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悪魔の囁き

 ───イアソンの放送は亜人連合軍たちに届いていた。当然幽斎の耳にも。


 「……なんでイアソンなの?勝鬨をあげるのはシュウだろう。」


 不満げに口をとがらせ呟く。とは言えこれで勝ちは決まったようなもの。亜人たちの士気も最高に高まり進軍は順調。オルヴェリンの騎士たちは洗脳されているため、投降はしないし士気も落ちない。だがそれでも、勝利が見えてきたという現実はやはり、モチベーションが段違いなのだ。

 爆撃機が次々と街に落ちてくる。上空に飛び上がったハンゾーが順調に撃墜しているのだろう。問題はまるでない。あるとすればシュウの安否ぐらいだ。スマホに連絡しようと思ったが、用件もないのに連絡するのは流石にまずいと思い、理性で抑える。


 「いや待って……?勝ち確ならシュウのもとにかけつけてもおかしくなくない……?」


 ブシドーを使えばサムライブレードは検知できるわけで、軍師の役割は適当なエルフにでも任せて……ありじゃない?

 そうと決まれば善は急げだ。エルフの代表のエルヴィスに声をかける。エルフは頭がいい種族らしいので、まぁ何とかなるだろう。そんな考えだ。


 「エルヴィスさん、エルヴィスさん、ちょっといい?」

 「ん?ユウサイさんどうかしましたか?」

 「いやね?あたしエルヴィスさんのこと、ずっと頼りになると思ってたんだぁ。リーダーシップに優れているし、かしこいし……。」


 心にもないことを幽斎はエルヴィスに伝える。適当におだてて仕事を任せるという考えだ!その狙いどおりエルヴィスは気を良くする!


 「それでね?そんなエルヴィスさんなら今、あたしがしていることも問題なくやれるんじゃないかなぁって思うわけ。」

 「そういうことですか。なるほど任せてください。」


 よしっ。

 幽斎は頭の中でガッツポーズを決めた。無論、此度の提案は決して無策でというわけではない。エルフの代表であるエルヴィスならプライドの高いエルフ連中は従うだろうし、他種族も何だかんだでエルフの知能の高さは認めている。そして幽斎という戦力が戦場に投入されることで戦局は一変するのは間違いではない。


 「それじゃあエルヴィスさん、今からあたしの言うとおりに……ッ!?」


 異様な気配を感じた。心臓が掴まれたかのような気配。

 幽斎は振り向く。その気配の出処に。冥い影が少しずつ迫ってきていた。その気配はまるで一つの闇夜のようであった。それでいて不思議と暁星のような輝き。


 エルヴィスは気がついた。彼らエルフは知識を引き継ぐ。古代からずっとずっと引き継ぎ続けていた。その知識が、その存在にいち早く気づいた。

 魔道具を即座に展開する。エルフたちが使用する武具。魔力をエネルギーとして稼働する装備である。

 息が荒く冷や汗が垂れる。エルヴィスだけではない。エルフたち全員に緊張感が走っていた。

 その男は静かに、オルヴェリンの都市に降臨した。

 コツ……コツ……と何の警戒心もみせず、さも当然のように足音を立てて、平然と道を歩く。まるで彼にとって戦場の空気など、春のそよ風に等しいものであるかのように。


 それは黒き衣を身にまとった黒き王。

 それは原初の異郷者。

 それはただそこにいるだけで、他者を圧倒する存在性。

 それは亜人たちの宿敵にして大敵。

 それはオルヴェリンの祖として君座し続けた異郷者。


 その名をエムナ。異郷者エムナである。


 「な、なんで……なんであいつがこんなところに……!」


 エムナが前線に出てくることなど考えてもいなかった。エルフたちは恐怖と困惑の感情で満たされる。


 「知れたことだ。お前たちがどれだけ策を練ろうとも、俺がいる限り、お前たちの戦争に勝ちは無いのだ。俺一人いれば、お前たちなど簡単に制圧できるのだからな。」


 虚言ではない。エルフたちは確信している。奴の力があれば単独で亜人連合軍を倒せる。

 それを知らない他種族たちは吠えた。お前一人で何ができるのだと。彼らは知らない。文字通り、彼一人で全てを終わらせられるというのに。


 「聞け亜人たちよ。」


 それは透き通った声だった。酷く頭に響き渡る声。脳にいつまでも響き続ける。何故か聞き入ってしまう声。


 「みんな耳を塞げ!!」


 エルヴィスは叫んだが既に遅かった。皆がエムナの言葉を聞いてしまった!


 「何も知らないだろうが、私はお前たちの中に間者を紛れ込ませた。ドラゴンが無惨に殺されたのを見ただろう?あの時の武器を持たせた。彼への命令は一つ。殺せ。ただそれだけだ。はて……何人送り込んだかな……?今、彼らはどこにいるだろう……?お前だったか……?」


 エムナの視線が亜人たちとあう。目が合った亜人たちに注目が浴びる。間者、裏切り者……本当にそうならば危険極まりないからだ。当然本人たちは否定する。身に覚えがないからだ。

 疑心暗鬼が戦場を支配する。ドラゴンを殺した兵器の存在が恐怖感を呼び起こす。しかしそれ以上に、何故かエムナの言葉には真実味があって、本当のことにしか思えないのだ。


 「ああ……見つけた。お前か。」


 エムナは見た。どこかを見て、そう呟いた。


 「うわぁぁぁぁぁああ!!」


 錯乱した亜人の一人が近くの仲間を斬り裂く。何故かは分からない。殺さないと殺されると思ったからだ。


 「気をつけろ。俺が潜ませた間者は一人ではない、あぁそこに隠れていたか?それともそこにいたか?いいやそこか!さぁ急げ!剣を手に取れ!急がなくては……裏切り者として殺されてしまうぞ?」


