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俺にこの手を穢せというのか

 リュウがイアソンの言葉を聞き脳裏に浮かんだのは"兄弟"だった。生まれも身分も違えど、ともにこの乱世を正すと誓った、血の繋がりよりも深い兄弟。


 ───兄弟の最後が脳裏に浮かんだ。よりにもよって、あんな時を。


 「貴様は確実に殺す。我らの敗北は最早必然、だがリュウ。貴様は生かしてはおけん。」

 「……あぁ殺れよ兄弟。だが兄弟、その前に話を聞いてくれ。今はこうして袂分かれたが、元は太平の世を求め乱世を正すために戦い続けた筈。俺が今、ここで死んだらまた逆戻りだ。」


 新しい国ではやることが山積みだ。そんなところで新王の死は新たな混乱の幕開けであることは明白。


 「この世界には新しい風が吹いている。皆、よくやってくれてる。兄弟の軍から離反した連中だって、厚遇するつもりだ。これからは敵味方関係ない。皆でより良い力を作っていくんだ。俺たちは、そんな国を作っていきたいんだ!」


 ずっとずっと夢見ていたことだった。昔の話。


 「なぁ兄弟、もう一度やり直さねぇか?兄弟はすげぇよ!俺にはできないこと全部できる!たった一人で数万の兵を蹴散らした!世界中から集まった英傑たちが束になっても決して倒せなかった!そんなことが出来るのは兄弟しかいねぇ!俺にはお前が必要なんだ。これからの時代でも、兄弟はずっと必要になる!俺が王様なのが気に入らねぇなら兄弟が王様でいい!」


 兄弟は……刃物を俺に突きつけながら黙って聞いていた。


 「兄弟には、兄弟には仲間が必要なんだ。過去には色々あったけどさ、俺と兄弟なら、きっとどんな相手にだって負けないすげー国ができる!みんなが笑顔に、平穏に暮らせる日々が来るんだ!そんな光景を……俺は兄弟!お前と一緒に見たいんだよ!!」


 それはあり得ない光景。二人が肩を並べて城下を歩く。お調子者のリュウが騒ぎを起こし、それを兄弟が失笑し咎める。そんなありふれた光景。夢の夢のようだった。

 そんな景色が、二人の脳裏に浮かび上がった。


 「……兄弟。」

 「!……あぁそうだ兄弟!俺たちですげー国を!」

 「この世界で信用できるものは己だけ。兄弟もいずれ分かる。」


 突きつけられた刃物を兄弟は自身の首に向けて突き刺し、跳ね飛ばした。

 血が吹き出る。

 兄弟の血が、戦場でどれだけ傷ついても倒れなかった兄弟が、ゆらりと倒れた。

 鮮血で染まっていく。兄弟の体温が失っていくのが分かる。


 ああ、そうだ。思えば兄弟は身をもって教えたかったのだ。

 乱世を正すため、太平の世を築くため。

 最後に、俺の言葉が通じたからこそ、同じ道を歩むことを決めたからこそ……命捨てて、俺を完全なる王にするために。


 俺は王になんてなりたくなかった。ただ───。


 「いねぇ!いねぇなぁイアソン!俺はもうとっくに境界越えてんだ!兄弟は!他ならぬ!俺のこの手で殺してしまったんだからなぁ!!」


 悲鳴にも近い叫び声をあげてリュウは炎の剣を振り下ろす。偽りの炎。その正体は内家気功法。ブシドーに似て非なるもの。そして彼の中には無数の魂。


 「……そうか。だがリュウ。俺は容赦しない。俺たちを舐めるなよ?魂が複数ある化け物など、何度も相手してきた。」


 イアソンの礼装が解除パージされる。違う、解除ではなく変形したのだ!その武装は神園ヴァルハラに集う魂を降ろすもの。その特性故に、最高の武器へと変形する!

