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恐るべき異郷者

 不気味な言葉だった。普通、これはただの嫌がらせ、撹乱を目的として狂言と見るのが普通だろう。しかし、イアソンはリュウに対して奇妙な親近感を抱いていた。境遇が似ていた。一時であったが殺し合い、リュウがどんな人間か理解していた。彼は、こんなときにこんな嘘をつく男ではないと。

 しかし、何はともあれまずは状況を整理する。敵の総大将を倒したのだ。これが周りに伝われば、士気は格段と上がるはずだ。

 リュウが使っていたと思われる通信装置を手に取る。オルヴェリン全体に流される通信音声。


 「全員聞こえるか。俺は今、オルヴェリンに攻め入っている亜人連合軍の一人、異郷者イアソン。今、オルヴェリン軍の大将である異郷者リュウを討ち取った。これ以上の戦いは不毛だ。降伏しろ。繰り返す。降伏しろ、オルヴェリン。」


 端的に伝えた。戦いはこれで終わり。亜人連合軍の勝利。あとは中央庁を制圧するだけだった。


 ───憂鬱な日だった。

 物憂げにため息をつく女性はアリス。オルヴェリン中央庁に務めが決まったときは田舎の両親に真っ先に報告して、友達にもたくさん祝ってもらえて最高の瞬間だった。

 仕事も大変だったけれどもも、この街の中心で働くというのが誇らしく、いつも帰省しては両親が自慢の娘だと自慢していて、照れ恥ずかしかったけど嬉しかった。

 なのに、今は最悪の気分だ。


 オルヴェリン中央庁はイアソンの放送を聞いて大混乱だった。

 あるものは亜人に屈するくらいならば自害するべきだと訴え、あるものは生きてこそだと降伏することを主張する。だが、ここにいるのは皆、非戦闘員。滑稽なものだった。彼らは本気で議論しようが結局は現場の人間が振り回されるだけ。

 そして当然、その混乱はノイマンにも飛び火する。


 「ノイマン!ノイマンはいるか!」


 男が乱暴に扉を開けた。粗暴な男だった。普段からノイマンに対して不満をこぼしていたコビー派の男。もっともコビーは事故死……もといエムナにより殺されたので、今は無所属である。

 異郷者ノイマンはいつも研究室にいる。発明を毎日のようにし続けていた。


 「どうした?マナーがなっていないぞ?これだから原始人は……。」

 「お前も外に出て戦え!異郷者なんだろう!皆、外に出ている!お前だけだここでぬくぬくとしているのは!何様のつもりだ!戦うのが異郷者だろうが!」


 ───何を言っているのだこの莫迦者は。

 ノイマンはつくづく思った。顔を真っ赤にして下品にツバを飛ばし叫ぶ男。まったく、そんな態度をとれば人が言う事を聞くと思っているのならば度し難い。


 「戦いなら今もしているだろう?私の発明品を持って今も騎士たちは戦っている。これが学者の、"お国"のために戦うやり方だ。満足いただけたかね?」


 パァン!


 銃声がした。乗り込んでいた男が手に持っているのは拳銃。当然ノイマンの発明品である。

 銃弾はノイマンの肩に命中し、苦悶の表情を浮かべノイマンは肩を抑える。


 「おやおや天才様もそんな表情ができるんですか?いいか?何も知らない無能のお前に伝えてやる!こんな玩具じゃなぁ、異郷者は殺せないんだよ!何が天才だボンクラが!お前はただの傲慢で口のでかいだけのクズ野郎だよ!」


 やれやれ……肩からの出血。これはまずい。大動脈をやられていて、このままだと失血死するだろう。それにしても私を無能扱いするとはやはり、愚者は度し難い。お前が今ここにいる建物や、お前が着ている衣服、お前が今まで食べてきた食料品……誰が発明したものだと思っているのだ。

 ノイマンは考えた。天才でも悩むのだ。度し難く頭の悪い人間にわかりやすく説明するのは中々知能を使う。無論、ノイマンはそういう仕事も嫌いではない。天才の偉業を分かりやすく伝えるのもまた天才の義務なのだ。でなければ愚者というのは天才が天才たる所以をまるで分からない。そう、丁度目の前の男のように。


 「しかしビルさん、こいつ異郷者の中でも戦えないタイプってのは本当なんですね。こんな簡単に銃とやらでダメージが深刻そうですよ。」


 取り巻きの一人がノイマンを指差しながら嘲笑う。


 「あ?なんだそりゃ?」

 「異郷者って戦闘型と文化型ってのに分かれるみたいで、こいつは典型的な文化型ってことですよ。何でか五代表様は文化型を重宝してましたけどこんな無能がねぇ……。」

 「戦えない役立たずってことかよ……つかえねぇ……お、そうだ!おいノイマン、戦えないならよぉ、あの兵器……あいつのエネルギーになってくれよ!知ってるぜ?人の生命力をエネルギーにする装置!使えないお前でも少しは役に立つだろ!」

