不倶戴天の宿敵
通称ハーブーン。それは都市機構の大規模な変形を必要とする防衛システム。都市は発射台として変形し、地下に格納された破壊兵器。長距離弾道ミサイルである!
吉村がエルダードラゴンを射殺するのに使ったミサイルよりも遥かに巨大なそれらは一撃で確実に死に至らしめる。爆発力が段違いなのだ。その数、数百基。ドラゴンたちなど簡単に皆殺しにできる。
とてつもない轟音。炎と煙を出して発射される!逃げ惑おうが無駄である!ハーブーンには誘導センサーがついており、回避は不可能!音速を超える速さで敵を捉えるのだ!当然閃光魔法の目眩ましも、風魔法による防御も無意味!圧倒的破壊力には魔法など初戦無意味という現実を叩きつける!
着弾!大爆発!吉村の部隊が放ったものとは比較にならない!!
これこそが、人類が生み出した科学の決勝!純粋たる暴力、異世界を蹂躙する、圧倒的武力である!
「ノイマン鬼つぇぇ!この調子で逆らう奴ら全員ぶっ殺そうぜぇ!!」
リュウのテンションはマックスだ!その恐ろしい兵器を手に、子供のように喜ぶのだ!
アルゴー号の船員からすれば悪夢の再来だった。
わけが分からない。
あれが全力ではなかったというのか。吉村の軍隊が放った一撃。それはこの世界で圧倒的なものではあるが……対処しきれないものではなかった。
皆が団結し、ドラゴンの力あれば必ず乗り越える確信があった。
この時のためにエルフたちは必死に術を命がけで施していた。ドワーフたちはオルヴェリン乗り込み後に備え武器と防具を寝る間も惜しんで製造し続けた。コボルトたちはフェンの仇をとるために訓練に明け暮れていた。ゴブリンたちは疲弊する皆のために彼らが得意とする薬を煎じて配っていた。
しかしそれがどうだろうか。武器も防具も意味を為さなかった。近づくことすらできなかった。ドラゴンたちを保護する術などまるで紙細工のようにあの恐ろしい兵器は貫通する。
全てが水の泡だった。
心の折れる音がする。勝てない。連中は悪魔だ。この世界に降り立った悪魔。
悪魔に人は勝てない。次元が違う。土俵が違うのだ。言葉すら出ない。
今度は言葉すら出なかった。絶望に瀕した時、人は悲鳴すらあげることを忘れるのだ。
───だが、そんな中。その目に光を宿す者がいた。
「いいや!!諦めるのはまだ早いでござるぞ皆の衆!皆が繋げたこの奇跡!決して無駄にはしないで候!!」
声が聞こえた。ハンゾーだった。甲板に立つハンゾーが印を結んでいた。
「フハハハハハハ!哀れなり哀れなりぞオルヴェリン!ニンジャを前に種子島など!愚策、滑稽にも程があるでござろうよ!!忍法!ホログラフィック分身の術!!!」
爆煙は晴れる。そこにいたドラゴンは無傷。それどころか、ドラゴンが無数に増えていた。空を覆い尽くすほどのドラゴン。その数、数千、数万……。とんでもない数だ!
───時間遡りアルゴー船内。多くの兵たちが詰めており、出撃を待っている。
「うぅ……宗十郎よ余は不安だ。余を信じてついてきたドラゴンたちが、またオルヴェリンの奴らに殺されないか……。」
アルゴー船内で、その時が来るのをひたすら待っていた宗十郎の横でリリアンは周りに聞こえないように呟く。
「安心せよリリアン。イアソンの作戦は必ず成功する。」
「そ、そんなの分からないのじゃ……。」
「する。皆、知らぬのだ。我々には敵には絶対に回してはならぬ、厄介この上ないニンジャ。マスターニンジャのハンゾーがいるということを。」
宗十郎は断言した。知っているのだ。誰よりも知っているのだ!ハンゾーという男を、その実力を!
ニンジャの仕事は多岐に渡る。謀略、暗殺、計略……。様々な分類にあるが共通していることが一つ。それはあらゆる作戦行動を確実にこなすための補佐である!言うならばニンジャとは、戦術補佐のエキスパート!それはオルヴェリンにはいない、亜人連合軍唯一無二の一大戦力である!