 それは武器と呼ぶにはあまりにも粗末なものだった。

 持ち手があり、先端は球体。ただそれだけ。言うならば鈍器。しかしながら、それこそがイアソンの持つ最高戦力の力を十分に発揮するスタイルなのだ。

 それは宇宙を持ち上げる膂力。大地を砕き、海を穿つ。彼のいた世界で、最強の戦士であり、そして最高の友人。故に武器はシンプルでいい。ただ力任せに叩きつける。それだけであらゆる魔獣を叩き潰す、必滅の一撃になるのだ。


 「誇れリュウ。今から受ける一撃は、俺たち全員が尊敬した男の全力の一撃。人の身には過ぎた絶技!だが……お前にはこうでもしなくては斃せないと、あいつのことを誰よりも知っている俺が導いた答えだ!!」


 リュウの慟哭のような一撃に合わせて、その一撃は真っ向から放たれた。


 「ケラウノス!インパクトォッ!!」


 雷鳴が集う。いいや雷鳴のように見えて本質は別物!遥か古代!雷鳴とは神々の力、権能として讃えられていた!即ち!雷とは神そのものなのだ!雷鳴の如し紫電はその神性が具象化したに過ぎない!その本質は絶大なる神々の力!この世界で、イアソンのいた世界で語られる魔法とはまた別の力、例えるならば信仰が起こす奇跡の力の具象化!

 ───神々の一撃。その一撃は魂を砕き粉砕する。リュウの持つ機械剣は粉々に粉砕され、更にそれだけに留まらず、リュウの肉体へと打ち込まれる。消し飛ぶ、リュウに囚われた魂の数々が。オルヴェリンの中心で、ビッグバンのような爆発的エネルギーが巻き起きた。


 残されたのは老人が一人。ズタボロになった姿で地面に倒れている。虫の息だった。


 「まだ息があるのか。やはり凄いよお前は。王になれなかった俺よりも遥かに。」


 イアソンもまた限界を迎えていた。強力な一撃には代償が必要。身を包んだ礼装は完全解除され、彼の肉体もところどころ悲鳴をあげている。


 「当たり前だ、俺は覇王も超えた男だぞ?お前なんて三下、目じゃねぇよ。」


 減らず口を叩きながらも老人にはもう敵意は皆無である。ただ空を見ていた。


 ───死にゆく中、リュウはエムナに聞いたヴァッサーマンのことを思い出していた。

 ヴァッサーマンの話には続きがある。

 漁師がヴァッサーマンの小瓶を奪って以来、漁村で正体不明の怪物が村人を襲う事件が相次いだ。ヴァッサーマンは探し続けていた。失われていたものを求めて。そして嘆き悲しんでいた。エムナに討伐されるまで、その存在自体が他者を傷つけなくては保てないことを知っていたから。

 村を襲う害悪な魔獣。その正体は、他者の存在がないと自己を保てない悲しき怪物だった。


 王に上りつめた男は孤高となった。彼には王の素質があったが、その人柄は王に相応しくなかった。元々彼は王になりたかったわけではない。ただ、皆と共に笑える世界をつくりたかっただけ。だから同じだった。王になるという夢を果たせなかったイアソンと、友と笑いながら平穏を求めたリュウ。二人の夢は叶わず潰えた。


 皮肉なものだった。お互いが手に入れなかったものを、お互いが手にしていたのだから。だから、嫌悪していたんだろう。初めて見たときから、ずっと気に入らなかったんだろう。


 「それならどうしてオルヴェリンの下についたんだ?お前ほどの男なら、素直に下につかなくても、王国を作れただろうに。」

 「ああ……それか。何だかんだで俺はさ、結局根っこの部分は変わらねぇってことさ。人のため人のため……嫌になるねぇ、絶対損する性格だ。」

 「確かに、それは同感だな。」


 イアソンは微笑う。なるほど同類だ。悪態をつきながらも、死にゆくこの男には初めて共感できた。


 「もう長くはねぇ……イアソン、お前と二人きりになりたかったのは俺とお前は同類だと思っていたからだ。それはさっきも言ったとおり。だがもう一つ理由があった。お前が、あの中で一番信用できたからだ。」

 「信用?どういうことだ。」


 疑問符を浮かべるイアソン。そう、これは半分は嫌がらせ、半分はこの世界で巡り会えた同類への最後の親切。せいぜい乗り越えることだ。

 リュウはそう思いながら、口を開いた。


 「お前らの中に裏切り者がいる。」


 その言葉を最後に、リュウは息を引き取った。

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追放令嬢は王の道を行く
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