異世界グルメ、束の間の休息
「なんだこれは……宴か?」
宗十郎が師匠の按摩を終えて外に出た時、大変な騒ぎとなっていた。皆が酒を飲んで騒いでいる。種族を超えて、肩を組み唄を歌っていた。
「祝勝会のようだな。これは悪いことをしたな。シュウ、お前は主役の一人ではないか。」
「勝利……そうでござった。拙者は吉村殿に勝利したのであったな。」
勝利の実感が薄かった。それもそのはず。吉村には色々と教えられた。自分の剣の道。生きる道。戦いを通して、あのブシドーとは様々なことが分かりあえたのだ。
故に戦の勝利というよりは、何かこうもっと違う……一つの別れ、けじめのようなものを感じている。
「シュウ!」
「は、はい!」
「あまり難しいことを考えるな。ほら見ろ、この景色を。これがお前が守った景色だ。お前が作り出した景色なのだ。今は彼らの喜びに応えるのだ。それがブシドーというもの。」
そうだ。吉村との個人的な確執はともかくとして、この連合軍にとって初めての勝利。盛大に祝ってこそ後に続くというもの。
頬を叩く。気合を入れ直すのだ!
「そうですな師匠!久しぶりの宴に興じましょう!あのご馳走の数々!どちらが先に食べきれるか勝負など!」
ブシドーたるもの食事は大事である!豊富な栄養を取り込んでこその丈夫な身体!筋肉に必要不可欠なマッスルエナジーなのだ!そう、ブシドーとは時に大食いを競い合うこともある!
「うーん、あれ炭水化物と脂が多いから無いかな。太っちゃうし、お肌にも悪いから……。」
並ぶ料理はカロリー爆弾!滴る脂!それは美容の大敵である!ましてや大食いなど、内臓に負荷をかけることはアイドルとしては致命的なことなのだ!条件反射的に職業病のように答えてしまった幽斎はハッとしてしまう。これは師匠としてありなのかと!!
「……いや、なるほど!ブシドーたるもの自身の肉体管理は必然!食事は自分に必要なものだけで良いということですね!ならば、拙者も見習いましょう!」
セーフだった!そして宗十郎の言うことはまた正しいのだ!並ぶ食材は炭水化物も多い!無駄な脂も無数!それは筋肉を育てるのに不要、過剰な栄養素!食事管理もまた一流ブシドーの証である!
幽斎はほっと胸を撫で下ろす。そして気を取り直すのだ。
「ふふ、そのとおりだシュウ。食事管理もまた一流の証。儂ほどになれば自分の食事は自分で用意するのが常。だがしかし……此度はシュウ、お前は主賓だ。故に儂を真似る必要はない。皆の者たちに応え、その馳走を堪能するのが礼儀というものだぞ?」
「師匠にそういって貰えると助かります。いえ弟子の自分が師匠を差し置いて食事を楽しむのは如何なものか。そう思いました故に。」
一礼し宗十郎は立ち去っていく。
「あっ……まぁ……良いか。まだ時期尚早。あの感触なら……次はいけるっしょ!」
食事管理にかこつけて自分のお手製弁当を食べさせ愛弟子ポイントを稼ごうとしたがその目論見は外れる。
しかし、その後姿を幽斎は満足そうに見ていた。そしてほくそ笑んでいた。
「お、来た来た!おいこっちだ!ほら座れよ兄ちゃん!」
手を招くのドワーフとコボルトたちだった。ドワーフの代表であるハルバージを中心に飲み交わしている。その中には……劣等種もいた。彼らの間にもう確執はない。
コボルトは宗十郎に対し何かを話している。ただ言葉の意味が分からない。話せるのはフェンだけなのだ。
「仲間たちとフェンのために戦ってくれてありがとうだとよ。」
ドワーフの一人が代わりに通訳をしてくれた。そう聞くとコボルトたちの態度は少し悲しげながらも、自分に対し敬意を払っているように感じる。
言葉は分からない。だが、その意味は理解した。手渡された肉を掴み宗十郎は齧る。
「うむ、美味い!コボルトよ!言葉は通じぬが……お主らの代表は強く、そして勇敢だった!誉あるブシドーであった!誇るのだ!お主らの代表は、決して弱くなどない!!」
コボルトたちも宗十郎の言葉は通じない。だが分かるのだ。彼はフェンと共に戦った戦友。そして、フェンのコボルトの名誉を決して軽んじていないことに。
お互い肩を組み、飲み交わす。男同士に些細な言葉は不要なのだ!
