1話 お決まりの婚約破棄
「《ティセ=キュリアス》!俺は、お前との婚約を破棄する!」
乙女ゲームの悪役令嬢が、婚約者に婚約破棄を告げられるお決まりの光景。
私の婚約者である《サステナ=ケドクレク》王子の隣には、ヒロインである《マリア=ルドルフ》男爵令嬢が、真っ青な顔で、彼に寄り添うように立っていた。
ここは、私が前世でプレイしていた乙女ゲーム《光の聖女の祝福》の世界。
希少な光の魔法を使えるヒロインが聖女になり、攻略対象キャラとともに世界を守り、愛を育むゲーム。この世界ではヒロインの祝福を受けたものが、この国の王太子に選ばれ、ヒロインと共に国を支えていくことになる。
私はこのゲームの世界に、悪役令嬢ティセ=キュリアスとして転生した。
このゲームの面白い所は、婚約破棄イベントって大概、卒業式とかに行われるものなのに、ゲーム中盤、三年生になった春の始業式、今日から新しい年度が始まる時に行われる。
ヒロイン達はここから、王太子になるための試練やらなんやらを受けないといけないから、悪役令嬢の出番は一足先に終わるんですよね。さしずめ、私は中ボスってこと。
「ティセ!お前は、聖女であるマリアの力に嫉妬し、マリアを虐めていたな?!よって、どれだけ言い訳を並べようともーーー」
「婚約破棄、了承しました!」
「ーーえ?」
私が大きな声で笑顔で了承すると、サステナ王子は、目をパチパチを瞬きした。
「なっ!いいのか?!そんな簡単に?!」
「はい。今までお世話になりました」
丁寧に頭を下げて、笑顔でお礼を告げると、周りの生徒達まで、え?何で婚約破棄を告げられて嬉しそうなの?頭おかしいんじゃないの?とざわめいた。
「あ、でも一つ訂正しておきますが、入学式を除き、私はマリアさんを虐めていません。間違った行動が幾つかあったので、貴族としての常識を教えたりはしていましたけど」
婚約者がいる男性と2人っきりで出掛けたり、婚約者を差し置いてファーストダンスを踊ったり、王族にいきなりタメ口を使ったりーーー確かに学園では身分関係無く平等がモットーですけど、それはそれ、これはこれです。
まぁ、そもそもサステナ王子が、婚約者がいながら別の女性を誘うのが悪いんですけどーーー今回に限り、最高です!私にはとっても素敵な展開!
「サステナ王子とマリアさんが幸せになるのを、遠くからお祈りしていますね!それでは、私はこれで失礼します!」
そう言い残して、私はその場から去った。
***
私が前世の記憶を思い出したのは、15歳ーーー学園の入学式だった。
ヒロインを突き飛ばした拍子に体勢を崩し、地面に頭をぶつけて記憶を思い出すというテンプレのシチュエーション。
前世の私は生粋の日本人で18歳、病気で入院生活を送り、そのまま亡くなってしまった。病気で学校も満足に通えなかったけど、家族も皆優しくて、友達もお見舞いに来てくれて、私は幸せだった。
誰もお見舞いに来ない平日の入院生活は退屈だったけど、そんな私を楽しませてくれたのが、友達が持ってきてくれた乙女ゲームだった。
自由に歩くことも、学校も、友達と放課後遊ぶことも、恋をすることもーーー私には出来なかったから、画面の中のヒロインを自分だと思って、プレイしていた。
いいなぁ、自由に学校に行けて、遊べて、恋をして、私も、もし産まれ変わる事が出来たならーーーこんな風に、過ごしたいなぁ。
「《美香》は変わってるね。攻略対象キャラじゃなくて、そんな男が好きなの?」
美香は、前世の私の名前。
友達の真由は、私がしているゲームの画面を覗きながら、私に尋ねた。
「うん!もう大好き!自由な感じが良いよね。あー何で攻略対象じゃないんだろー」
「めっちゃちょい役じゃん。執事で遊び人?だっけ?」
「そこがいいの!」
私は、ゲームに出てくるどの攻略対象キャラよりも、悪役令嬢に仕える執事の、《ウィル》が好きだった。
***
だから私は、普通なら、何で悪役令嬢に生まれ変わってるのーー?!と絶叫するところを、悪役令嬢に生まれ変われた私グッジョブ!と心から喜んだ。きっと神様が私の願いを叶えてくれたのね!
私は急いで走って、私の実家であるキュリアス公爵邸に戻った。
バタバタと階段を駆け上がり、二階にある自分の部屋に向かう。きっとこの時間なら、彼は私の部屋の掃除をしているはず!
「ウィル!」
「---ティセお嬢様?随分お早いお戻りですね」
予想通り、彼は私の部屋で掃除をしていた。
全力疾走で荒れた息をなんとか整えて、彼のもとに向かうと、私はハッキリと伝えた。
「ウィル!私、サステナ王子に婚約破棄されました!これで晴れてフリーです!私と、お付き合いして下さい!」
「ーーーーーーは?」
突然の私の告白に、ウィルは持っていた本を地面に数冊落とした。
「……ティセお嬢様?どうされました?気でもふれましたか?」
「本気です!ずっと昔から!前世からウィルが好きだったんです!」
「いきなり重いなぁ」
本当に前世から好きたったのですが、ウィルは信じていないみたい。本当なのに!
私の告白も本気だと捉えていないのか、ウィルは薄く微笑むと、落ちた本を拾うために、しゃがみ込んだ。
「ティセお嬢様のご冗談には困ったものです」
「ウィル!お願いです!信じて下さい!本当に大好きなんです!」
サステナ王子と婚約を結んだのは、私が10歳の頃ーーー記憶が戻る前の私は、サステナ王子が好きで、両親が私の為にと、王家との婚姻を結んでくれた。
そんな両親の気持ちを踏みにじり、王家との婚姻を私都合で解消することも出来なくて、私はずっと、向こうから婚約破棄を切り出すのを待ち望んでいた!
このゲームでは、ヒロインが誰を選んでも、悪役令嬢はヒロインを虐めていたとして、婚約を破棄される。だから!いわれの無いヒロイン虐めの容疑をかけられても、婚約破棄を告げられるまではとすっごい我慢して、否定もせずやり過ごしていた!
全ては、私の思いを、ウィルに伝えるために!
「ーー最近は穏やかになられたとは言え、今までのティセお嬢様の言動から、どう信じろと?」
「うっ、それはーー生まれ変わったんです!」
記憶を思い出す前までの私は、使用人であるウィルに酷い扱いをしていた。今更、信じてもらえなくても仕方ないーーーでもだからこそ、これからは愛をいっぱい伝えて、信じてもらうしかない!
「……本当に俺が好きだと?ティセお嬢様」
ウィルは持っていた本を机の上に置くと、手で、私を壁に追いやった。
「!ウィル…!」
私の髪をひと房掴み口付けると、ウィルはそのまま上目遣いで私を見つめた。
「世間知らずなお嬢様、俺と火遊び、してみます?」
火遊びーー!何、その魅惑的な言葉!
恋愛経験ゼロの私には、いきなり刺激的過ぎるんですけど!!!でも、でも、これはチャンス?!私の気持ちを分かってもらうチャンスかも!
「なぁんて、これで懲りたでしょう?使用人如きに触れられるなんて、プライドの高いお嬢様には屈辱的ーー」
「します!火遊びの意味はあんまりよく分かってないですけど、ウィルともっと仲良くなれるんですよね?それなら、火遊びします!」
「ーーーあんまり伝わっていなくて、残念ですよ」
ウィルは私から体を離すと、本を取り、本棚に戻し始めた。