天使と巨人
───幽斎が目につけたのはアイキスタイルだった。相手の力を利用し攻撃へと転ずる。これならば老齢の身でも使いこなすことができる。だがアイキスタイルはあくまでブシドーの補助に過ぎない。それだけで戦うには、圧倒的ブシドー力を持つ相手には無力なのだ。
そこでアイキスタイルの考え方に着目した。相手の力を、例え自分よりも力が圧倒的に上回る相手にも通用する技を、編み出すのだ。
天地剥つ創生の螺旋郷は純粋なる破壊の力。アイキスタイルどうこうの次元ではない。幽斎が為した技はサムライブレードを認証コードは残した上で強制アンインストール。
結果、サムライブレードはまたセットアップに必要なモードへと変異する。サムライブレード、セットアップの特異性としてセットアップ時に要求するエネルギーは上限値が極めて高いことにある。これは所有者の特性を理解するためでもあるのだ。現に幽斎がセットアップをする際はナノマシンが膨れ上がり周囲に一度破散した。しかし……サムライブレードは生きているのだ!
受けたエネルギーはそのままサムライブレードのエネルギーとして変換される。即ち敵の渾身の一撃を吸収し返すのだ!
エムナへの一撃はまさにその一撃であった。もっともサムライブレードといえど限度がある。全てを受けていればどうなっていたか分からない。耐えれたのは数秒か……しかし達人である幽斎には数秒の猶予であれば十分だったのだ!
血が止まらない。介錯エンチャントは言うならば死の呪いのようなもの。確実にエムナの肉体を蝕み死へと向かっていた。
ありえないことだった。なぜこんなことに、なぜ突如現れた女に殺されることになるのか。エムナからすれば意味がまるで分からなかった。突如湧いた女に……。
「突如湧いた……ごほっ……そ、そうか……そういうことか……く、くく……俺としたことが……!」
エムナは自嘲気味に笑い出す。気づいた。気づいてしまった。敵の策に、敵の狙いに、敵の思惑に!
死ぬ、死んでしまう。その前に伝えなくてはならない。頼れるのはノイマン?いや無理だ、奴は有能だが此度は相手が悪い。未だにブシドーを解析できていないのだ、相当に複雑怪奇な世界体系システムなのだろう!だから!だからこそ、それが!敵の思惑だったのだ!!
ならば一つ、答えは一つ!残された希望はそこにしかない!!
「宗十郎!貴様に託す!!同じブシドーの貴様ならば!!!最後まで計算外の行動ばかりした貴様ならば!!!奴らの思惑も打ち破るはずだ!!!」
響き渡る断末魔のようなエムナの叫び声。
そして息絶える。絶命。完全に生命活動を停止したのだった。
エムナと幽斎が武を競い合う中、この広いオルヴェリンでぶつかり合う力と力がもう一つ。オルヴェリンと同じ名前を関する巨大兵器とアークベインである。
「ジークフリート、お前は亜人たちに加勢しろ。その聖剣、何度も振るえないんだろう?」
搭乗しているのは魔王。名前は捨てた。かつてアーカムと呼ばれた都市で、復讐を誓った復讐鬼である。
「そうしよう。元よりなにやら都市の人々の様子がおかしい。先程までは死人のように我らの戦いに関せずだったというのに、突然の慌てふためきよう……。洗脳が解かれている。人体改造に近い洗脳をどうやって解除したのかは不明だが、救助に向かうよ。」
肩に乗っていたジークフリートは都市に降りていった。混乱の最中に落ちている無辜な人々を救うために。
「出力は40%……予想以上に出力が落ちている……。だが!」
鉄拳を叩き込む、重厚な巨体が唸り大地を揺らす!
「今が最大の好機!オルヴェリンを守る壁も!あの時、乱入した者もいない!出力が足りないというのならば!不足分は俺が!俺の根性で押し返す!!」
無謀とも言える戦い!だが退けぬ、退けないのだ!今、ここで逃せばもう次はない。オルヴェリンはより強固な守りを!そして反乱の目を徹底的に潰すだろう!今しかないのだ!
