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闇を切り拓く剣となりて

 ハンゾーがジルと戦う前のこと。エルフの森で世話になる前に、彼らは共に行動していた。事情を聞いて行動をともにすることとしたのだ。

 ハンゾーに託されたミッションは一つ。最高のタイミングでジークフリートと魔王が乗るアークベインをオルヴェリン内部に送り込むこと。そのために色々と画策をしていたのだ。亜人連合軍と行動を共にしたのもそのため。

 オルヴェリンの守りは強固。だが、ハンゾーの使う時空間ニンジュツは遠くの者を瞬時に呼び寄せる。その規模に限度はない。


 「敵を騙すにはまず味方から……でござる!あの巨大兵器がお主らの切り札だというのならば、この事態は想定しておらぬでござろう!」


 想定できるわけがない。

 アークベインは巨大。故にオルヴェリンに接近してくるものならば、いくらでも防衛策はあった。こんな……こんな……突然に空から現れるなど誰が想定できるというのだ。


 「貴様……!」


 ボロボロのハンゾーの胸ぐらをエムナは掴み持ち上げる。


 「覚えておくが良い!お主らがいかなる力を以て戦場をひっくり返そうとも、我らがブシドーとニンジャの矜持の前では無意味!力だけでは全てではござらぬ!これが……これが、戦場のマスタータクティクスよ!!」

 「もう良い。」


 引きちぎられる。

 ハンゾーの肉体はエムナの異常な力によって、ただ無慈悲に、まるで虫けらのように引きちぎられ分断された。そしてそれを投げ捨てる。


 「ハンゾー!」


 幽斎はハンゾーだったものに駆け寄る。


 「俺が間違いだった。面白い男故に生かしてきた結果がこれだ。奇怪な異世界からの来訪者。計算外のことばかりする。慈悲は終わりだ。」


 アークベインを見据える。強力な相手だが倒せぬわけではない。あの時同様、オルヴェリンと共に戦えば撃退可能だろう。あれではまだ、まだ足りないのだ。


 「ほそ……かわの令嬢よ……。」


 駆けつけた幽斎にハンゾーは死力を尽くし声を絞り出す。エムナは驚嘆した。何でまだ生きているのだと……。虫の息だが生きている。

 彼らの世界の人間は本当に人間なのか疑わしかった。それともニンジャというのはそういうものなのだろうか。ブシドーも同じなのか?困惑と好奇心が混在した意味の分からない感情にエムナの頭は満たされる。


 「喋るな。応急処置を施せばまだ目はある。」

 「いいや……某の治療よりも……優先事項が……あの男を……斃さなくては……ゴフッ!」


 血を吐き出し苦しそうにもだえる。命かけて伝えなくてはならなかったのだ!


 「ご令嬢……お主の一撃しかとみた……ブシドーの一撃……このままでは某もお主も殺される……ならば……武家の娘として……一花咲かせるのだ……!」


 ガクリとハンゾーは気を失う。生命活動を停止……してはいないが時間の問題だ。ブシドーにより止血はしたが肉体維持機能に必須な内臓機能がバラバラである。失血もおびただしい。いくらマスターニンジャのハンゾーでも自然死不可避なのだ!


 「別れは済んだか女。安心しろ、お前は殺さない……今はな。まずはあの機械を止める。そして次は宗十郎だ。やはりあの世界の人間は放置できない。」

 「シュウを……?」

 「シュウ……宗十郎と親しいのか女よ、諦めるのだな。あれは生かさん。読めないのだ、例外的すぎて。」


 目の前の黒い男は圧倒的な実力を有している。それは幽斎にも嫌というほど分かっている。だが……だがしかし今、この男は聞き捨てならないことを言った。愛弟子を、シュウを殺すと言ったのだ。それは許されない。断じて許されないことだ。

