皇国の皇王――レオポルド。あれは教会を完全に支配し、聖職者たちを己の奴隷にしている。
愚王が握る力は教会そのものだ。放置すれば、この国は腐る」
そこまで言うと、カエリウスはふっと目を細めた。
「だが何より……兄上の治世を曇らせる存在であることが、私は許せない。
兄上は、民に寄り添い、隣国と手を取り合いながら国を導こうとしている御方だ。その兄上の時代に、隣国の暴君がのさばるなど、あってはならない」
ユリウスは言葉を失う。
「だからこそ、私はレオポルドから教会を取り上げ、兄上の治世にふさわしい未来を築きたい。
そして――そのための鍵が、大聖女だ」
編まれた長い金髪を揺らしながら振り返ったカエリウスの瞳は冷たく、しかし底に熱が宿っていた。
「仮に私が大聖女を娶りたいと申し出れば、レオポルドは条件付きで“譲る”だろう。だがそれでは彼女一人が牢を出られるだけで、教会は皇王の犬のままだ。
……そこで君だ。男爵家の息子が大聖女を娶るなど笑い話に見えるだろう? だが“たかが男爵令息”がこの国の顔である彼女を選ぶという異例の出来事こそ、教会を揺さぶり、皇王から力を引きはがす突破口になる」
ユリウスは拳を握り、低く問う。
「……イレーネ様を、利用するのですか」
「利用――そう聞こえても仕方ないな。だがな、ユリウス」
カエリウスは声を和らげ、射抜くように告げた。
「君が本気で彼女を娶りたいと願うなら、その想いは計画を支える貴重な布石となる。だから問おう。
駒としてではなく――一人の男として。大聖女イレーネを娶る覚悟はあるか?」
夕陽に照らされたユリウスの横顔は苦悩に満ちていた。だが、やがて跪き、頭を垂れる。
「殿下の御心のままに。私は駒となりましょう。
けれど同時に――彼女を支えるただ一人の男となることを誓います」
一瞬の沈黙の後、カエリウスは口元を吊り上げ、愉快そうに笑った。
「よろしい。ではこれで――君も“悪巧みの会”の一員だな」
ユリウスは顔を上げられず、アドリアンは深いため息をついた。