「う、うぅぅぅ……どうしてぇ……どうして私がこんなことにぃ……ひぃ!」
室内が揺れる。二体の巨大兵器が衝突した時の衝撃がダイレクトに響き渡る。当然だ、ここはその中心なのだから。
アリスはノイマンに半ば無理やり連れて行かれ、オルヴェリンの起動に立ち会った。逃げ出したかったが、怖くてできなかった。それが致命的ミスだったのだ。
「そう嘆くなアリスくん!こいつは一人で制御するのは困難なのだ!補佐は多いに越したことはない!」
メインオペレーター席に座るノイマンは叫ぶ。愚痴のように呟いてたのに地獄耳だ。
この戦いが生きて帰れたら絶対に転職しよう、絶対にこんな仕事は辞めよう。お父さんお母さんごめんなさい。アリスはもう限界なのです。
「しかし……ふむアークベイン!実に興味深いが本調子ではないようだ!残念だが、現実は非情!アリスくん!目の前右列から三段目の赤いボタンを押すのだ!」
「は、はいぃぃ……いやだぁ……帰りたいよぉ……。」
指を震わせながら恐る恐るスイッチを押す。瞬間、閃光。光で視界が埋め尽くされた。
「ぐぅ!?ぬ、ぬおぉぉぉぉぁぁぁぁあああ!!」
予備動作一切なしに放たれるは閃光。それはオルヴェリン砲と比べると威力は劣る。だがその奇襲性、取り回しの早さはまるで違う!
本来のアークベインならば避けるか、あるいはエネルギー装甲によりほぼ無傷に近い形で終わっただろう。だが今や出力効率は40%。半分未満の力。いや、省エネルギーモードで働いているため実質値は更に低い。
巨人が膝をつく。あっけない幕切れとなる。
「あぁぁぁ!目が!目がぁぁぁ!!」
アリスは目を抑えてのたうち回っていた!当然である!こんなことになるなど全然知らないからだ!
「どうしたアリスくん!対ショック防護装備をつけなかったのか!?安全確認はきちんとしないと駄目だろう!?」
ノイマンは操作を中断し、アリスに駆け寄る。
そんな話は全然聞いていない。天才の私に任せれば大丈夫だと勝手に席に座らせたのだ。
「うぅぅぅぅぅ……辞めてやるぅ……。」
「おっと、トドメの一撃をしないとな。」
忘れたかのようにノイマンはスイッチを押す。トドメの一撃とは即ち先程の攻撃の追撃。
即ちまた閃光がアリスの無防備な目を襲うのだった。アークベインへの一撃だったのだが、アリスにもトドメの一撃になった。
コクピット内に羅列する危険信号、アラートの数々!放たれた光線はアークベインを焼き尽くし確実なる破壊へと向かっている!自己修復機能にエネルギーは消費されていき、みるみる内に出力が低下していくのだ!30…20…10!
「くそっ!ちくしょう!!こんな、こんなところで!!終わってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔王は叫んだ。しかし現実は無常。限界を迎えたアークベインは大爆発を起こしたのだった。
大爆発に揺れる室内。思わずバランスを崩すノイマンとアリス。しかし今のアリスは一時的に視力が消失しているため、受け身もとれずまともに身体をぶつける!
「あぐっ!うぐぅ!!い、いやだぁぁぁ!もういやだぁぁぁ!死にたくないよぉぉぉ!お父さんお母さぁぁん!!」
「落ち着くんだアリスくん!!終わった!!終わったんだ!!我々の……勝利だ!!」
泣きわめくアリスを元気づけるかのように背中をさすりながらノイマンはそう伝えた。
「ほ、本当ですかぁ……本当に……?絶対に終わったんですか?」
「そう言われると学者としては困るかな。世界に絶対はない。と、なると終わってないというのが正確だな!」
絶対に辞めてやる。アリスはそう固く決意した。





