数年ぶりの再会
ここは村の巨木の上に建つ、風変わりな宿「銀竜亭」。
昼は静かでも、夜になると冒険者たちが集い、グラスを鳴らし、どうでもいい話に花を咲かせる。
この夜も、酒場の片隅には3人の若者の姿があった——
登場人物
・リミア(人間♀)
道具屋の店員。おしゃべり大好き。仕事終わりに銀竜亭に行くのが日課。
・ヴァネッサ(エルフ♀)
魔術が得意な褐色エルフ。人間で言うとアラサーくらい。
・エメ(ティーフリング♀)
薬の扱いに長けたティーフリングの娘。聞き役になることが多いが、冷静で頼れる存在。
「そういえばね、今日うちの店に死霊術士の人が来たよ」
リミアがさらっと言うと、ヴァネッサがジョッキを片手に目を丸くした。
「……死霊術士って、スケルトンとかゴーストを使役してるって……
リミア、大丈夫だったの? なんか変なことされてない?」
「え?別に、何もされなかったよ」
リミアはあっけらかんと笑って、頬杖をついた。
ヴァネッサはまだ少し不安そうに、ジョッキを両手で持ち直した。
「……やっぱりスケルトンとか、お供を連れてたの?」
「うん、足元にいた。犬のスケルトン。骨だけなのにちゃんとお座りしてて、
フードなんか被っちゃってちょっと可愛かった」
「可愛いの?それ……」
困惑混じりの顔をしながらも、ヴァネッサは苦笑する。
「最初ね、全身にフードかぶったモフモフの犬かと思ったの。
わしゃわしゃ〜って撫でようと近づいたら……」
彼女は両手をぱっと開いて、身ぶりを加える。
「骨だったの! 中身すっからかん! 思わず“うわっ”って声出しちゃった」
ヴァネッサは困ったような顔で、肩をすくめて笑った。
「でもね、その人、すごい丁寧だったよ。“驚かせてすみません……”って、何度も謝ってくれて。
犬も静かでお利口だったし。ほんとに、ただの……普通のお客さんだった」
エメが、ジョッキを指先でくるくると回しながら、ぽつりと口を開いた。
「死霊術士って、そういう存在よ。見た目は怖いけど、礼儀正しい人も多いわ。
ただ、使う魔法がああいうものだから……どうしても人目は引く」
リミアがうなずいた。
「うん。わたしもちょっとびっくりしたけど、話してみたら普通だったよ」
リミアはジョッキの水滴を指でなぞりながら、ぽつりと話し始めた。
「……子供の頃に飼ってた犬を亡くしたんだって」
「……ペットだったの?そのスケルトン犬」
エメが静かに聞き返すと、リミアはうんうんと頷いた。
「うん、どうしても生き返らせたくて、必死で勉強したんだってさ。で、行き着いたのが死霊術だったんだって」
ヴァネッサが何か言いかけたのを察して、リミアは軽く手を上げた。
「でもね?それでほんとに、会えたんだって。また。スケルトンの姿だけど」
ふっと笑って、指先でテーブルをトントン叩いた。
「死霊術ばっかり勉強してたから、他の魔法はぜんぜん覚えてなくて……
だから、死霊術士として生きてくしかなくて」
「……仕方なく、かぁ」
ヴァネッサが、少しだけ声を落としてつぶやいた。
「うん。でも、森で朽ち果てていたモンスターを媒体にスケルトンの召喚をしてみたら——」
リミアはちょっと笑いをこらえるようにして言った。
「“骨が死体の中から、ミチチチチって出てくる様子に腰を抜かした”って」
くすっと、笑いがこぼれる。
エメが小さく頷きながら言った。
「一度だけ召喚しているところを見たことがあるけど、私も二度と見たくないわ」
「それがトラウマになっちゃって、死体からスケルトンを召喚するの、二度とやりたくないんだってさ。今は魔法と霊話で、細々と頑張ってるんだって」
少しの沈黙のあと、エメが静かに問いかける。
「……で、その死霊術士って、何の用でリミアのお店に?」
リミアは、ほんの少しだけ間を置いてから、言った。
「全身をすっぽり包める、大きめの雨よけローブを買っていったんだよ。
ちょうどひとつだけ残ってたやつ」
「へえ……それを?」
ヴァネッサが首をかしげると、リミアはくすっと笑った。
「“これから恋人に会いに行くんです。雨が降りそうだから、これを持っていこうかと”って言ってたよ」
リミアはジョッキの縁を指でなぞりながら、ふと空を仰ぐような顔になる。
「でも、取り越し苦労で良かったね。昨日は雨降らなかったもん」
エメとヴァネッサが、ぴたりと手を止めて、目を見合わせた。
マグに浮かんだ氷が一つ、カランと鳴る。
こうして今日も、銀竜亭の夜はふけていく。