学校
「鈴! 鈴ちゃん! 今日は学校行かない日なの?
行かないのなら、お墓参りに行ってきなさい」
階下から聞こえる母の問いかけの声に目を覚ました女の子は、枕元にある目覚まし時計を見て飛び起きた。
「ヤバイ! 」
時計の針が10時近くを指している。
慌ててパジャマ代わりのTシャツを脱ぎ捨て制服に着替え、歯を磨くのと洗顔を同時に行い台所に走り込む。
「あんた学校なの?」
母親の問いかけを無視してショルダーバックを肩にかけた女の子はお婆ちゃん特製の大きな牡丹餅を口に押し込み、ミネラルウォーターのペットボトルをひっつかみ母親に一言「むっう……うむむ」(行ってきます)と言い家から飛び出て行く。
家から飛び出て来た女の子は玄関脇にある自転車を一瞥したが乗らず、学校の方へ続く家の前の細い山道を駆け上がって行く。
30分程で学校の裏に着いた女の子は周りを見渡して誰もいない事を確認してから、2メートル近い塀に飛びつき跨ぎ越える。
塀を乗り越えた女の子は校舎に近づき鍵が壊れている窓を開け中に入り、教室まで全速力で走りだす。
教室の後ろの戸の前で息を整えてから開ける。
「遅くなってすみません! 」
謝罪の言葉とともに教室の後ろの戸を勢いよく開けた女の子の目に飛び込んで来たのは、何時もなら苦笑いの表情で苦言を呈する担任の教師が共に夏休み中の補習を言い渡された級友の喉に食らいつき、引き千切ろうとしている姿であった。
教師は勢いよく戸を開けた女の子を見ようともせず、一心不乱に級友の喉の肉を引き千切ろうとしている。
教師に喉の肉を食い千切られそうな級友は、痛みと気管を潰され息をつくことができないながらも口から言葉にならない悲鳴を上げ、噛み千切られそうな喉元から血を流しながら必死に教師から逃げようとしていた。
教室の戸を開けた女の子は今目の前で行われている衝撃の光景に目を見開き顔面が蒼白にして、悲鳴を上げる事さえ忘れ立ちすくむ。
教師は気管を塞がれ悲鳴を上げる事が出来ない級友の喉の肉を引き千切ると、その肉を咀嚼し飲み込んだ。
喉の肉を引き千切られた級友は肉と共に引き千切られた血管から吹き出る血を塞ごうと、両手で喉を抑える。
喉の肉を飲み込んだ教師は級友の気管を食い千切られたため音を発する事が出来ずに、悲鳴を上げる形で大きく開かれた口に食らいつく。
級友は首を抑えていた両手で教師を押しのけようとするが、それは口の周りの肉を食い千切ろうとする教師の手伝いをするようなもので、肉が引き千切られるいやらしい音と共に級友の口周りの肉が消失した。
必死に抵抗していた級友は出血多量と脳に酸素が行かなくなった事で意識を無くし、教師を押しのけようとしていた両腕が力なく垂れ下がり口周りの肉を食い千切られた反動で仰向けに倒れ、床に頭を勢いよく打ちつけたゴトン! という音が教室内に響き渡る。
級友の口周りの肉を食い千切った教師はその肉を咀嚼し飲み込む。
開け放たれた戸口で一部始終を見ていた女の子は級友の頭が床に打ち付けられた音で我に返った。
彼女は彼女の運動で鍛えられた肺の中の空気を使い尽くす勢いで悲鳴を上げる。
「キャァァァァァァー!」
女の子が上げた悲鳴で女の子に気が付いた教師が振り向き立ち上がり、女の子の方へ歩み寄って来た。
教師の顔は血の気が無く真っ青で口周りに滴る真っ赤な血との対比をまざまざと見せつけている。
おぼつかない足取りで戸口の女の子の方へ近寄って来る教師の後ろで、出血多量で絶命したはずの級友が立ち上がった。
級友の顔も真っ青で、首の食い千切られた傷口からは赤い血に混じって透明な液状の物も滴っている。
立ち上がった級友も両腕を前方に突き出しおぼつかない足取りで、戸口の所にいる女の子の下に歩み寄ろうと近寄って来た。
女の子は逃げようとしたが強張った足が絡まり廊下に尻餅をつく。
ヨロヨロと近寄って来る教師と級友の顔から目を離せない女の子は、恐怖から顔を歪め泣きながら尻餅をついたまま廊下をズリズリと後ろに下がる。
立ち上がる事も出来ず尻餅をついたまま後ろに這いずる彼女の耳に、誰かが階段を駆け下りて来る音と話し声が聞こえた。
「オイ! あそこだ」
おぼつかない足取りでヨロヨロと女の子の方へ近寄って来る教師と級友に釘付けだった目を、無理やり引き離し声のした方に目を向ける。
