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13 大聖女の枕辺

 昼下がり。

 何も知らずに教会を訪れたユリウスは、普段と違う重苦しい空気に眉をひそめた。門前の守衛に声を掛けると、礼拝堂で待つよう告げられる。


 その時、布を山と積んだ桶を抱えたベネディクトとエリナが駆け寄ってきた。

「ユリウス様!」

「ベネディクト様、エリナさん……一体、何が?」


 いつも穏やかなベネディクトが悲壮な顔をしている。その様子だけで、ただ事ではないと察せられた。

「昨日、魔物に襲撃されまして……聖女たちも多くが負傷しました。緊急特別体制です。大司祭様のご判断で、ユリウス様は看病に限り聖女の部屋に立ち入ることが許されました。

 ユリウス様、イレーネ様についていただけませんか? 人手が足りないのです」


 ユリウスの顔色が一気に青ざめた。

「……イレーネ様も……怪我を?」

 エリナは涙をこぼし、声を震わせた。

「ひどい火傷を負われました。治癒で命は取り留めましたが、高熱に苦しんでおられるのです!」


「確認ですが、私が――イレーネ様のお部屋に入ること、許されているのですね?」

「特例です。大司祭様の直命です」

「……分かりました。すぐ案内してください」


「ただし――」

 ベネディクトは真っ青な顔で言葉を添えた。

「絶対に二人きりにはならないように。必ずエリナをおそばに。……イレーネ様のためです」

「もちろんです」


◇◇◇


 イレーネの部屋の前に着いた時、廊下の奥から呼び止める声が響いた。

「エリナ!」

「ソフィア様!」


 駆け寄った聖女ソフィアに、ユリウスは静かに頭を下げる。

「イレーネ様の容態は」

「まだ熱が引きません!」とエリナ。

「着替えをさせましょう。エリナ、手伝って。……ユリウス様、手伝いに来てくださって良かった。聖女を代表してお礼を申し上げますわ」


 ソフィアは落ち着いた声で続けた。

「これから着替えをしますので、しばし廊下でお待ちくださいませ」

「承知しました」


 ソフィアに促され、ユリウスは廊下に立ち尽くした。

 ここは高等聖職者の女性寮。石造りの壁に囲まれ、窓は多いものの、差し込む光は冷たく白い。整然と並ぶ扉の向こうに人の気配はほとんどなく、昼間だというのに静けさが支配していた。


 耳を澄ませば、遠くの中庭から小鳥の囀りがかすかに届く。それは、この緊迫した状況には不釣り合いなほど穏やかな響きで、ユリウスの胸を一層ざわつかせた。


 長く感じられる待ち時間、彼は扉の前で身じろぎもせず、ただ額に手を当て深い息をつく。やがてエリナが顔を覗かせ、ユリウスは言われるままに部屋に入った。


 ベッドと、小さな机と小ぶりなクローゼットがあるだけの質素な部屋は聖職者らしいが、どこか寂しさを感じさせる。


 彼女が眠るベッドの傍らの椅子に腰掛け、イレーネの細い手をそっと握った。瞼を閉じ、苦しげに汗を流す顔はあまりに痛ましい。


 背後からソフィアの声が低く落ちる。

「昨日、テュポンに遭遇しました。イレーネ様は重度の火傷を負われ、今も高熱が続いています」


 ユリウスが不思議そうに問いかける。

「……なぜ僕が入ることを許されたのです?」


 ソフィアは少し唇を噛み、言葉を選びながら答える。

「大聖女様を施療院に入れるわけには参りません。立場もありますし、今は施療院も手一杯。動ける聖女たちは皆そちらに駆り出されています。……残されたのはエリナ一人。ですが、とてもこの状況を支えきれるはずがないのです」


 ユリウスは黙って聞いている。ソフィアは小さく息を吐き、続けた。

「司祭方にお願いすることもできました。でも……やはり大聖女様の寝所に男性をお通しするのはためらわれました。だから……」


 言い淀んだ後、彼女はユリウスを真っ直ぐ見つめる。

「貴族様であることを盾にして、大司祭様を説き伏せました。本当は無理を通したのです。……何もなさらなくていい、ただここに居てくだされば。それだけでいいと思ったのです」


 ソフィアは視線を伏せ、申し訳なさそうに声を落とす。

「部外者を巻き込むのは、心苦しいのですが……ユリウス様なら信じられると思ったのですわ」


 その時、イレーネが小さく呻き、額から濡れ布巾が滑り落ちた。

 ユリウスは素早く拾い、水に浸して絞り直し、そっと額に戻す。

「慣れていらっしゃるのですね」

「妹たちが小さい頃、こうしてよく看病しましたから」


 ソフィアは安堵の息をもらす。

「……イレーネ様をお願いします。私は他へ向かいますわ。エリナ、頼みましたよ」

「はい、ソフィア様」


 こうして、ユリウスは静かな部屋で、初めて大聖女の枕辺を守ることになった。

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