真なる敵
難剣、音無しの剣。先程、幽斎の放った一閃はその類の絶剣である。究極に脱力した一閃は音を置き去りにし、対象を斬り裂く。斬られたものは、その鮮やかな斬り筋に、斬られたことすら自覚無いのだ。
本来ならば幽斎ほどの実力者が放つ一閃はあらゆるものを両断する必殺剣であった。しかし此度は違う。敵はエムナ。その肉体は、並のブシドーを遥かに凌駕している。
故に構えを変える。難剣で仕留めるほど甘い相手ではない。ならば剛剣、ただまっすぐに斬り伏せる。
エムナはそれに応えるように構え、そして唱えた。
「崩落。」
その言葉と同時に幽斎を中心に地盤が陥没した。
エムナの言葉には力がある。エムナの話す言葉は全てが真実となり、事象として起きる。それがエムナの力であり、エムナの本質。その言葉の力は、彼の源流に近い言語ほど確実性がある!
発生したのは超重力!本来ならば一瞬にしてミンチになってもおかしくないその圧力を幽斎は耐え抜いた!だが……それも時間の問題だとエムナは確信している!
「小手先だな。」
剣閃。サムライブレードが空間を断ち切る。何をしているのか意味が分からない。だがすぐに答えは出た。幽斎を襲う超重力が消えたのだ。
「……何をした?」
「超重力が生じていた故に、その概念ごと斬った。一流のブシドーならば誰もができることだ。」
───この女は何を言っているんだ。
概念を……斬る?意味がわからない。概念とは斬れるものか?
「嵐。」
暴風が巻き起きた。それはオルヴェリンを呑み込まんばかりの大暴風!それが圧縮され都市建造物を破壊する!凄まじい気圧、まるで天然の削岩機のようであった!
そしてその暴風は生き物のように幽斎へと向かっていった!四方八方マルチ方向!死角は一切なし!避けることなど出来ない絶命必至の一撃である!巻き上がる塵芥!迫りくる竜巻!
だがブシドーにはそのようなものはそよ風にすぎないのだ!幽斎は避けることすらせず、その暴風全てを斬る!一刀両断である!絶たれた風は凪となりて、静謐だけが空間に残るのだ!
「■■■裁■。」
断ち切った風、土煙が晴れた時、幽斎は見た。エムナの前方に収束する超高圧エネルギー体を!なるほどこれが本命、今のは目眩ましということだ。
そして放たれる。その一撃は鳴神の如し。雷纏う超高圧粒子砲。規模こそは違えど、純粋な出力はオルヴェリン砲にも比肩する!
迎え討つは幽斎!その一撃にただ構えるのだ!ブシドーコンセントレーションである!
───両断。
エムナの渾身の一撃は両断され霧散した。エネルギーの対消滅。しかしながら幽斎は無傷。幽斎の一撃はエムナの一撃を相殺するだけに留まらず、完全に上回っているという証であった。
「茶番はよせ黒き者よ。この幽斎、遊びに付き合うほど甘くはない。」
「……俺は最初、宗十郎こそが最も警戒に値する者だと思っていた。ブシドーという不可解な理を有する異郷者。だが違った。真なる敵は、真なる打倒すべき壁は、貴様だった。細川幽斎。」
空間に幾何学的な黒き紋様が走る。紋様は収束していき、一つの形となる。それは槍か棒か杖か、あまりにも昏く漆黒で、刃すら見えぬ得物であった。エムナはそれを掴む。
「これは邪道。だが許せよ。俺にはやるべきことがある。お前のような化け物を相手にする余裕はない。」
そう告げると幽斎はこの空間から消滅した。
次元転送サービスである。それは戦いの技ではない。逃げの一手。エムナらしくないものだが仕方ないのだ。今、ここで自分は疲弊するわけにはいかない。為すべきことを為すまでは。
幽斎は遥か深い深海へと送りつけた。とてつもない水圧で死ぬだろう。あるいは窒息死か。どちらにせよここに戻ってくるのは困難。
「急ぎ事態の収束を───。」
殺気。
振り向くと次元が空間が裂けている。その裂け目から幽斎が出てきた。
「……どういうことだ。」
「他愛ないこと。ブシドーを込めて空を斬る。さすればナノマシンと大気がブジドーフェノミノンを起こし……。」
もう聞きたくなかった。
要するに、この女は、このブシドーは、搦め手は一切通じないということだ。
止めるには圧倒的力でねじ伏せるしか無い。ブシドーなどという意味不明な力はこの世界のノイズなのだ。
「ふんっ!!」
地面を叩きつける。衝撃で岩盤が裏返りひっくり返る!そして力を絞り込む。狙いは当然幽斎。黒き槍を持って幽斎に叩き込むのだ!その一撃はあらゆる害悪を粉砕した必滅の一撃!耐えられたものは歴史上いない!
衝撃波、途方もない力の激突が周辺の瓦礫を吹き飛ばした。だが手応えはない。
「今までで一番の一撃。それが、それがお主の本当の戦い方ということか。」
当然の如く幽斎はその一撃を受け止めていた!弾け飛ぶ大気!とてつもないエネルギーの衝突が世界を揺らすのだ!
「幽斎……!認めよう!貴様は俺の、俺たちの敵だ。打倒すべき敵だ!今、ここに全力をもって倒そう!!」
幽斎の一振り一振りが、あの時、自身を殺すに等しい弓矢の一撃と同等以上の圧力が込められていた。本来ならばたかが刃物で自分の肉体が断ち切れるはずがないと、エムナはその圧倒的力で剣ごと敵を粉砕していただろう。
しかし此度は違う!刃受ければ間違いなく両断される!その一撃は死に至る、自身を殺す一撃なのだ!
一閃、一閃が空間を斬り裂く。かような剣閃は見たことがない。殺意の塊。しかしながらその動きは鮮やか。
こちらの動きを読んでか、受け流し、避け、隙きあらばカウンターを仕掛けてくる。
サムライブレードと黒き槍。その二者が衝突する度に大気は震え、空間に紫電走る。もう周りには誰もいなかった。その天災ともいえる熾烈な力の衝突に、皆が巻き込まれないよう避難したのだ。