2人の男子生徒が女の子の方へ走り寄って来るのが見えた。
尻餅をついたままの姿勢を何とか変え彼女は四つん這いの格好になり、涙と鼻水で汚れた顔を男子生徒達に向けて右腕を伸ばし助けを求める。
「た、助けて……」
女の子に走り寄る2人の男子生徒のうち、先を走る半袖のワイシャツの上からも分かる程の筋肉が盛り上がった体躯でモップの先端を鋭く尖らせた槍を持った生徒が、彼女に掴み掛かろうとしていた教師に体当たりして教師を吹っ飛ばす。
四つん這いの格好からまた尻餅をついた姿勢に戻った女の子の前で教師を吹っ飛ばした男子生徒は、持っていた槍を教師の後ろにいた級友の頭に突き刺した。
吹っ飛ばされ身体を壁に激突させた教師は痛がるそぶりも見せず、立ち上がりまた女の子の方へ歩み寄ろうとしている。
その目に矢が突き刺さった。
尻餅をついた格好の女の子は、自分の傍で2本目の矢を手製らしいボウガンにつがえ教師に狙いを定めている男子生徒に目を向ける。
彼は教室の中で級友の頭を槍で突き刺している生徒と反対に、ワイシャツとズボンの間から腹の肉がはみ出てくるのではと思わせる程のデブであった。
彼は1矢で教師の動きを止めた事を視認すると、廊下に倒れている教師の頭に足を乗せ頭に刺さっている矢を引っこ抜く。
引っこ抜いた矢を教師の着ている級友の血で汚れたワイシャツで拭き取り、座りこんでいる女の子に声をかけてきた。
「大丈夫?」
女の子は頭を縦にガクガクと数度振り震えが収まらない声で尋ねる。
「な、何が起こっているんですか?」
「んー、俺たちが知っているのはパソコンで得た情報だけど。
世界中でゾンビが発生しているみたいだよ」
「ゾンビ? こんな時に悪い冗談は止めてください! 」
彼は槍を頭に突き刺されて動かなくなった級友の遺体を指差して話しを続けた。
「冗談だって? 冗談なんかではないよ。
死んだはずの彼女が立ち上がって向かって来るのを、君は見ていたのではないのかい?」
「本当の事なんですか?」
「俺だってこんな時に悪い冗談なんて言わないよ。
学校の中ではお盆初日で学校に来ている奴が少なかった事もあって、ゾンビになってしまった奴も俺たちのように人間のままの奴も少ないから良いけど。
街の中では阿鼻叫喚のパニックが発生しているらしいよ」
2人が話している間、級友の頭から引き抜いた槍を持って周りを警戒していた体躯の良い生徒が話しに割り込んで来る。
「話すのは後にして逃げよう、新手が来た」
彼はそう言いながら彼等が女の子に走り寄って来たのとは反対の方向を、槍で指し示す。
そこには担任の教師や級友のように青白い顔をして身体のあちらこちらの肉を噛み千切られた、女性教師と数人の生徒がおぼつかない足取りでヨロヨロと女の子たちの方へ近寄って来ていた。
「ナヨは車調達できたのかな?」
新手のゾンビが近寄って来るのとは反対方向に歩き出した太った生徒が、体躯の良い生徒に話し掛ける。
「分からん、取り敢えず駐車場に行ってみよう」
彼は太った生徒に返事を返したあと女の子に話しかけた。
「あんたはどうする?
俺たちの仲間が車調達しに行っているんだけど、一緒に来るかい?」
「お願いします、一緒に連れて行って下さい」
「分かった」
3人は男子生徒たちの仲間が車を調達しに行った駐車場を目指して歩く。
彼等は駐車場に行く途中で出会ったゾンビの頭に矢や槍を突き刺しながら駐車場を目指した。
駐車場に行くのに近道の運動部の部室棟の前を歩く3人の耳に、部室の中から「おい、その机を立てかけろ」「ロッカーも全部ドアの前に」という、机やロッカーを移動させているガタガタという音が聞こえてくる。
部室に立てこもる事を選択したと思われる人たちが部室の中でバリケードを作っているようだ。
野球部の部室の前を通り過ぎた彼らの目に、バットを持った野球のユニフォーム姿の生徒たち中には血の滲むタオルを腕に巻いた生徒もいるのだが、彼等が倒れ顔を横に向けた青白い顔の野球部の顧問らしい遺体に罵声を浴びせながら、その頭をバットで力一杯殴りつけているのが映った。
それらを見聞きした女の子が、彼女の前後を警戒しながら歩く男子生徒たちに声をかける。
「学校の教室に立てこもった方が良いのではないんですか?
