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永遠に生きる魔女と恋する少年

作者: にっしー


 人生は死ぬまでの大いなる暇つぶし。

 過去にそう言っていた男が居た。

 

「なるほど、確かにそうかもしれない」


 人間は何れ死ぬ。

 それまでの間に、何をするかが人間の尺度では大事なのだろう。


「では死のない人間にとって、人生の意味とはなんなのだろうか」


 私はまだその答えを見つけられずに生きている。

老いも無く、死ぬことも無い魔女。

 それが私、スージィ。

 1680年12月25日に生まれた魔女の一人にして、一族最後の生き残り。


「あのー……」


 そんな私の一日が、今日もこの東京という都会の喧騒の中で始まっていた。


「あのー……? 店長? おーい、もしもーし」


「ん……? あぁ、少年か」


 私は真っ暗な室内にある椅子に座りながら、扉を開け室内に光をもたらした少年の方を向いた。

 

「すまない、少々眩しい」


「あっ、すみません! えーっと……寝てました?」


「いいから、早く扉を閉めてくれたまえ」


「す、すみません!」


 この齢19の少年は私に言われた通り……若干強めに扉を閉める。

 それを確認すると、私は指を鳴らす。

 それと同時に室内のランプに仕込んでおいた仕掛けが作動し、程よい明るさを室内にもたらした。


「おー……流石ですね店長」


 少年は一斉に灯ったランプの明かりに驚き、賞賛の拍手をする。

 彼が働き始めてもう半年は経つのだが、私がこれをする度に少年はこうやって拍手をするのだった。


「一応魔女だからな、それで私に何か用事か?」


「はい、在庫の注文の確認だったんですがこれで間違いないか確認お願いします」


 少年が雑多な部屋の中を歩き、私に伝票を渡した。

 その一枚一枚を確認しながら、彼に頷きと共に伝票を返す。


「問題ない、流石に半年も働いていれば間違えなくなるな」


「あははは……流石にもう最初みたいに間違ってウシガエルを1000匹発注したりはしないですよ」


「あの時は処理が大変だった……しかしミスは減ったが服装は相変わらずだな、もう少し金を掛ける事をお勧めするよ」


 彼が私の運営する店で働き始めた当初、不慣れからかなりのミスを連発した。

 だが今ではそれが楽しかったことの様に思え、私は口元をほころばせる。


「とりあえず間違っていなかったみたいで安心しました、じゃあ業者さんに発注掛けておきますね」


「あぁ、頼むよ少年……そうだ」


 私の頷きに安堵の息を吐く少年。

 そして伝票を持って出て行こうとする少年の背中に、私は自分が空腹であることを思い出し声をかけた。


「はい?」


「発注を掛けてからで構わない、食事の準備を頼むよ」


「あ、うっ……それは……」


「契約の履行頼むよ、少年」


 私から食事という単語が出た瞬間、少年の顔が赤面した。

 これから起こることを想像、あるいは想起したのだろう。

 だが少年が私の食事についてどう感じようと、契約は契約。

 店の業務の手伝いなど、私の食事に比べれば些事でしかない。


「う、うぅぅ……わ、分かりました……発注が終わったら準備してきます」


「手早く頼むよ少年」


 少年からの返答が来るまで暫しの時間があり、そしてゆっくりと彼は頷いた。

 彼の頷きを見て、私は再び机の方を向き読みかけの本を開く。

 