 剣を手に取る。その行動が意味することは一つ。


 「戦うか女。まぐれは二度は起きぬぞ。立ちはだかるというのならば、確実に殺す。その身体ねじ切り死肉を撒き散らす。」


 圧倒的覇気、殺意。それが漂う。次は全力で殺す。その覚悟と決意がエムナから感じ取れた。

 実力差は明白。このエムナという男は、間違いなく細川幽斎が今まで出会ったどの敵よりも強いだろう。


 ───初めて宗十郎と出会ったときのことを思い出す。


 「なんだ千刃、珍しくやってきたと思えばそのガキは何だ。」

 「これは俺の息子だ幽斎。名を宗十郎。」

 「儂はガキは嫌いだ。騒がしく、無礼。知っているだろう千刃、昔からの馴染みだ。」

 「聞いているとも。故に跡取りもいなく、摂津国の奇人と評される始末。」


 サムライブレードに手を伸ばす。喧嘩を売りに来たのだな、この男は。


 「冗談だ、詫びるよ。まったく貴様は昔から冗句が通じない。」

 「抜かせ、儂は嘘偽りが嫌いなだけだ。歌も舞も茶も愛す。ただつまらぬ言葉遊びは許せぬだけだ。」

 「では本題に入ろう。幽斎、我が子……宗十郎を預かってくれぬか。」


 湯呑を運ぶ手が止まる。今……この男は何と言った?


 「宗十郎は長男だ。だがな……色々と武を仕込んだのだが覚えが悪い。それどころか少しのブシドーで音を上げる軟弱者。今はまだ幼いが故に周りのものは多少のことならば許されよう。しかし……元服を迎えれば宗十郎に待つは地獄。力なきブシドーに、周囲のものたちは悪意をぶつけようぞ。そうなる前に幽斎、お主の教養を仕込んでもらいたいのだ。ブシドーとしてではなく文化人としてならば華開くかもしれぬ。そうでなくても千刃の血、他のブシドー家系に婿養子として迎え入れてくれるかもしれぬ。後生だ幽斎。我が息子の未来を作ってくれ。」


 宗十郎の父は深々と頭を下げる。修行時代ともに技を競い合った仲だが、決して軽々とは頭を下げぬ男だった。ブシドーの名に恥じぬ、曲がったことを嫌い、義を通す漢。それが今、息子のためにこうして宿敵に頭を下げている。


 宗十郎の父は良くも悪くも典型的ブシドーであった。武に生きる男。修行終わり袂は別れたが尊敬もそれなりにしていた。その弱点も……。そう、こやつは人を見る目がない。無論、ブシドーとして平均以上はあるが、幽斎の足元にも及ばなかった。あるいは……親の愛が無意識に現実から目を背けていたか。

 幽斎はその卓越した鑑識眼で宗十郎を見た。

 『覚えが悪い』

 優しい言い方だ。幽斎の目に映った一人の童。覚えが悪い?いいや、こやつはまるで才能がないのだ。千刃の荒々しいブシドーは、このような脆弱な身体では耐えきれず、その経絡経穴を破壊し、神経を壊し、いずれは廃人へと向かうだろう。少しのブシドーで音を上げる軟弱者なのではない。まだ年端もいかない童だというのに、身体が既に死に向かい、限界を超えているのだ。


 「千刃……その……。」


 面倒にも程がある。それにガキは嫌いだった。体よく断るつもりだった。


 「ほ、細川殿!」


 童が叫ぶ。ガキの声は甲高く嫌いだ。あからさまに不機嫌な表情を浮かべる。


 「拙者は強くなりたいのです!見てのとおり、身体だけではなく精神も未熟!簡単なことで音を上げてしまう軟弱者!ですが……!」


 見れば哀れなものだった。経絡はズタズタに歪な形となり悲鳴をあげている。神経も摩耗しきっていて、恐らくは今も動くだけで地獄のような痛みが、神経に煮えた油を流し込められたような痛みが襲いかかっているだろう。