 「それは名案だビルさん!ノイマンのあの兵器はエネルギー充電中ということですが、こいつの生命力を使えば稼働できるはずだ!そうと決まれば話は早い!こいつを……いやこの燃料を早くくべてしまいましょう!」


 どっ!と研究室に駆け込んだ連中が笑い出す。そしてその提案が波及していく。そうだ、ノイマンは責任を負うべきだ、ノイマンを燃料にすれば良いんだ……と既にノイマンへの私刑は確定事項のようだった。


 「よぉし、民主主義的に考えて、お前燃料決定だな!大人しくしろよ?何ならもう一発撃ち込もうか?」


 下卑た笑いを浮かべてビルと呼ばれた男はノイマンに近寄り手を伸ばす。


 「風よ、切り裂け。」


 ノイマンに伸ばされた手は届くことなく、地面に落ちる。切り離されたのだ。遅れて出血。唖然とし何が起きたのか理解できなかったビルだったが、痛みがやってきてようやく理解する。


 「あっツ!あぁぁぁぁ!な、なんだ!?俺の腕がぁぁぁぁ!!」

 「今のは風魔法!?誰だ、誰かいるのか魔法使いが!?詠唱の気配すらなかったぞ!これだけ高度な魔法だというのに!!?」


 ビルの腕を斬り裂いた風魔法は、空気を濃縮しかまいたちを形成して吹き飛ばす風の上級魔法。恐るべきはその斬り筋。骨ごと真っ二つに見事に斬り裂いている。これほど高密度に、高熟練に放たれた魔法は見たことがないのだ……!


 「癒やせ、水の精霊よ。」


 ノイマンは自分の肩に手を当てる。するとみるみる内に肩の傷は塞がり血は止まる。様子を確かめるように肩をぐるぐる回している。


 「うむ、調子は上々。」

 「お、お前がやったのかノイマン!先程の高練度の魔法も!!」

 「え?私、なにかやっちゃいました?」

 「ふざけてるのか!お前が魔法を使えるなんて聞いていない!」

 「そうだな、話してないし。いや、魔法は研究していると言わなかったか?その時に覚えた。」

 「覚えたって……!」


 ノイマンは天才である。

 これがまず第一前提条件としてあるのだ。ノイマンがいた世界では魔法などオカルト以外の何者でもない、そこには科学的根拠もない、妄想だった。

 しかしこの世界では違う。魔法は実在し体系化しているのだ!ならばノイマンは魔法を認めた。そして学んだのだ。この世界の魔法の仕組みを。実在しているのならば必ず解き明かせる。ノイマンはこの世界の魔法を一つの学問として捉えた。

 そして彼は他の学問同様に、魔法の知識を得て理解したのだ。


 「魔法学は興味深いが、つまるところ物理現象の具現化にすぎない。世界を構成する要素、法則が異なるだけで、それを理解すれば誰でもこんなもの使いこなせる。私からすれば、こんなものも満足に使えないお前たちが理解できないな。」

 「お前の今放ったのは無詠唱での風の上級魔法!本来ならば魔法使いの家系であるエリートが一流魔法使いが何十年もかけて……。」

 「あーーーーそういうのは良いよ良いよ。つまるところ頭のかったい老害が知識の独占のためにわざと修練を困難にしているだけだろう。それとも心底無能ばかりで、ろくに技の引き継ぎもできない連中ばかりということか?」


 呆れかえる。まぁ同じ人間なのだ。当然いるだろう、足を引っ張り続ける老害の存在。まったくどの世界でも人は変わらないものだと心底ノイマンはため息をついた。

 ふと自分を見る目が明らかに変わっていることにノイマンは気づいた。今まで見下したような目をしていた連中が酷く怯えている。


 「ふむ……なるほど?安心したまえ、天才は一々過去のことは気にしない。というよりあれだ、お前たちは動物園の猿が無礼な態度をとってきたからといって、本気で怒る口か?」


 笑いながらノイマンは答える。皆がそれに合わせて引きつりながら笑った。もう今、目の前にいるのは無力なただの科学者ではない。恐るべき魔法を使う異郷者だ。


 「そして私は心も広い。愚者の意見だろうと耳は傾ける。先程の意見、極めて合理的だ。無論天才の私も考えていた。理論だけはな?だが倫理観というのは大事だ。人の生命を犠牲にするなど非人道的……そんなものは許されない……だが。」


 失った腕を抱えてうずくまるビルの前にノイマンは立つ。


 「他ならぬ本人がそれに賛同しているのだ。ならば喜んで科学の犠牲になってもらおうか。」

 「ひっ……!た、助けて!」


 逃げようとするビルの足が切断。だが出血はない。ノイマンの無詠唱回復魔法で瞬時に止血されたのだ。突然倒れたビルはわけも分からず手を伸ばすが、最早腕一本では満足に動かせなかった。

 そしてそれに誰も異を唱えない。ただ黙って地面に転がるビルを見ている。しかしそれも束の間だった。


 「あぁそれと補足だがな?人間一人の命ではアレを動かすのは無理だ。だが幸いにもここにはこの男の意見に賛同してくれたものがたくさんいる!科学者としてはとても嬉しいぞ!こんなに科学のために命を犠牲にしても構わないというものがいるだなんて!」


 一瞬なにを言っているのか全員が理解できなかった。

 しかし分かった。分かってしまった。この男はここにいるもの全員を皆殺しにして機械の燃料にする気だ!!


