表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

盆の入り

作者: 佐崎 一路

 秋の盆の入りは朝から雨だった。

 1月前に父の月命日でお参りしたとはいえ、夏はあっという間に雑草が延びてしまう。


 ただ花をあげて線香を灯すだけだったら問題はないが、このざあざあ振りの雨の中、草むしりまでするのはさすがに無理だし、人が見たら馬鹿みたいだろう。

 仕方ないので明日に改めて行こうと思っていたら、お昼近くに雨が上がったので、勿怪(もっけ)の幸いとばかりに菩提寺へと車を走らせた。


 同じように考えたのだろう。午後だというのに墓参りの人出が多い。


 この夏の酷暑のせいか思ったほど草は生えていなかったが、それでも軍手をはめて草刈り鎌で小一時間かかって、30リットルのビニール袋半分ほどの雑草が取れた。


 やれやれ面倒な仕事が終わった。後は持ってきた花を飾って、線香をあげるだけだ……と思ったところへ、

「トモちゃんの線香をあげさせてもらったよ」

 と不意に御婦人から声をかけられた。


 見ればお参りに来たらしい70代半ばほどの御婦人がいくつか離れた墓地から声をかけてきた。

 誰だろう?

 そんな私の内心が顔に出たのか、

「昔、元町にいた時に近所にいて、トモちゃんとは同級生だったんだよ」

 そう付け加えてくれた。


 トモちゃんというのは父のすぐ下の妹(自分にとって叔母に当たる)トモ子さんであり、子供の頃の事故で障害を負って、ずっと病院にいて私のことも自分の子供のように可愛がってくれたものだ。

 そんな関係で現在は両親や親父と同じ墓に入っている。


 そういえばたまに誰か知らないが、線香をご焼香してくれている人がいて、誰だろうと常々不思議に思っていたのだけれど、なるほど今回は偶然に時間が合ったお陰で、思いがけずけずに謎が解けたというわけだ。

 正直、親戚の墓も同じ寺の敷地内に何基かあるので、律儀な年寄り世代が存命な内は、折々にお互いに線香をあげていたのだけれど、鬼籍に入って以後は線香をあげに来てくれる親戚はいなくなり、ずいぶんとガッカリしたものであったので、たまにあがっている線香は嬉しくもホッとするものだった。


 ちなみに元町(もとまち)というのは昔の町の中心市街地で、親父が子供の頃にそこら辺に住んでいたと聞いたことがある。

 

 同時にずいぶんと前の思い出がよみがえった。


 思い出した。顔は覚えていないが、もう何十年前になるか。20代の頃に、この御婦人とは会ったことがある。

 その時は親父も健在で、同じような説明をしてくれたものだ。相手の御婦人も旦那さんとご一緒だったが、いまはふたりともひとりでお参りに来ているということは、つまりそういうことなのだろう。


 さらにつられて思い出したのは、あの時は息子さんが若くして泉下へ旅立たれたというので、親父とふたりで線香をあげたのだった。


「あ、どうもありがとうございます」

 突然のことでぎこちなく礼を言いつつ、予定通りに花立の水を取り替え花を飾り、用意していた新聞紙に火をつけて線香に火をうつす。


 その間にくだんの御婦人は「さーて、同級生の墓に線香あげてくるかね」と独り言を発しながら周辺の墓を2~3カ所回っているようだった。


 どうにか線香の束に火が付いたので、まずはウチの墓に。

 軽く拝んでから、礼儀として御婦人のお墓にも線香をあげるべきだろうと思い、ちょうど近くでお参りをしていた御婦人に、

「せっかくなのでご焼香させていただいてもよろしいでしょうか?」

 そう声をかけた瞬間――。


「えええええええええええっ!!!」

 ビックリするほど明るく、満面の笑みを浮かべ、

「本当に!? ありがとう! ありがとう!!」

 逆に申し訳ないほど喜んでくれた。


「ありがとうありがとう! 良かったな~、幸一。嬉しいな~、幸一!」

 線香をあげている間も、それはもう手放しの喜びようで、ああ、喜んでもらえてよかったな……と思う反面、トモ子叔母さんに線香をあげてもらったお礼――バーター程度にしか考えてなかったので、非常に申し訳ないというか、そんな途轍(とてつ)もない善行を施したような反応に、逆に居たたまれないような居心地の悪さを覚えたものである。


 何度も何度も、「良かったな、幸一。良かったな、幸一」と繰り返す御婦人。

 ああ、こんなにも亡くなった息子さんを愛していたんだな、と胸がじんわりとした。


 ともあれ線香をあげて、私も親戚や知り合いの墓に線香をあげに行き――あくまでウチの墓に線香をあげてくれた今は亡き人々のため――戻ってみれば、もう御婦人の姿はなかった。


 ウチの墓に最後の水やりをして、火の始末と安全を確認して、帰りがけ、ふと気になって御婦人の墓を改めて見た。

 やはりご主人は亡くなられているらしい。そして『幸一 21歳』というのが墓石に刻まれている。


 ああ、本当に若くして亡くなったんだな。

 やるせなさと同時に、あの御婦人の年齢からして、亡くなられてからもう20~25年は経っているだろう。にもかかわらずに、いまでも息子さんを大事に思って色あせる事ない。あれが母親というものなのか。

 母親とはかくあるものなのか。


 そう胸を突かれるように思い知らされ、その想いとやるせなさに胸が潰れそうになった。

 最後に一度深々と一礼をして、私はその場を後にしたのでした。

実際に今日(すでに昨日の9/19ですが)あったことです。

固有名詞は実際のものではありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 実話だったこと。 [一言] ラストで墓にご婦人の名前も刻まれているんじゃないかと、ドキドキしました(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