「あの、店長? じゅ、準備出来ました」


 私が読書を始めてから少しして、再び少年が部屋へと現れた。

 先ほどと同じ格好だが、顔はやはり赤い。


「待っていたよ少年、おいで」


「は、はい……」


 顔を赤らめながら、少年は私の元へ近づいて来る。

 私は両腕を広げ、近くまで来た少年を正面から胸元へ迎え入れた。

 少しだけ、甘い香りが私の鼻孔をくすぐる。

 私はそれを堪能しながら……彼の体を抱きしめた。


「あ、あわわわ……」


「まだ慣れないのか? もう何度もやっているだろう」


「そ、そんなこと言っても……店長の体、柔らかいし良い匂いもするし……」


「雄の獣性に身を任せても良いと言っているのに、日本人は……いや、君は少々禁欲的すぎるな」


 少年のまだ柔らかさを少しだけ残した、硬くなりつつある体の感触を楽しみながら私は右手で彼の顔wに触れる。

 緊張で赤味がかり、熱を帯びた彼の頬に触れながら私は彼の唇に私の唇を重ねた。

 時間にして20秒ほどだろうか。

 私の唾液と舌を彼に絡め、肉食動物が草食動物を捕食するような一方的な接吻。

 甘美にして、食欲が満たされる瞬間を堪能し……私は唇を離した。


「ふぅ……ご馳走様、これでまた一週間は大丈夫だろう」


「そ、それは……良かった……です」


 私が唇を離すと、彼は脱力し私へその体を預ける。


「疲れただろう、魔女との接吻は精力を吸い取る……今日はもう上がっていい」


「い、いえ……大丈夫です、もう少し、働いていきます……」


「おや……どうしたんだい? いつもなら働く気力も無くなっているのに」


「その、お、お金を貯めようかと思って……」


「ふむ」


 少年がそんなことを言うとは、珍しいという気持ちで私の好奇心は刺激された。

 だが彼には私との食事一回に付き10万を支給している。

 それを毎月四回こなす彼は学生にしては十分な金額を稼いでいると思っていたが……。


「じ、実は好きな人の誕生日が近くて……」


「君には毎月40万以上は渡していると思ったが、随分と金のかかる女性が好きなのだな少年」


「いや、その……あはは……」


「では少し休んだら店の品出しを頼むよ、頑張って稼いでその女性、もしくは男性を口説き落とすと良い」


「……はい」


 私に体を預ける少年の背中を手で擦りながら、そう告げる。

 少年は私の胸に顔を埋めたまま、小声で返事をした。

 こんなに純朴な少年に好かれている人間が居るとは、少しだけ羨ましいと思いながら私は彼を見つめていた。


「では、今月の給料だが……」


 そして、12月20日。

 少年は汗水、時に口からも液体を垂らしながら働き……念願の給料日を迎えた。

 額面にして50万は超えている、先月お金が必要だと言った時と合わせると二ヵ月で百万は超えただろう。

 私は厚くなった茶封筒を少年に手渡す。


「よく頑張ったな少年……細かい金額が合っているかどうか、あとで確認しておいてくれ」


「あ、ありがとうございます!」


「これだけあれば少年の意中の人との付き合いにも足りるだろう、上手くやるんだぞ少年」


 嬉しそうにお金を受け取る少年を見ながら、私は以前感じた羨ましさのようなものを心の奥底で感じていた。

 一体、この少年にこれ程想いを寄せられるとはどういう人間なのか。

 それを尋ねても少年は言葉を濁すだけで答えず、好奇心と嫉妬心を少しだけ刺激されていた。


「いや、正直この金額で足りるかはちょっと良く分からないんですよね……」


「なに? 学生の付き合いでそれだけあれば足りると思っていたが……君の大学にはそんなに裕福な人間が来るのかね?」


「あ、いや、その好きな人っていうのは学生じゃなくて」


「ふむ、社会人か? 若さに身を任せる恋も良いが身の丈や身分に合わない恋は身を崩すぞ?」


「あ、あはは……それでも、それでもその人と仲良くなりたくて……」


「まぁ君の人生だ、死ぬまでの暇つぶしと考えて無謀な恋に身を任せるのも悪くはないか」


 人生は死ぬまでの大いなる暇つぶし。

 それでも死までは長い期間がある、その期間をこの少年が楽しめれば……そう微笑ましい気持ちで私は彼を見つめた。


「では今日はここまでだ、君も想い人を誘いたいだろうし24と25日は休みで構わない」


「あ、ありがとうございます!」


「あぁ、想い人を誘えると良いな少年」


「はい! それじゃあ店長、24日と25日……デートしてください!」


「あぁ、わか……なに?」


 突然の事に、私の思考が固まった。

 彼は今、私に何と言った?

 デート? 私と?


「はい! 店長の事が好きなんです、だからデートしてください!」


「私は不老不死の魔女だと説明したことがあったと思うが?」


「はい、覚えてます!」


「つまり君は私より先に死ぬし、君と恋に落ちれば私も悲しむことになるがそれについては考えたかい?」


「お、俺も不老不死になって店長と一緒に一生暮らします!! 覚悟、できてます!」


 呆れよりも先に、驚きで開いた口が塞がらなかった。

 そして一拍おいて、私の口から笑いが飛び出す。


「ふ、ふふ……はははは、久しぶりにそんな面白い冗談を聞いたよ」


「冗談じゃありません店長……いえ、スージィさん、本気なんです」


「それは若さから来る短慮だよ少年、不老不死になれば直ぐに後悔することになる」


「じゃ、じゃあ……俺の覚悟が本気だってこと証明します! 何でもやります!」


 真剣な眼差しで訴える少年を、私はどうしたものかと考える。

 不老不死は呪いだ、死は何れ永遠の休息を与えるが無限に続く生は苦しみの檻に囚われる地獄。

 そんなものに他人を付き合わせるつもりは私には無い。

 だが、彼の訴えに内心喜んでいる私も居た。

 長い孤独を分かち合える相手を、私は内心欲していた。


「軽々しくそんな事を言うのは良くない、私が死ねと命じたら死ぬことになってしまうぞ少年」


「それでも構いません! スージィさんの為なら、俺は……!」


「……やれやれ、そんな青さでは不老不死はやはり渡せんな」


「そんな……」


「それに服装のセンスも私好みじゃない……全く、私の夫になるにはまだまだだよ少年」


 私は彼にそう告げると、椅子に腰かけ卓上カレンダーとボールペンを手に取った。

 そして、12月24日と25日に〇を付け少年へ見せる。


「私の夫に相応しくなれるようにしっかり教えてあげよう、だから……この日は必ず開けておくように、分かったね?」


「は……はい! かならず、絶対何があってもスージィさんとデートし、します!!」


「ふふ……じゃあこれからよろしく頼むよ、夫候補の少年君」


 永遠に続く生。

 死による救いが永遠に来ないのならば私の人生は永劫の苦痛である。

 だが……それでも私の苦痛を共に分かち合う人間が居てくれるのなら、そこに私の生きる意味があるのかもしれない。

 そんな事を考えながら、私は少年へ腕を広げた。


「さ、おいで……私を癒しておくれ少年」


「はい!!」


 いつものように、彼を胸元に迎え入れながら……私はいつもとは違う充足を感じていた。





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