表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/114

神を断つ剣也

 「獣風情が……度々の非礼を侘びもせず、都合が悪くなれば助けてもらうだと?甘ったれるな!!命乞いをする前に、度々の貴様らの無礼、詫びるのが先決であろう!!」


 怒りを顕にした宗十郎の雄叫びにゴブリンたちは怯える!竦める!哀れゴブリンたちにとって目の前の男はただの死神でしかなかった!何一つ常識の通じない異邦人!


 「どうか怒りをお鎮めくださいソウジュウロウさん。ボスの非礼無礼は今、ボスの死を以て償われたはずです。私たちはボスの命令に従っていただけです。それでも侘びが必要ならば、言葉を知らぬ彼らに代わり私が謝罪致します。」


 女性の声がした。カーチェは振り向く。それはゴブリン。女性型のゴブリンである。極めて希少種。ゴブリンは基本的に他種族の雌を使い繁殖するのが基本だが、稀に雌が誕生する。外見も他のゴブリンとは異なり母体の遺伝子を色濃く受け継ぐ。此度の女性型ゴブリンは母親に似て美しい女性の容貌をしていた。そして希少種故にゴブリンはその存在を崇拝し丁重に扱うのだ。

 だがそれよりも恐るべきは……人語を介するということ。高度な知能を持つことを意味する。ボスゴブリンよりも遥かに厄介な存在である。


 「む……なるほど。獣ではなく言葉を介することが可能な人間であるのならば、話は変わる。貴様らの大将首はこの千刃宗十郎が貰い受ける。この事実を以てして、貴様らは降伏をするという認識で良いか。」

 「はい、我々はあなたに降伏します。ですからどうかこれ以上の暴力はやめてください。」

 「良いだろう、であるならばブシドーに基づき貴様らの保護を……。」

 「待つんだ!!」


 宗十郎は降伏勧告をしたゴブリンたちに丁重な扱いを決意したその時だった。カーチェが叫び物言いをしたのだ!何事かと宗十郎はカーチェへと視線を移す。


 「そいつらは……ゴブリンだ。皆殺しにしなくてはならない。例外はない。見逃すつもりなのか。」

 「大将を失い降伏した相手を殺す理由はない。それはただの外道と変わらん。」

 「見ろ!そいつらは私たちの仲間を凌辱したのだぞ!許されると思っているのか!?」


 カーチェは指差す。首輪に繋がれぐったりとした女性たち。ボスゴブリンが死亡しても何の反応もなかったことから本当に人質……虜囚だったのだろう。


 「戦争ではよくあることだ。一々目くじらを立てることではない。それにその命令を出した大将首はとった。何の問題もない。」

 「その人たちを凌辱したのはボスゴブリンだけではない!周りのゴブリンたちも同罪だ!」

 「……だから何だというのだ?敵に囚われた時点で、そうなるのは必然。彼女らが非戦闘員なのは知っている。許されぬことだ。だからこそ、そのような悪逆非道な振る舞いを指揮した大将は殺す必要があった。そして今、殺した。それで終わりだ。」


 やはり異邦人、価値観がまるで違うのだとカーチェは認識した。ゴブリンに限った話ではない。いわゆる亜人種と呼ばれるものたちは自分たちとはまるで違うもの。相容れない存在。だというのに、この男は亜人も私たち人間も同じ目線で見ているのだ。

 気づくとゴブリンたちは宗十郎の後ろで怯えるようにカーチェを見ていた。まるでカーチェが悪人のようだ。この世界での正論を言っているのは間違いなくカーチェであるはずなのに。


 「……百歩譲ってゴブリンは見逃すとしよう。だがそこのメスゴブリン!そいつは殺すんだ!人語を介するゴブリンなど危険極まりない!」

 「断る。」

 「何でだ!!?」

 「言ったはずだ。降伏した敗残兵を斬るなどブシドーとして万死に値する恥知らずな行為。ましてやこの者は他と違い、礼儀礼節を弁えている。他の礼儀知らずのゴブリンを皆殺しにするのならばともかく……礼節を見せる相手には礼節で応えるのがブシドーたるもの。」


 その言葉に女性型ゴブリンは反応する。不安そうな目で宗十郎を見つめた。


 「ああ、無論拙者は可能な限り貴様の礼節には応えるつもりだ。貴様が仲間だと謳い殺してほしくないと懇願するのであれば……他ゴブリンどもを殺すつもりは拙者にはない。」

 「ありがとうございます……この恩は必ず……。」

 「ふざけるなッッ!!」


 ゴブリンたちと和やかな空気を醸し出してきた宗十郎に対しついにカーチェは激怒した。あまりにも常識知らずなこの男の態度についに堪忍袋の緒が切れたのだ。


 「ゴブリンは敵だ!敵なんだ!!相容れない存在!!宗十郎どのはこの世界に来たばかりなのだから知らないのだろう、そのメスゴブリンの生態も!!いいか?希少種として産まれたメスゴブリンのやることは唯一つ!優秀なオスと交配し更にゴブリン一族の力を高めることだ!ゴブリンは異種族との交配を可能とする種族!それはメスゴブリンも同じなんだ!わからないか!そのメスゴブリンはオスに媚び売り娶ってもらうのが生態なのだ!礼節?違うな!単に君に発情し媚びへつらっているメスブタなんだよ!!」


 そう、女性型ゴブリンの恐ろしさはそこにある。ゴブリンの生態故にその容貌は極めて美麗であることが多く、時の国王に取り入り、国がゴブリンの楽園となりかけたこともある。あるいは竜種との交配でドラゴンゴブリンなどというとんでもない一族を生み出したこともあるのだ。

 女性型ゴブリンが危険なのはつまるところそういうところである。そして人語を介するということはいずれは傾国の魔女として国を支配しかねない恐ろしい存在なのだ!