 軟弱者?どこがだ。そんな、常人ならば発狂しかねない痛みを抱えながらなおも強くなり続ける為に自傷に近い行為を続けられることの何が軟弱だというのだ。


 「黙れクソガキが、貴様は軟弱者などではない。自身を必要以上に卑下するな、不愉快だ。」


 何も知らずにただひたむきに、そして後ろ向きになっている童がただただ不愉快で、思わず口に出てしまう。

 その言葉に宗十郎は怯みはしなかった。困惑していた。初めて聞いた言葉だった。

 自分が軟弱者ではないと言ってくれた、父が語っていた鬼と呼ばれたブシドーが伝えた言葉の真意を考えていた。


 「幽斎、余計な希望を持たせないでくれ。」


 宗十郎の父は制する。当然だろう。下手な希望を抱くと現実に心打ちひしがれる。息子のそんな姿を見たくないのだ。

 だが幽斎はそんな宗十郎の父にも苛立った。いや見る目がないのは仕方ない。宗十郎に才能がないのはれっきとした事実。だがしかし……だがしかし……!


 傷だらけの童。その力に振り回されいずれは廃人となる。それでも周りはきっと温かく包んでくれるだろう。全身不随。介護必須な身体となろうとも。

 千刃家に悪人はいない。弱き者ならばきっと、周りが支えてくれる。

 しかしそれは同時に、この童の……宗十郎の心を殺す毒となるだろう。そんな未来を誰よりも宗十郎自身が望んでいない。

 目に浮かんだ。死んだ魚のような目で、善意により心が殺され続ける童の姿を。

 それは、それはとても残酷なことで、見ていられなかった。


 「……良いだろう。引き受けよう。儂の弟子として、貴様の息子預かろう。」

 「本当か!?恩に着る!恩に着るぞ幽斎!」


 宗十郎の父は喜び顔を上げる。細川幽斎が手ほどきするのならば、きっと別の道を見つけることができると、"そんな的外れの思い"を抱いたのだろう。

 それは違う。それではこの童は救われないのだ。


 「クっ……ククク!阿呆が!恩に着るのはこちらのほうだ千刃!ブシドーに二言はなし!貴様の息子はこの細川幽斎が"弟子"として扱うのだ!その理由が分からぬか!?」


 ブシドーの師弟関係。それはただ預かる、教えを乞うのとは違う。弟子の行く末にも大きな影響を与えるのだ!婚姻の許可もその大きな理由の一つ!だがそれ以上に……それ以上に"あの細川幽斎"の弟子。それ自体がブシドー界にとっては極めて衝撃的、名誉ある称号でもある!皆が注目するのだ、あの鬼が見定めた豪傑はいかなるブシドーかと!


 「覚えが悪い?戯けが、貴様の息子、宗十郎は流石は千刃の血、息子よ!才能に満ち溢れているわ!覚えが悪いのは貴様の師としての力が及ばぬだけのこと、鳶に鷹は産めぬ!安心するが良い、宗十郎はこの儂が"細川"のブシドーとして仕込んでくれようぞ!ハハハ!楽しみだ、細川家の尖兵として貴様たちと戦場で相まみえるのがな!」

 「何!?幽斎……お主……。」


 幽斎はつまらない嘘や冗談は嫌いだ。こんなところでこんな出鱈目を言う者ではない。本気で、本気で言っているのだ。本気で言ってくれているのだ。


 「消え失せよ千刃!"次に"再会する時は戦場だ!"ブシドーがブシドー同士"、技を競い合う苛烈なる戦場!宗十郎とはそれまで再会など叶わぬと知れ!」

 「幽斎……かたじけない……!」


 宗十郎の父は全てを理解して深々と再度頭を下げて立ち去る。

 そして宗十郎は一人残された。鬼と呼ばれたブシドー。戦場で出逢えば誰もが戦慄する幽斎と二人きり。


 「ほ、本当に……。」


 幼き宗十郎は呟いた。絞り出すような声で。抑えていた心を吐き出すかのように。


 「本当に……!拙者は……強くなれるのですか!?父や……あなたのように!!?」


 ただひたむきに父に言われ鍛え続けていた。肉体は既に摩耗し、日常生活を送ることすら困難。

 本当は知っていた。自分にブシドーとしての才能がないことに。それでも努力して努力して、いつか必ず実るものだと信じ続けていた。痛みは現実を背けさせてくれる良いスパイスだった。