立てこもっていたら、そのうち警察や自衛隊が助けに来るんでは?」
女の子の質問に前を歩く太った男子生徒が前を向いたまま返事を返す。
「立てこもるなら、食料や水に生活物資が大量にある所でないと駄目、何日立てこもる事になるか分からないのだから。
それに警察や自衛隊もあてにならないよ、彼等だってこんな事態は想定外だろうからね」
「そうか……」
話している内に駐車場に着く。
3人は教師や来訪者用の駐車場を眺めた。
ゾンビが数体駐車場を彷徨いていて、3人に気が付いた1体が彼等の方へ近寄って来る。
そのとき近寄って来るゾンビを勢いよく弾き飛ばした1台の黒いステップワゴンが、3人の前でキキキキー! と急ブレーキをかけて止まった。
その黒いステップワゴンに女の子は見覚えがあった、彼女が所属している陸上部の顧問の先生の車である。
運転席から身を乗り出して、女の子のような可愛いい顔立ちの小柄な男子生徒が皆んなに声をかけた。
「お待たせー」
その男子生徒に女の子が尋ねる。
「ねえ、これ陸上部の先生の車でしょ? 鍵はどうしたんですか?」
「鍵? 鍵なんてあるわけ無いでしょ、直結よ、直結。
それで、あなた誰?」
女の子が答える前に太った生徒が答える。
「ゾンビに襲われていたから助けた」
「フーン、そうなの」
「オイ、サッサッと車に乗れ、奴らがエンジン音を聞きつけて集まって来てるぞ」
体躯の良い生徒が皆に注意しながら助手席の後ろのスライドドアを開いて、槍と背負っていたリュックサックを後部座席の後ろの荷台に放り込んでから車に乗り込む。
警告の声で話しを止めた女の子と太った生徒は持っていたリュックサックやショルダーバックを荷台に放り込み、女の子は体躯の良い生徒の隣に座り太った生徒はスライドドアを閉めてから助手席のドアを開いて車に乗り込んだ。
3人が乗り込んでも運転席の生徒は窓を閉めただけで車を出さず皆に聞いて来る。
「最初どこに向かうの?」
太った生徒が答えた。
「俺の所は、俺以外は皆んな九州の親父の実家に帰省しているから、お前らの行きたい所で良いぞ」
続いて体躯の良い生徒が話す。
「俺の所も同じだ、親父がボディービルの大会に出場するためヨーロッパに行っているから、家に誰もいない。
ナヨ、何時ものようにお前の所で良いんでないか?」
「あたしの家に向かって良いのかしら?」
そこに女の子が割り込む。
「あの! 」
「何よ?」
「私の家に寄って頂けないでしょうか?」
「あなたの家ってどこ?」
女の子は学校の裏山を指差しながら答える。
「あの山の裏側です」
「あらそうなの。
だったら私の家に行く途中ね、私の家隣街だから」
2人の会話にまた体躯の良い生徒が割り込む。
「おいナヨ、早く車を出せ、包囲される」
行き先を決めるため話し合っているうちに、ステップワゴンはエンジン音に引きつけられた青白い顔をしたゾンビに囲まれていた。
「しょうがないわねー。
女の子同士の会話を邪魔するんじゃないわよ。
このクソッタレ共、ぶち殺してやる」
「もう死んでいるから」
太った生徒がツッコミを入れる。
急発進したステップワゴンは、立ち塞がるゾンビの群れをボーリングのピンのように弾き飛ばした。
車は掴み掛かってくるゾンビを弾き飛ばし校門を目指して走る。
後ろを向いた女の子の目に弾き飛ばされ地面に叩きつけられたゾンビが何事もなかったように立ち上がり、おぼつかない足取りで走り去る車の後を追いかけてくるのが映った。
校門を抜けたステップワゴンは車に掴み掛かってくるゾンビ共を弾き飛ばしながら、スピードを上げて行く。