 悲鳴があがる。阿鼻叫喚。虐殺だった。オルヴェイン中央庁にはまともな戦闘員はいない。当然の帰結。為す術なく、全員が四肢切断されて、無理やり生かされた状態で転がっている。

 その様子を取り巻きの一番後ろで眺めていた一人の女性がいた。腰が抜けたようで床にぺたんと崩れている。目は恐怖に満ちて、震えが止まらない様子だった。

 ノイマンと目が合う。ビクンと肩を震わせる。一瞬にして震えは収まった。人は恐怖の臨界点を迎えると身体の震えすらなくなることを知った。


 「な、なんでもしますから!お、お願いします!た、助けてください!!わ、わたし知らないんです無理やり連れてこられて!おかあさんにもプレゼント買わないとあぁ収穫もあるんですいや、これは違くてそのと、とにかくなんでも……!」

 「ん?今、何でもすると言ったな?」

 「ひゃ、ひゃい……ど、どうかたすけてくださいぃぃぃ!」


 無様に土下座をする。こんなの伝聞だけで、生まれて初めてしたけど、うまくできているのか不安だった。


 「それは良かった!いや見たところ私の部下ではない、所属が違うようだったからな。天才に肉体労働はこたえる!こいつらを運ぶのを手伝ってくれ。」

 「え……え……?」


 アリスは困惑した表情で四肢をもがれた同僚たちを見る。当然全員は生きていて、口を封じられているわけではない。だからか怨嗟の声がアリスに一気にぶつけられた。なんであいつだけ、ずるいと。


 「音よ、静まり返れ。」


 だがそんな声もノイマンの音魔法で静まり返った。口をパクパクしているだけで声がまるで聞こえない。


 「まったく低能どもはこれだから……彼女を燃料にしないのはシンプルな理由だよ。少し考えたら分かるだろう。彼女だけは先程の議論でお前達が提案した人の命を燃料にするという案に賛同しなかったからだ。ならば私は人道的見地にもとづいて……彼女を生贄にするなどとてもとても……。」


 事実、アリスは彼らの後ろでひたすら困惑していた。いくら非常時とはいえ人の命を犠牲にするのはどうかと思っていた。でも空気が読めないことを言うのもまずいと思っていて黙っていたのだ。


 「それとも君は……彼らと同じ賛成派だったのかな?それならすまない!いやはや、よく人の心が分からないと言われるのでな!どうなんだい"アリス"くん?」


 胸の名札を見たのだろう。ノイマンは名指しで尋ねる。同僚たちの無言の視線が刺さる。でも……でも……状況とか関係ない。ノイマンの問いかけに私は心の奥底から真正面に答えた。


 「ひ、人の命を犠牲にするのはやっぱり間違っています!そ、それは私だけじゃなくてその……み、皆を犠牲にするのもお、同じですぅ……。」


 無言で見つめるノイマンの視線に声量は少しずつ自信なさげに小さくなる。だが確かに伝えた。自分の考えを。


 「なるほど、なるほど。私と同じ意見のように見えて、賛同派の者たちも犠牲にするのはいけないと?これはこれは困ったな……意見が対立してしまったぞ。」


 全員の目に希望の火が灯る。助かる。殺されずに済むと。


 「よし!ここは民主主義的に決めようじゃないか!命を犠牲にしてもアレを動かすことを是とするのは残念ながらアリスくん!君以外全員そうなのだ!いや私とて悲しい……こんな数の力で意見を封殺するなど……だが仕方ないのだ!せめてもの侘びだ、今度建設的な議論かあるいは何か教授しようではないか!天才が一個人に時間を割くのだぞ?喜べ喜べ。」


 同僚たちは騒ぎ出す。だが音魔法のせいで自分たちの主張は何もかもノイマンの耳には届かない。もしもアリスにノイマンが聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせていなければ……彼らの意見にもノイマンは耳を傾けていたのかもしれないというのに……。

 アリスは引きつった笑みを浮かべた。もう無理だと察した。流されるままにノイマンに従い、台車を用意して、同僚たちを積み上げ運んでいく。恐らく今夜からしばらく悪夢にうなされるだろうなと思いながら。横でノイマンの話す世間話に適当に相槌をうちながら、転職も視野にいれていた。


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