15 揺れる心の奥で
目を開けると、部屋には朝の柔らかな光が差し込んでいた。窓の外からは、鳥の囀りが穏やかに響いている。
ベッドの傍らでは、エリナが顔を伏せたまま眠っていた。小さな肩が上下しているのを確かめ、イレーネはそっとその頭に手を伸ばし、撫でた。
――あの時。
瞼を開けることもできず、重い体を横たえていた時に、傍にいてくれた声があった。
ユリウスが手を握り続け、「大丈夫」と囁いてくれた。
大きくて、温かな手。
優しい声音が、まだ耳に残っている。
大聖女として、常に気を張り、孤独に耐えてきた日々。
その自分を、まるでただの小さな女の子のように扱って、看病してくれた人。
胸がぎゅっと締め付けられる。
――あの手に、ずっと触れていたい。
――あの声を、ずっと聞いていたい。
願ってはならぬことを願ってしまった自分に気づき、イレーネは小さく震える。
「……私は、大聖女。しっかりしなさい」
その叱咤は、あまりにも弱々しかった。
イレーネは起き上がり、慎重に大聖女の衣を身に纏う。白地の修道服に金糸縁のスカラプリオ、白いベルトをゆったりと締める。他の聖女たちのスカラプリオには金糸は使われていない。大聖女だけに与えられた特別な意匠。
金糸を指先でなぞり、深く息を吸う。
そして、そっと目を閉じる。
再び目を開いた時、そこにあったのは――
凛とした聖職者としての矜持だけだった。




