火炎ビン
鈴をコンビニに向かわせたデブは、1万円札数枚を持って事務所から出てきたナヨとすれ違って事務所に入って行く。
持ってきた1万円札を給油機に入金したナヨはエンジンが掛かったままのステップワゴンに給油を始める。
そのナヨにガソリン用の金属缶を3個見つけて持ってきたデブが給油機の傍に金属缶を置きながら話す。
「ナヨ、これにもガソリン入れておいて」
「OKー」
荷物の上で寝そべっていたゴン太が何かに気が付いたのか、立ち上がり学校がある方向に向けて吠え始めた。
ガソリン用金属缶を給油中のナヨの傍に置いたデブがスタンドから道路に走り出て、車が走って来た道の先を窺う。
通り過ぎて来た300メートル程離れたところにある十字路に血に塗れたゾンビが2体いるだけで無く、ステップワゴンが走って来た学校がある町の方からも数体のゾンビがヨロヨロと近寄って来るのが見えた。
デブはナヨに警告の声を掛けながらコンビニに向かって走った。
「ナヨ! 300メートル程先の十字路にゾンビがいる、給油を急げ」
息をきらしてコンビニに走り込んだデブはカゴを手にして酒類が置かれているコーナーに行く。
日本酒やウィスキーの瓶をカゴに放り込みながら、適当に弁当やパン類にお菓子などをカゴに放り込んでいるマッチョと、恐る恐るコンビニの事務所の方に目を向けながら飲料水をカゴに入れている鈴に警告の声を掛けた。
「ゾンビが近寄って来ている、逃げるぞ」
3人はそれぞれ自分がカゴに放り込んだ酒、弁当、菓子パンやサンドイッチ、飲料水、お菓子が山盛り入っているカゴを持ってスタンドに向けて走る。
ナヨはステップワゴンの給油を終え2本目の給油缶にガソリンを詰めていた。
デブがカゴに酒の瓶を入れて来たのを見てナヨが揶揄う。
「あら、宴会でも始めるのかしら?」
「違うよ、中身を捨てて代わりにガソリンを詰め、火炎ビンを作ろうかなって思って」
「ゾンビに効くの?」
「使ってみなければ分からないな」
その2人に道の傍でゾンビを警戒していた鈴が、ステップワゴンの方へ駆け戻りながら警告の声を発する。
「直ぐそこまで近寄って来ています」
鈴の発した警告に2人は話しを止め、デブは給油缶を荷台に積みナヨはノズルを戻す。
ゾンビがスタンドに足を踏み入れたときステップワゴンがスタンドから走り出る。
マッチョと鈴がコンビニから頂いて来たカゴの中身を物色してるのを横目に見ながら、デブが提案した。
「飯にしようぜ、もう午後1時過ぎている」
それに鈴が同調して要望を言う。
「あの……あの……私……お手洗いに行きたいです」
2人の提案と要望を聞いたナヨは暫し思案してから交差点を曲がり、2人に返事を返す。
「この先にトイレがある公園があるから、そこで休憩を取りましょう」
ステップワゴンは市が売り出しを始めたばかりの工業団地の一角にある、公園のトイレの近くで止まる。
公園の中にも周りにもゾンビの姿も見えず、ゴン太も大人しくしていた。
車から降りてトイレに行こうとした鈴と小母さんを押し止めデブが2人に声を掛ける。
「チョット待っていて、俺とマッチョでトイレの中を確認して来るから」
デブとマッチョはボウガンと槍を持ってトイレの中の安全を確認しに行って戻って来ると2人に声をかける。
「ゾンビも人もいなかったよ、行ってらっしゃい」
鈴と小母さんが小走りでトイレに向かう。
ステップワゴンの運転席ではナヨが食事を始めていた。
デブとマッチョもカゴの中の弁当をそれぞれ選び食べ始める。
トイレから戻って来た小母さんが荷台の荷物の山を見て溜め息をついてから、カゴの中の弁当を手に取った。
弁当の蓋を取りながら鈴が母親に声をかける。
「お母さんどうしたの? 何か探し物?」
「お婆ちゃんの牡丹餅が入った容器、どの袋に入れたか分かんなくなっちゃって」
「持って来てくれたんだ! 」
「直ぐに痛む物では無いから、後で探しましょう」
弁当を食べ終えたあと菓子パンを食べ始めたデブを横目で見ながらマッチョが、モップの先端を尖らせた槍に荷台に放り込まれてあった道具箱の中で見つけた針金を使ってサバイバルナイフを括りつけていた。
食事を終えたナヨがマッチョの傍に行き酒類のキャップを開けて瓶の中身を捨てる。
瓶の中身を捨てたナヨは飲み終わって放置されているお茶のペットボトルの底をカッターナイフで切り捨て、そのペットボトルを漏斗代わりにして瓶にガソリンを詰め始めた。
弁当と菓子パンを数個平らげたにもかかわらずまだ食い足りないって顔をしたデブが、ナヨの手伝いを始める。
全部の瓶にガソリンを詰め終えたデブが、母親の腕の傷の手当てをやり直している鈴に声をかけた。
「鈴、Tシャツかタオル1枚くれないか?」
鈴は自分のバックからTシャツを1枚引っ張り出しデブに渡す。
「はい、これ」
「ありがとう」
そこでナヨがある疑問を口にする。
「ねえ、デブ」
「なに?」
「ライターはあるのかしら? 私達誰も煙草を吸わないから、持っていないんじゃないの?」
