12 炎に試されて
それは、皇王レオポルドの気まぐれから始まった。
「狩りに行く」
そう宣言され、臣下たちは慌てて準備を整えた。だが指定された森は魔獣の目撃が絶えない危険な地域。急遽、聖騎士団と聖女たちも同行を命じられる。
初めのうちは鹿や野兎を仕留めるだけの、平穏な狩りだった。聖女たちは護衛として控え、騎士たちも半ば気を抜き始めていた。
夕刻前、その静寂を破る怒号が森に響き渡った。
「西方! ワーウルフの群れ!」
瞬時に陣形が乱れ、戦場と化す。
「陛下はこちらに!」
「ちっ……邪魔が入ったな。つまらん」
聖女たちは必死に結界を張り、同時に騎士たちに身体強化を施す。鋼の鎧をまとった聖騎士たちは剣を抜き、咆哮を上げるワーウルフと正面から衝突した。
副団長が鋭い号令を飛ばし、団長は馬を駆って群れを切り裂く。その奮戦により、皇王は護衛されつつ拠点へと退いた。
だがその時だった。
「後方から巨大な魔物! ……テュポンです!」
「なんだと……!? 伝説級の魔物だぞ!」
団長が顔色を変え、馬首を返す。
森を割って現れた巨影――黒い鱗に覆われた獣。巨大な翼を持ち、蛇のような長い首。
口腔の奥で赤々と炎が脈打っていた。
「……まさか、本当に存在していたとは」
誰かが震える声で呟いた。
◇◇◇
イレーネたちは皇王の前に出て、必死に結界を張ろうとした。だがテュポンの動きは速く、空を翔けるたびに大地が揺れる。
「お前ら! 何をしている! 私を守れ!」
レオポルドの怒声が響く。
次の瞬間、テュポンが大口を開き、炎を吐き出した。
「大聖女!」
聖女たちが叫ぶよりも早く、レオポルドがイレーネの衣を乱暴に掴み、盾のように前へ押し出した。
「っ――!」
イレーネはとっさに結界を展開する。だが強度が足りず、炎が結界を突き破り、両腕に焼き付いた。
「イレーネ様!!」
悲鳴があがる。
聖騎士団は必死に突撃し、テュポンの注意を逸らそうとした。
「伝説級だ! 倒そうと思うな! 引き離せ!」
団長が怒鳴り、剣を振るう。
「ちぃっ!」
レオポルドはイレーネを無造作に投げ捨てる。
「なんてことを!」
ソフィアが叫ぶ。地に倒れたイレーネの両腕は焼け爛れ、動かせなかった。
聖女たちが慌てて治癒の光を注ぐが――
「聖女ども! 何をしている! まだ魔物はいるのだぞ! 役立たずに構うな!」
レオポルドの叱責が飛ぶ。
「ですが――!」
「私の言うことが聞けぬのか!」
「……私に構わず……行くのです。陛下を……」
かすれ声で訴えるイレーネに、ソフィアは唇を噛んだ。
「……エリナ。ここを任せます」
「ソフィア様!」
「行きますわよ、皆!」
ソフィアたちは涙を堪えて走り去り、残されたのは幼いエリナだけ。
「イレーネ様……! お願い、治ってください!」
必死に小さな手で聖力を注ぐが、涙で視界が滲む。
「泣かないで……エリナ」
「無理です……! 無理ですぅ!」
イレーネは限界を超えて聖力を消耗し、静かに意識を手放した。
「イレーネ様! イレーネ様ぁ!!」
◇◇◇
テュポンはどうにか追い払うことに成功した。だが多数の重傷者を出し、狩りは惨憺たる結末を迎えた。
赤く焼け焦げた空に、黒煙が立ち上っていた。