「宗十郎、楽しんでいるようだな。コボルトやドワーフとも打ち解けているようで何よりだ。彼らの言葉が分かるのか?」
カーチェがやってきて声をかけてきた。その手にあるのは携帯用糧食。軍に配られる支給品だ。
「いや、分からん。だがブシドーを通じて大体分かってきた。例えばほら、この者は今、昔の恋人の話をして勝手に泣き始めた。泣き上戸という奴だな。」
いや、大体どころが十分に具体的すぎないか?それ適当だったら大分失礼じゃないか?という突っ込みをしかけたが、無粋と思い喉に出かけたところで引っ込める。それよりも気になるのは別にある。
「その肉……う、やはり食べたのか。ど、どうだ美味いのか?」
「む?ああ、美味いぞ?味は鶏肉に近いな。何かあるのか?」
「それは……デスフロッグと言うカエルの肉だ。亜人たちの宴と聞いて察していたが……こうもゲテモノだらけとは。」
そう、ここは人間の集落を反乱軍の基地にしたもの。だが大事な食糧を村人から貰うわけにはいかない!故に亜人たちは調達してきた食糧が今、振る舞われているのだ!
今、宗十郎が食べているのはデスフロッグという体長数メートルもある巨大カエルの肉。その中でも可食部に適した部分を切り取り、スパイスで味付けて串を通し豪快に直火焼きしたものである!シンプルな料理に見えるがスパイスはエルフとゴブリンが調合した森の恵み特製スパイスであり、更に肉の表面には飴状に練られた液体調味料をまぶしており、それが直火焼きによってパリッと仕上がり、噛みつくと表面がパリパリッと小気味よい音を鳴らす!そしてその調味料によって閉じ込められた肉の旨味が口の中に溢れ出す!食感の二重奏と旨味の爆発が来るのだ!
その料理、デスフラッグの串焼き~特製スパイス仕上げ~はオルヴェリンならば三つ星レストランに提供されていてもおかしくはないほどの美味に引き上げられている!
シンプルな調理法であるほど、その食材が引き立つというわけであるわけだ!
「見た目は普通の肉の串焼きなのだから抵抗はさほどあるまい。そうだな、カーチェと同じ立場で言うならば……先程から気になっていたが、こいつだ!どうやって食べるのだ?」
引きつった顔でカーチェは宗十郎のもったソレを見る。そう、それは串にオオムカデが巻き付いたもの。丸焼きである。
「そいつはセンチピードの丸焼きだな。どう食べるもなにもそのまま食べるんだよ。殻ごと行くんだ、安心しろ調理済みだから噛み切れないことはねぇよ。」
隣のドワーフが解説する。なるほどこのまま食べる……と。宗十郎は言われるがままにかぶりつく。
「ちょっと待て宗十郎!ああ……バカっ!吐き出せ!センチピードには毒がある!そこは毒管と言ってセンチピードの猛毒を溜込む器官なんだ……!」
「ボリボリ、そうなのか?ボリボリボリ」
センチピードの殻を噛み砕く音がする。さながらスナック菓子のようだった。当然である。丁寧な下処理をしたそれはサクサクと噛み砕くことが出来て食感の良いアクセントとなっているのだ!
「安心しろよ、そんなことはねぇって。人間にも無害な筈だから。それよりもどうだ?」
「む……これは……辛味、痺れ……麻辣味か。大陸の貴重な漢方薬の味覚、こんなところで味わうとは……!」
宗十郎の言う麻辣味とは、異国の地より貿易でのみ手に入る希少スパイスの味のことである!ショーグンですら滅多に味わえない高級なものでその味は、痺れるように辛い味覚……つまるところ四川麻婆豆腐のような味である!
その味の源流はセンチピードの毒液にある。調理により無毒化されたそれは、特殊な味覚だけを残したのだ。亜人たちの知恵である!
