魔の喚び声
「それがお主が欲した力だというのならば……ブシドーを舐め過ぎだ!まだあの時、騎士として立ちふさがった時の方が強敵地味ていたぞ!!」
獣が振るう太刀筋など簡単に見切ることができる。これは戦いではない。介錯である。魔道に落ちた哀れなものへの。
剛剣が振り下ろされる。容易い太刀筋だった。躱して、振り下ろしきった瞬間を狙い……。
「ぬぅ!?」
信じられぬ挙動だった。振り下ろされた剣は地面に叩きつけられ、そしてゼロコンマ、時間差なく、振り上げる。ありえぬ剣術。体重、重力を乗せられないその動きでは敵を斬ることも困難。しかし、信じられない膂力がそれを必殺の一撃とした!
サムライブレードとぶつかりあう!弾け飛ぶ火花!この女、リノンは膂力だけでブシドーと張り合っているのだ!
「まるで猪よ!膂力だけでブシドーと渡り合うその力!大したものではあるが、心も技もない!心技体!三位一体こそが武の正道と知れ!」
再度振り下ろされた剣を躱し、宗十郎はそのまま切り返す!その豪胆な性格から勘違いされがちだが、彼は細川幽斎の弟子である!剛剣ではなく冴えわたる剣技こそが彼が修めた剣技!
切断!リノンの腹部から血飛沫が巻き散らかす!手応えありと見た!
「……いや、これは何だ。それは一体、何なのだ。」
振り向きざまに残心。その一連の所作の中で、見慣れぬものを見た。血飛沫。真っ赤な血液である。当然だ。しかしなんだ、目の前で流しているのは青白い液体。血飛沫では……ない。当然それは、サムライブレードにもこびりついていた。
宗十郎はブシドーとしての本能でその液体は危険とみなし、すぐさま放出のエンチャント。サムライブレードにこびりついた液体を吹き飛ばした。
そして再度、リノンを見る。腹部、宗十郎が切りつけた部分。苦しみながら青白い液体がボトボトと流れ落ちている。宗十郎はブシドーサーチを行った。この奇妙な存在を知るために。
「……!うっ、ぐっ……!ぬぅぅぅ!!」
嘔吐感。目眩。気持ち悪さ。
サーチした瞬間、そんな不快な感情が脳内を駆け巡った。
なんだこれは、なんなんだこれは。理解できず口元を抑える。そこに影。リノンが青白い液体を垂らしながら、近づいていた。
「しま───。」
轟音。叩きつけられる。圧倒的膂力をもって激震が響き渡る。
完全に意識の範囲外だった。意味不明の存在に、心ここにあらずだったのだ。
防御は最低限。本能的に展開していたブシドーで、絶命は免れた。だが頭部ダメージが深刻!脳震盪により意識が集中しない!そこに追撃の返しの刃が走るのだ!
こうなっては是非もない!全身全霊でブシドーを集中させ防御態勢!受け止めるのだ!
その一撃、受け止めることを覚悟した宗十郎だったが、ここで肩透かし!その返しの一撃は大きく外れる!バランスを崩し、リノンは転倒したのだ。
その後ろにはカーチェが立っていた。足を斬ったのだ。宗十郎しか見えていない彼女の隙を突いて。
常人なら既に絶命してもおかしくないほどの腹部の傷。宗十郎のサムライブレードは甚大なるダメージをリノンに与えている。だというのにその闘志は不滅。足が斬られたことすら自覚せず這って宗十郎へと向かっている!
そしてこれは即ち、痛覚などとうに消え失せていたということだ!痛みとは肉体の危険信号!肉体の限界すら自覚せず戦い続けた当然の帰結である!