 だというのに、幽斎は、鬼と呼ばれた、誰もが恐れたブシドーは言い放ったのだ。自分には才能があると。


 「儂はつまらぬ嘘や冗談は嫌いだ。ガキが……この幽斎を……いいや、お前は師匠の言葉を疑うのか?」

 「!……いいえ、滅相もございません!!滅相も……ございません!!!!」


 くしゃくしゃの顔で、宗十郎はそう答えた。不細工な返事だが、彼の今までの人生の中で、一番真っ直ぐな返事だった。彼の心に光が射した日だった。


 ───そう、誓ったのだ。シュウは立派なブシドーとなるのだ。儂や千刃の誰よりも。こんなわけのわからぬところで躓いている暇などない。ブシドーに終わりはないのだ!意識続く限り、無限にその道は続く!


 故に、この男の前に立たなくてはならなかった。命失ってでも、斃さなくてはならないと感じたからだ。それが、それが師の務めなのだから。


 『アンインストールが完了しました。初期化完了。認証コードを入力してください。』


 突然響き渡る機械音声。エムナの動きが止まる。意味不明な出来事だった。

 しかし幽斎は理解した。というより、彼らの世界では常識的なことだったからだ。それはナノブレードの初期セットアップである。サムライブレードもニンジャブレードも元は同じ。本人の認証によりその形態を変える。


 アンインストールされたのは、ハンゾーのニンジャブレードだ。

 そして、ニンジャブレードもサムライブレードも元は同じ。


 『武家の娘として一花咲かせる』

 ハンゾーが放った言葉。意味がわかった。理解した。幽斎はナノブレードを掴む。


 「認証コード送信。コード細川。ブシドー注入。」


 『認証。ブシドー確認。データベース適合。細川。』


 ナノブレードが破裂した。いや、幽斎の莫大なブシドーに耐えきれず一時的に膨張したのだ。しかしながらそれも一時的なこと。初期セットアップを終えて、ナノブレードは姿を変える。変容するのだ、無垢なる刃は細川のブシドーに染まり、その力は新たなる地平を切り開く!今ここに!ハンゾーのニンジャブレードは転生し、サムライブレードへと変移するのだ!


 「我がブシドー、その煌めきに応じよ!ブレードセットアップ、オペレーティング・システム起動、ブシドードライバ接続!インストール……コード、ブシドー転生!」


 『承認しました。全てのタスクを完了。モード、ブシドースタイル、ブレード形成。』


 大気中に散らばったナノマシンが再結晶化。収束していき、ブレードを形成していく。サムライブレード誕生の時である!


 安心するが良いシュウよ。お前にかかる闇は儂が切り拓く。お前はただ光の道を突き進めば良い。今はまだ若く発展途上。だがしかし、お前のその心が、魂が、昔と変わらず、正しき道を歩み続けるのならば、必ずや辿り着く!この境地!この極地へと!


 「だから、安心せよ!この男は儂が斃す!!我が名は幽斎!!細川幽斎!!摂津国のブシドーにて宗十郎の師である!!今ここに、この命……魂燃やして貴様を断ち切る剣である!!」


 瞬間、世界が膨張、収束した感覚。突然の強大な存在の出現に、そう感じてしまうような錯覚。気がつくと雨降らす暗雲は彼女を中心に避けている。光が差し込む。


 それは大気が震えるほど濃厚なブシドー!そして威圧感!その姿は女体であろうと変わらず!「摂津国の鬼神」「歌道の梟雄」……その異名は数知れず!戦場にて数多のブシドーを屠り、恐れられ、そして尊敬され続けた。そう、今ここに立つのは、細川幽斎。かの世界にていくつもの地平を越えたといわれる最強のブシドーなのだ!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] あああああ師匠カッコいいぃいいいい!!! ハンゾーのニンジャブレードをブシドーブレードに変換して武器とするなんて!この演出は胸アツ! 宗十郎との出会い、彼の父とのやりとりもいいですね。渋い…
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