 「それの……何の問題があるのだ……?」

 「はぁ!!?なんだ君はやはり男だからちやほやされて悪くないとでも思っているのか!!失望したよ!!」

 「いや、女性が強い男性を求め媚を売り、そして娶ってもらうのは自然なことでは……?」

 「~~~ッッ!!」


 忘れていた。この男は異郷者。そして私たち人間も、亜人も平等に見ている。彼にとってはメスゴブリンも一人の女性で、女性が男性に恋をして家庭を作ることなど、ただの当たり前のことでしかないのだ。

 だがそれ以前に、その行為が自然であると思っている宗十郎に対して怒りで頭が真っ白になった。


 「そんな生き方誰が決めた!女だって男と同じように社会で活躍することを望んでいるものもいる!それは差別的!前時代的な思想だ!訂正しろ!!訂正しろ宗十郎!!」

 「む……むぅ……た、確かに女性でも戦場に出て戦い、誰とも婚姻を結ばぬものはいた……か……。」

 「ほら見ろ!!謝れ!!謝れよ宗十郎!!」

 「申し訳ない。確かに非礼であった。ましてやカーチェは女性。女性に対し身勝手な思想を語るのは浅はかであった。」

 「はぁ!?女性とか関係なくないか!?じゃあ何か?私が男だったら別に何ともなしに今の戯言を言っていたというのか!?差別だろ!!おかしいし!!!!」

 「い、いやそういうつもりでは……その失言だった。」


 怒り狂ったようにカーチェは宗十郎に対して説教をする。元の世界ではどうだったか知らないが、この世界では女性の権利も認められていて、そのような思想は差別的であるということを……。


 「あ、あの……少し良いですか、ソウジュウロウさん……。」


 黙ってカーチェの説教を聞いていた宗十郎に対して女性型ゴブリンはおずおずと申し訳無さそうに話しかける。


 「宗十郎で良い。えーっと……貴様の名前は……。」

 「リンデです、宗十郎。取り込み中、申し訳ないとは思ったのですが、そろそろ危険だと思ったので……。」

 「危険?どういうことだ。」

 「はい、この洞窟には"神"がいるのです。私たちは"神"の為に生贄として人間たちを捧げていました。もし人間が足りなければ仲間のゴブリンさえも……。そして今日はまだ"神"に生贄を捧げていません。このままでは神が怒り狂い、ここにいる全員を喰い殺すでしょう。」

 「……カーチェ。今の話は聞いたことがあるか?」

 「……知らない。ゴブリンが助かりたいが為に適当言ってるんでしょ。」


 カーチェはそう言って不機嫌そうにそっぽ向いた。まぁ反応からして本当に知らないのだろう。


 「リンデどの、その神とやらはどのような存在なのだ。」

 「私たちも全貌は見たことがありません。ですが何人もの勇士ゴブリンが挑みましたが、まるで歯が立たず喰い殺されました。あれはこの世の理から外れたもの。故に私たちのボスは"神"とすることで、定期的に生贄を捧げることで難を逃れていたのです。」


 リンデの言い方からしてその"神"とやらは巨大生物であることが察せられる。そしてこの世の理から外れているということは……異郷者の類。


 「生贄にはどれだけ必要なのだ?」

 「大体、人間数人が毎日……ただ日によってはそれで満足しないこともあるらしく、その時は私たちゴブリンの中から数名生贄となっています。」

 「そんなことが、どれだけ続いていたのだ。」

 「わかりません……私が幼い頃にはもうあったみたいです……ボスなら知っていたかもしれませんが……。」


 悲しそうに目を伏せるリンデ。おそらくは何人ものゴブリンが犠牲になっているのを目にしているのだろう。彼女は希少種故に生贄にされることはなかったのだろうが、それ故につらさがあるというもの。仲間を目の前で無惨にも失っていくのは……。


 ふとトクガワセキガハラを思い出す。そうだ、あのときもそうだった。迫りくるは無数のブシドーとニンジャたち。迎え討つは家族同然に一緒に生きてきた仲間たち。そして我が主君である殿。多くのものが犠牲となった。そのたびにお屋形様は酷く悲しんでいて……自分もまたそんな殿の力になれないことが酷く辛かった。


 「ブシドーたるもの、主君を重んじて、礼節を。良いか宗十郎。誉れを忘れるな。ブシドーとは誉れある戦いを。主君を悲しませることなど断じてあってはならない。」


 それは亡き父の言葉。紅葉振り散る大和景色、ブシドーの鍛錬で度々言い聞かされた言葉。世界は変わろうとも、ブシドーに変わりはない。そして仲間を思う気持ちも変わらぬのだ。


 「案内せよ。その神とやらは拙者が討ち滅ぼす。」

 「え……。」


 対するは神を騙る極悪外道。何年もかけてゴブリンどもを悲しませ続けた鬼畜の所業。断じて許されぬ怨敵。ブシドースピリッツが奮い立つのだ。ここで斬らずして何がブシドーであるかと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
評価、感想、レビューなどを頂けると作者の私は大変うれしいです。
更新報告用Twitterアカウントです。たまに作品の内容についても呟きます。
https://twitter.com/WHITEMoca_2
過去作品(完結済み)
追放令嬢は王の道を行く
メンヘラ転生
未来の記憶と謎のチートスキル


小説家になろう 勝手にランキング
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