8話 忠告
「ーーーティセお嬢様は道楽がお好きですね」
「?道楽?」
「自分を婚約破棄に追い込んだ女と、仲良くなるんですから」
ウィルの言い方には、分かりやすく棘があった。
「……何度も言ってますが、私は、サステナ王子との婚約破棄を望んでいたんです!マリアに恨みはありません!」
「ストーカーするくらい好きだったのにですか?嫌がられても諦めずに何度も何度も通いつめ、挙げ句、王子に近寄る女の影を強制的に排除していたのに?」
「あー!止めて!過去の話はしないで下さい!」
私は耳を塞いで、ウィルの言葉を遮った。
前世の記憶を思い出す前の過去の所業は、出来るだけ聞きたくもない、思い出したくもない黒歴史!
「当時の私はどうかしていたんです!猛省していますし、もう許して下さいー!」
記憶を思い出し、まず最初にしたのは、キュリアス公爵邸に仕える使用人達の前で、土下座謝罪をしたことだった。
私の我儘で使用人の皆様には本っっ当に多大なご迷惑をおかけしました……!それはもう、語りたくも無い最低な行為の数々をーー!
「……私の我儘で、無理矢理サステナ王子を婚約者にしてしまったこと、後悔してるんです」
サステナ王子は、最初から私との婚約を望んでいなかった。
それなのに、娘溺愛の両親のゴリ押しで、無理矢理、好きでも無い私と婚約を結ばれてしまった。当時のサステナ王子の気持ちを考えると、ただただ申し訳無くて……でも、王家との婚姻を、いち公爵令嬢が解消出来るわけも無くーーー向こうから婚約解消を提案してくれないかなーと、学園に入学してからはサステナ王子を追い回すこともせず、『私、貴方のこと眼中にもありませんよー!』ってアピールしていたのですが、残念ながら効果無く、結局、婚約破棄イベントまでかかってしまった。
「本当にサステナ王子はもう好きではないと?」
「はい、私が好きなのは、貴方ですから」
「!」
間髪入れず、好きアピールをする。
過去の所業が原因ですが、私の気持ちを信じてもらうには、何度も気持ちを伝えるしかない!
「……昨日あんな目にあったのに、懲りませんね」
「わ、私の気持ちは、冗談じゃありませんから!」
昨晩のことを思い出して、顔が真っ赤に染まる。恋愛経験ゼロの私には刺激が強い!
「なるほど。もっと強い忠告をしないと、ティセお嬢様は理解されないみたいですね」
「もっと強いって、何ーーをーー」
話の途中、ウィルの顔が近付いたと思ったら、そのまま、唇にキスを落とされた。
「!!!」
「……顔が真っ赤ですね」
勢いよく離れる私を見て、ウィルは唇を指で拭うと、妖艶に微笑んだ。
い、色気が凄いーー!何でウィル、攻略対象じゃないの!?ウィルが攻略対象だったら、もう100回はプレイするのに!
「ーーー午後からの授業も頑張って下さいね、ティセお嬢様」
まるで何事も無かったように、普段通りに紅茶を入れなおすウィルに、私はこれ以上は刺激が強すぎて何も言えず、大人しく席に戻った。
うう……!勿体無いかな……もっと私に恋愛経験があれば、もっと踏み込めるかもだけど、これ以上はもう無理!出来ればもっとお手柔らかにお願いしたいのに、ぐいぐい刺激を与えてくる!私の言ってることなんて、今は何一つ信じていないんだろうな……。
でも私は、ゲームをプレイしている時からずっと、本当にウィルが好きだった。
悪役令嬢の執事として登場する彼は、非攻略対象キャラながら端正な顔立ちで、どれだけ悪役令嬢にきつく当たられても、職務を全うするその真面目な姿ーーーその傍ら、ヒロインにも優しく声をかけてきてくれ、物語のヒントを教えてくれたりする。
どこかミステリアスなところがあって、夜に遊び歩いてる姿が描写されていたこともあった。
彼の顔が好みなのもあるけど、仕事に対して真面目なその姿勢や、ミステリアスなところ、何より、実際に悪役令嬢として転生し、関わった中で、ウィルの事がもっと好きになった。
ウィルは私に諦めさせたくて、こんなことをしているのかもしれないけど、逆効果です!どんどん魅力に取りつかれていっています……!これが、恋は盲目!というやつでしょうか?
私は赤く火照る頬を冷やすように、手で頬を包んだ。
***
魔法の授業は基本的にペアで行われるが、その理由は教えられていない。多分だけど、ヒロインと攻略対象を二人っきりにしたい乙女ゲーム仕様なんだと思う。
一年が基礎、二年は応用、そして三年は、実戦ーーー。
「マリア、本当に私なんかとペアでいいの?」
私は授業前、再度マリアに確認を取った。
「はい……私が、ティセちゃんと一緒にやりたいんです」
なんて可愛い笑顔で可愛いことを言ってくれるんだろう……また胸に恋の矢が突き刺さったような気がするーーーこれがヒロイン力!
「でも私、知ってると思うけど、攻撃魔法とか回復魔法、一切使えないよ?」
乙女ゲームの悪役令嬢って結構重要なポジションだと思うのに、このゲームの悪役令嬢は、とてつもなく弱い!!!