ハンゾーは後悔していた。
知らなかったとは言え、援軍であるドラゴンを守ることができなかったこと。そのせいで未曾有の被害を出してしまったこと。故に此度は必ず守る。それが、それがマスターニンジャとしての矜持であると───。
ハンゾーのホログラフィック分身の術とは、即ちその名のとおり、対象のホログラフィック状の質量のある分身を作り出す術である。それにより身代わりとなるのだ!ホログロフィックとは三次元空間に立体的に投射されたハイカラなシステムニンジュツである!その精度は極めて高くブシドーセンスですら感知は困難であるという!恐るべきはその数!通常のニンジャではここまでの数の分身は不可能!マスターニンジャのハンゾーだからこそできたのだ!
「な、な、にゃにぃぃぃいいいい!!!?」
その様子を見ていたリュウは完全に意表をつかれた。当然だ。ドラゴンを斃したと思ったら、それが囮でしかも突然ドラゴンの数が数百倍に増えた。
まるで意味がわからない。戦争の定石など完全に無意味だ。完全に度肝を抜かれた。常識外れの現象、今オルヴェリン上空にはドラゴンだらけで青空が見えない!
「インチキ!インチキだろあれ!どうなってんだよおい!!ずるい!!」
持っていた遠眼鏡を叩きつける。それほどまでにありえぬ出来事。
しかし、それは序章にすぎない。
「おっと!オルヴェリンよ!まだだ、お楽しみは、これからで候う!!」
更にハンゾーは印を結ぶ!
かつて宗十郎はそのブシドーセンスにより、弾道の軌跡残るエネルギーを辿り重火器を一斉に破壊した!いわゆるブシドーの応用である!
しかしニンジャは違う!応用技でもなんでもない!敵の兵器を無力化するなど……ニンジャにとっては日常茶飯事、朝飯前なのだ!
「ニンジュツ!開!爆轟輪回!ジェットストリーム……フルアクセス!!」
爆発!爆発!ハンゾーの掛け声とともにオルヴェリンの各地が大爆発を引き起こした!彼はオルヴェリンに対して攻撃をしたのか?否!そのようなコマンドは受けていない!爆破されたのは防衛兵器たちであった!
防衛兵器ハープーンとホーネットが犯してしまった致命的ミス。それは全て同時に動いたことにある。もしも第一波、第二波と分けていれば、このような悲劇は起きなかった!
ニンジュツ爆轟輪回ジェットストリームとは即ちカウンターニンジュツ!あらゆる事象をひっくり返し、元へと向かわせる輪廻返し!一流のブシドーならば当然のように対策を打つのが基本カリキュラムなのだ!
しかし!オルヴェリンには対ニンジャの戦闘教本などない!ないのだ!故に全てがクリティカルにヒットする!故にニンジャマスターハンゾーのやりたい放題なのだ!!
「さぁイアソン殿!!舞台は整った!今こそ作戦最後のとき!!」
ドラゴンたちにより、オルヴェリン市民の避難は終わった。そしてハンゾーの手で防衛装置は無力化された。ここまで全員が無傷。イアソンは改めて思い知らされた。ブシドーの世界に生きる者たちの出鱈目さを。彼らは我々とは別の常識に生きている。そして今は……頼りになる素晴らしい仲間だ。
「……ああ!ハンゾーさん!感謝する!!行くぞ皆、アルゴー号発進せよ!!」
イアソンの合図と共にアルゴー号は急加速。魔王城のときと同じである。限界まで加速した船はそれ自体が兵器!光速を超えて、今オルヴェリンの強固な城壁に向けて突進を始めた!
衝突の瞬間、城壁に無数の魔法陣が展開される。防護魔法だ。アルゴー号とぶつかり、衝突音が鳴り響く。それはまるで悲鳴のようだった。強固の守りであるオルヴェリンの壁が破壊される、断末魔なのだ!
「ぶちぬけぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」
粉砕!イアソンの叫びとともに城壁が完全に破壊された!周囲に飛散する瓦礫片!都市の住宅を押しつぶし、アルゴー号は今、ついに、オルヴェリン内部へと入り込んだのだ!