「あ! そうだった、皆んなライターを探せ」
2人の脇で槍を強化しているマッチョが答えた。
「ライターなら、そこの道具箱の底に入ってた」
それを聞き、ナヨが道具箱の中からライターを取り出して点火し使える事を確認する。
火炎ビンはその威力を確かめる為の1本を残してそれ以外の十数本は蓋を締め直しカゴに入れた。
火炎ビンの制作が終わりナヨの家に向かう用意を皆が始める。
男性陣は代わる代わるトイレに行き、鈴は弁当やペットボトルなどのゴミを集め公園の隅にあるゴミ箱に捨てに行く。
鈴がゴミ捨てから戻って来た時、荷物の上で皆んなが食事をしているのを羨まそうに眺めふてくされたように昼寝をしていたゴン太が突然立ち上がるど、猛然と吠えだした。
5人は公園の周りを見渡す。
最初にゾンビを見つけた鈴が声を上げる。
「あそこです!」
着ている服を血塗れにした大人と子供のゾンビの2体がヨロヨロと近寄って来るのが見えた。
デブが威力を確かめようとTシャツを裂いた布が瓶の口に詰められた火炎ビンを手に持つ。
「下が土だからゾンビの頭に叩きつけないと瓶が割れないだろうから、誰か投擲に自信のある奴は名乗り出ろ」
鈴が手を上げて名乗り出た。
「私自信あります」
「そうなの?」
「小学6年まで、ソフトボールクラブでピッチャーやっていましたから」
「あ、そうなんだ、じゃ頼むよ」
鈴はデブから火炎ビンとライターを受け取ってゾンビに10メートルくらいの所まで近づく。
その後ろにはボウガンや手斧を持ったデブとナヨが鈴を護衛するように続いた。
鈴が火炎ビンを投げる。
狙い違わず火炎ビンは手前の大人のゾンビの頭に叩きつけられて瓶が割れ、中身のガソリンが撒き散らされてゾンビが燃え上がった。
だがゾンビは歩みを止めない。
鈴は後ろの2人にどうしようと尋ねるような眼差しを向けた。
「駄目じゃないのよ、どうするの?」
デブは燃え盛るゾンビの目にボウガンの矢を打ち込み倒してからナヨに返事を返す。
「どうしようか? 周りに可燃物が無い公園の中だから良いけど、街の中で使ったらゾンビを倒すどころか火事を引き起こす事になるな、ハハハハ」
「笑い事じゃ無いわよ、残りの火炎ビンはどうするのよ」
3人は倒したゾンビの後ろから近づいて来る子供のゾンビを無視して車に戻って行く。
燃え盛る炎の中を突っ切った子供のゾンビは自身が火達磨になるのも構わずに、ヨタヨタとおぼつかない足取りで3人の後を歩いていた。
戻って来た3人にマッチョが声をかける。
「火炎ビン、ゾンビに対して役に立たなかったな」
「そうでも無いんじやない?」
「どういう事ですか? 小母さん」
「住宅密集地では使うと危ないけど、周りに可燃物が無い場所に止まっている車の中のゾンビや、一軒家の中にいるゾンビに対してなら使えるのでは?」
「そうか、そういう使い方もあるな、小母さんありがとう」
「どういたしまして」
火達磨のゾンビの後ろから現れた新手のゾンビの群れを見ながらマッチョが会話に加わった。
「ところでさ、ゾンビの接近を教えてくれるのは良いけど、吠え続ける事によって周りのゾンビ集めていないか? この犬」
それにナヨが返事を返す。
「それはあるわね、鈴ちゃん、ゴン太の躾頑張ってね」
「はい、やってみます、ゴン太! 静かに」
「そろそろ出発しよう」
デブの言葉を聞いてさっきと同じように助手席に座ろうとした小母さんをデブが止める。
「小母さん、席変わろう。
マッチョは運転席の後ろにそのまま座れ、小母さんは真ん中で鈴は俺の後ろに」
鈴と小母さんは「何で?」という顔をしながらもデブの言葉に従い、指定された座席にそれぞれ座った。
忘れ物はないかと周りを見渡してからデブは車に乗り込みナヨに出発するように告げる。
「ナヨ、行こう」
声を掛けられたナヨは十数メートルの近くまで近寄っていた火達磨のゾンビを見ながら返事を返す。
「あれ、あのままで良いの?」
「周りに可燃物がないし、燃え尽きて炭になれば倒れるだろう」
「そうね、じゃ行きましょうか」
そう言いながらナヨは車を出す。
燃え盛るゾンビの2~3メートル脇を通り過ぎる際、ゾンビを見ながら小母さんがボソリと独り言を呟く。
「燃え尽きれば良いけど、中途半端で燃え残ったゾンビは見たく無いわ」
4人はそんなゾンビを想像して全員がそろって頷いた。
車は近寄って来るゾンビの群れをかわしながら街の中に続く県道に向かう。
荷台の荷物の上ではゴン太が近寄って来るゾンビに吠え続けている。
そのゴン太の吠え声を聞きつけたゾンビが車が向かっている県道の方などから現れて、車に掴みかかって来るという悪循環になっていた。
鈴がそのゴン太を黙らせようと何度も声をかけ叱りつけていると言うか哀願している。
「ゴン太! 静かに! 静かにだってばぁー、ゴン太お願いだから静かにして」
その様子をバックミラー越しに見ながらデブが鈴と小母さんに話し掛けた。