 その言葉がきっかけとなり、亜人たちは味方同士で殺し合いを始める。意味が分からなかった。何故突然こんなことになったのか。


 「違う!俺は裏切り者なんかじゃない!落ち着け!」

 「嘘だ嘘だ!そういって俺を騙すつもりなんだろう!おい皆!こいつだ!こいつが裏切り……。」

 「はぁ……はぁ……!だって、だって殺さないと殺される!そんなこといってあなたが裏切り者なんでしょう!私は死にたくない!」

 「この……裏切り者が!人殺し!お前こそ裏切り者だ!」


 疑心暗鬼は伝播し、殺意が伝染していく。そこには最早連合軍の姿はない。集団ヒステリーを起こした集団でしかなかった。


 「俺の言葉には特別な力がある。聞いたものはまるでそれが真実であると錯覚する。次からは耳栓をつけて進軍することだな?まぁ……次などないが。」


 暴徒と化した連合軍を横目に、まるで散歩するかのようにエムナは歩く。


 「エムナァ!貴様ァッ……!!がっ……あッ……!」


 そして抵抗虚しくエルヴィスの心臓を貫いた。即死だった。


 「これで終わりだ。エルフが軍略に通じていたのは意外だったが、策士は死んだ。あとは連合軍の自滅を待つだけ。他愛もないことだ。」


 つい先程のことだった。幽斎がエルヴィスに軍師を示す装飾品を渡したばかりに、エムナはエルヴィスこそが軍隊の指揮者だと思っていたのだ。


 タイミングが悪かった。少し悪いことをしてしまったと幽斎は反省する!そしてこの目の前の怪物をどう対処すれば良いのかと思い悩んだ!

 そんなことを思っていたところに、ハンゾーが空から降りてきた。


 「爆撃機の全ロスト完了でござる。ブシドーが騎乗していない故、単調作業、まったくもって余裕千万でござったな……む?この様子は一体……。」


 ハンゾーとエムナの目が合う。しばらくの沈黙。先に口を開いたのはエムナだった。


 「お前は噂のハンゾーとやらか。爆撃機を一人で撃墜とは……。ついでだ、持って帰るか?」

 「ほう、それがしを知っているとはお主……あぁ分かったぞ!あの時の黒き矢の者!直接出向いたということは、相当余裕がないと見た。」

 「一応、聞いておこう。素直に捕虜となるつもりはないか?」

 「無い。ニンジャマスターが簡単に敵の手に落ちるなどありえぬぞ!」

 「そうか……では。」


 甲高い金属音。ハンゾーがニンジャブレードを取り出し弾き飛ばしたのだ!エムナの手元から何かが発射されたのが見えたからである!


 「上手く避けるではないか。次はどうだ?」


 見せつけるようにエムナは手のひらを突き出す。そこにあったのは小石。そしてその小石を……指で弾き飛ばしたのだ!瞬間爆裂!ショットガンのように炸裂した小石がハンゾーに向けて放たれる!

 同時に放たれた弾丸の如き小石は正確無比にハンゾーの肉体を貫こうとするのだ!


 「はぁッ!!」


 しかしこれも全てハンゾーは弾き返す!例えいくつもの小石が同時に発射されたとしても、その着弾には時間差がある!ならば全て弾くことなど容易なのだ!


 「大道芸を見せに来たのならばここまでにするでござる。」

 「いや、面白い。そうだな、このような小手先では意味がない。ふん、殺さずして無力化する。丁度いいハンデだな。」


 エムナは素手で構える。武器は持たない。少なくとも聞く話だと弓矢の他に巨大な槍も使うはず。それをしないのは確実に倒せる自信からか。舐められたものだとハンゾーは失笑した。

 二人の間に緊張感が走る。幽斎は冷静にエムナの戦力を見ていた。強い、そう断言できる。ハンゾーと二人がかりで挑めばあるいは……。そのぐらいの難敵であることは明白。立て掛けられたエルフの弓を手に取る。


 「細川の令嬢殿!助太刀は不要!!」


 手に取ろうとした時、ハンゾーは叫ぶ。


 「む?そこの女、助太刀するつもりだったのか?俺は構わんぞ?もっとも……女とて遠慮するつもりはないがな。」

 「不要だと言ったのだ黒き者よ。お主の相手は某。刮目せよ!」


 細川の令嬢が多少武芸に秀でているのはニンジャアイにより分かる。その筋肉からもある程度の鍛錬をこなしているのは必然。"あの"細川家の人間なのだ。女とはいえブシドーを叩き込まれたのだろう。故に助太刀は本来ならばありがたい、ありがたい話なのだが……!


 「ぐッ……ぬぅぅ……!!?」

 「どうしたハンゾーとやら?助太刀不要といってこの体たらく。俺を失望させるなよ?」


 とてつもない力。これは純粋な暴力。ブシドーなど微塵も込められていない!この男は生きた天災である!決して楽に勝てる相手ではない!だが……だが……!


 「元より期待に応えるつもりはないッ!見せてやろう、ニンジャの外道な戦い方!バトルスタイルを!!」


 彼女は宗十郎の恋人なのだ!宿敵ではあったが今や同じ志を持つ同志!ならばいたずらに傷つけるわけにはいかないのだ!それはニンジャとしてではなくハンゾー個人としての矜持!漢として、友の女を傷つけることなど、断じて許さない!!

 そう、ハンゾーは本気でそう思っている!勿論まごうことなき誤解である!意思疎通の大切さが分かる事態だ!口にしないが為にハンゾーが何故、一騎打ちに拘っているのか幽斎も意味不明だった!だが言葉にできない理由があるのかもしれないと、迂闊に幽斎も手が出せなかった!!


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