「宗十郎ォ……!私を見下すな……!」
青白い液体はなおも流れ続ける。ボタボタと。まるでヒルのようだった。
「もうよせ!リノン!……もう良いんだ!そこまでして……戦う必要なんてなかったのに!!」
カーチェは叫ぶ。原型を失ったリノンを止めようと。その声にリノンはピクリと動きを止めて周囲を見渡す。
「カーチェ……様?カーチェ様!どこですか!?私は大丈夫です!ああ、卑劣な異郷者はまだここに残っています!カーチェ様!カーチェ様!どうか、どうか逃げてください!!」
リノンは叫ぶ。カーチェの無事を願いながら。自分のことなど構いなしに、カーチェを逃がそうと。
胸が締め付けられる思いだった。リノンは今も必死に自分に対して逃げろと叫んでいる。目の前に、先程からずっと目の前にいるというのに。
彼女にはもう自分は見えていない。聞こえた声だけを頼りに、自身の致命傷を無視して、自分の安全を第一に叫んでいる。
「あぁ、分かった。すぐに一帯から立ち去ろう。感謝するリノン。だからお前も早く逃げるんだ。」
「カーチェ様!カーチェ様!早く逃げてください!逃げて!!」
雨は降り注ぐ。地面は青白い不気味な液体に染まっていく。最早、カーチェの声すら届かず、ただひたすらに叫び続けている。
戦い終わり勝者となれど、決して敗者への礼節忘れるべからず。それこそがブシドーの掟……なのだが。此度はあまりにも奇妙、もしもこの青白い液体が血液だとするのなら明らかに致死量。だというのにリノンはまだ生きている。
最初に連想したのは吉村である。だが、吉村の血は間違いなく赤かった。このような奇妙な存在ではなかった。
胸騒ぎがする。このことを伝えるべく師匠の元へ戻るか、あるいは先に進みイアソンに伝えるか。何かがおかしい。
「リノンとやら、答えろ。貴様のその施術誰がした。」
宗十郎はサムライブレードを突きつけて問いかけるが返事はない。
その姿が痛ましくて、カーチェはリノンを抱きかかえようとする。しかし止められた。宗十郎にだ。
「よせ、アレに近づくな。」
「宗十郎、何をする!?もうリノンには戦闘能力はない!せめて最後くらいは看取ってやるのが人というものだろう!」
「確かにそうだ。"リノンには"戦闘能力はない。しかしあの青白い液体。あれは駄目だ。ブシドーセンスが告げている!あれはカーチェ、お前には絶対に触れさせない!この生命にかえても!!」
突然の真剣な物言いにカーチェは思わず黙り込む。初めてかもしれない。彼のこのような真剣な物言いは。
「カーチェ……様?いるんですか……寒い、寒いんです……。ああ、ここはどこですか。私は一体……嫌だ、一人は嫌だ……助けて……助けて……ください……。」
思えばリノンは昔からそうだった。共に騎士として鍛錬をし、辛い時、悩みを聞いてあげたこともある。ただの同僚ではない。大切な後輩でもあるのだ。そんな彼女が今、自分を必要としている。最早助からない命、せめて最後くらいは!
反射的に駆け出す。だが宗十郎は許さなかった。カーチェを羽交い締めにして無理やり抑え込む。
「離せ宗十郎!!貴様には分からんだろうがリノンは私にとって妹のようなもの!!例え袂分かれようとも、死に際くらいは共にいさせてくれ!!」
「───お前は誰だ。」
───え?
カーチェは宗十郎の言葉に耳を疑った。しかしそれは自分に言った言葉でないことがすぐに分かる。宗十郎は自分を羽交い締めにしている。今も絶対に離さないという強い意思のもとに、その強い力で。そしてじっと睨んでいるのだ。リノンに対して。
「宗十郎……!許さない……殺す……!宗十郎コロス!」
「猿芝居はやめろ。外道め。俺はリノンのことなど、ほとんど知らぬ。しかし、今のお前の言葉はまるで別人。死に際に心変わりすることは確かにあるだろう。だが……だがリノンは、自分の身よりもカーチェの安全を優先する!そこに嘘偽りはなく、ただ純粋なものだ!それを、助けて……だと?よくもそのような心にもない言葉を放てるものだ。魂の叫び読める相手を見るのは初めてか、この詐欺師風情がッッ!!」
ブシドーとは魂と魂のぶつかり合いである。故に、その心の内。最後の時に残す詩は大事とするのだ。これを辞世の句という。死の間際、人は今まで取り繕っていたものを捨て去り、本心を言い放つものだ。
リノンにとってそれは、最後の最後で、カーチェの安全を祈るものだった!決して無様に助けを求めることではない!
故に宗十郎は怒りを感じたのだ。リノンの想い、最後の最後まで、命尽き果てようともカーチェの安全を祈ったその崇高たる精神を侮辱したからだ!リノンの身体に混ざっている何かに対して、怒りを感じたのだ!!
「コロ……ス!ソウジュコロ……!コロコロロ!!アハ、アハハハハ!!キャハハハハハハ!!」
やはり意思疎通は不可能。リノンの瞳には狂気が宿っていた。最早、彼女には何も見えていない。目の前の俺ですら、何なのかも分かっていないのではないかと思うくらい。
サムライブレードに介錯モードをエンチャントする。ただで死なぬならば、トドメを刺すだけのこと。
「安心せよリノン。貴様の仇はとる。貴様の魂を凌辱した輩は、必ず俺が殺す。故に眠れ。安らかに。」
サムライブレードを突き刺した。消滅、リノンは生命活動を停止し、絶命したのだった。
リノンの豹変からカーチェは愕然としていた。腰が抜けていた。力が入らない。
「何が、何が起きているのだ……私の都市で……私が生まれたこの都市で……。」
「知らぬ。だが、一つだけ確かに言えることがある。リノンとやらは、最後までお前のことを慕っていた。命よりも大切な存在だと思っていた。それは紛れもない真実だ。後悔しろと言いたいのではない。いずれは衝突していた運命。ならば……無駄にするな。二度とこのようなことを起こさないためにも。」
後味の悪い戦いだったと思った。だが時間は限られている。二人は駆け出す。イアソンを追って目指すはオルヴェリン中央庁へと!





