16 揺らぐ均衡
カエリウス留学中の邸宅。部屋はかつての高位貴族が住まったという古い屋敷だが、彼が留学に際して仕立て直した家具や調度がさりげなく配され、異国の趣が漂っている。青地に繊細な刺繍が施されたカーテンが窓辺に流れ、クッションやカーペットの色合いがセレスタの空気を運んでくる。古い木の床は丁寧に磨かれ、壁には控えめな肖像画が並んでいる。洗練されているが、どこか人を拒むほどの「格式」ではなく、むしろ異国の色でこの屋敷に新しい空気を吹き込んでいるのだ。
執務机の前で、カエリウスは椅子にもたれ、皮肉げに口角を上げた。
「なんだって? 魔物の目撃情報があるにも関わらず、娯楽のための狩りを決行して? 伝説級の魔物が出たら大聖女を盾にして大怪我を負わせた? 他にも聖女や聖騎士団に重症者多数? 聖女も聖騎士団もこの国の守りの要だろうに。馬鹿なのか? クズにも程があるな」
「殿下。かねがね同意ですが、お言葉がすぎます」
正面に控えるアドリアンが、姿勢を崩さぬまま冷ややかに言った。
「ユリウス・ヴァルターも大聖女様の看病に駆り出されるほど、人手が足りず、相当教会も被害を被ったようです」
「ユリウスをそういう目的で預けたわけじゃないが……まあ役に立ったのなら良かった。彼はそういうのに慣れているだろう」
「はい」
カエリウスは椅子を離れ、窓辺に立った。皇都の屋根瓦が夕陽を反射し、赤々と揺らめいている。
「もともと、ユリウスが“待機中に教会に通いたい”と言い出したんだ。……いい機会だと思った。教皇に直談判して、特例の許可証を出していただいた」
「教会側がよく受け入れましたね」
「枢機卿たちは渋ったさ。だが、教皇猊下はむしろ歓迎してくださった。現状を打破するきっかけを探しておられたのだろう。結果として、ほぼ独断で押し切られた。……セレスタ王国の顔を潰すかどうかより、利用できると踏まれたのだ」
アドリアンがわずかに眉をひそめる。
「ユリウスには……」
「何も言っていない。本人は好きに奉仕活動をしているつもりだろう。だが実際は、教会の内部に入るための、格好の駒になってくれている」
カエリウスは窓の外に目をやり、笑みを深める。
「まだ計画の形は定まっていない。だが――皇国の聖域は探れば探るほど、隠し事に満ちている。面白くなりそうだ。なぁ、アドリアン?」
振り返った彼の青い瞳は、夕陽を映して愉しげに細められていた。
背後でアドリアンが、心底嫌そうに眉を寄せる。