麻辣味の刺激的な味、ボリボリとスナックのように硬い殻。そして殻の中身は柔らかな肉の食感!淡白な味が麻辣味と合うのだ。
「絶品だな。しかもこんなにあるとは。時の味ショーグンが知れば買い占めかねんぞ。」
「気に入ったか兄ちゃん!そいつは酒のツマミにも合うんだ!見かけは少し悪いかもしれんが最高の料理よ!」
デスフロッグ、センチピード……どれも美味しかった。ならば次はどんな料理にチャレンジするか。たくさんの料理に宗十郎は目移りする!
「ハハハ!流石は我らの王になる御方だ!亜人の料理なんてものともしないと!」
「……ん?王?」
とりあえず、卵のようなものを手に取り口にする。これもまた美味い。普通の卵なのだが半熟で色が濁っていたのは卵の色合いではなく味付けだったようだ。芳醇なスープで煮込んだのだろうか。ただのゆで卵だと言うのに、その味は極上の卵スープのようで……。
思考が飛ぶ前に、気にかかった言葉を整理する。今、ドワーフは自分のことを王といった。間違いない。
「その様子だと自覚なかったのか?リンデ様と婚姻を結ぶんだろ?メスゴブリンとの婚姻。てことは少なくともその世代は最強クラスのゴブリン軍団が出来上がるのは確実ってことだ。なら文句なしに亜人の王になるんだよ。」
「なるほど……今の五種族で拮抗しているのならば、リンデが子を為して強力な次世代を作り上げることが出来れば……確かにその夫は紛れもなく亜人王と呼べるな……。」
少し殺気がした。師匠のブシドーである。
「もっとも拙者はリンデと婚姻する気も、子供を作る気もない。ブシドー故に師匠の許しを得なくてはならんしな……。」
「……驚いた。あんた正気なのか?ああ、いや悪い意味で言ったんじゃねぇ。メスゴブリンは決めた意中の相手に対して特殊なフェロモンを出すんだけども、それが強烈でな。だから連中はドラゴンとも交配できるんだが……。本当に何もリンデ様に対して何も思ってないのか?」
「なるほど。その点は問題ない。ブシドーならば精神操作の類など、無効に出来るのだ。」
「まぁそんな気はしていましたけどね。ちなみに宗十郎、誤解のないよう言っておきますが、そのフェロモンというのは自然に出てくるものでいわば生理現象。決して薬を盛るようなことをしているわけではないと補足します。」
どこから話を聞いていたのかリンデもやってきた。果実が盛り付けられた皿を持っている。
「それともう一つ。今日の食事はあくまで特別なものです。亜人の私たちからしてもそれなりに手間のかかるもので……普段は塩や簡易なスパイスミックスをふりかけて適当に焼いたものが多いです。なのでその……。」
「言いたいことは分かる。これからの兵站に期待するなと言うことだろう。案ずるな、ブシドー以前の問題である。戦場で贅沢は言えぬ。それにブシドーはもっと酷いものを食べていたからな。」
「へぇ兄ちゃん。そりゃなんだい?」
宗十郎の言葉に全員が注目した。平然と亜人の食べ物を抵抗なしに食べる彼が酷いというものとはどんなものか興味本位で気になったのだ。
宗十郎は地面を救う。土をつかんだのだ。
「こいつだ。土塊。中には砂利で内臓破れ絶命した者もいたな。」
「……ブシドーというのは本当に私と同じ人間なのか?実は人間の姿をしているだけで本当の姿とかあるんじゃないだろうな……。」
カーチェはドン引きした様子で宗十郎の言葉に半信半疑で尋ねる。周りも同じだった。流石に土を食う者はいない。亜人、人間に限らないのであればミミズなど例はあるが……。
「土粥と言ってな。当然常食はしない。ブシドーでも飢えに耐えきれず最後の手段として食べるものだ。まぁそれに比べれば此度の馳走は上等というわけだ。」
カーチェの手に握りしめられているのはカエル肉。先程、宗十郎が言ったとおり外見上はただの肉にしか見えない。
「う……分かっているよ!食べれば良いのだろう食べれば!そうとも、亜人たちが私たちの為に用意してくれたものでもあるのだ!食べないのは無礼だろうさ!!」
根負けしたカーチェは観念したかのようにかぶりついた。
「うぅ……普通に美味い……しかし……カエルなのだよなぁ……。」
「見かけと味は一致しないものだ。懐かしい、俺も昔はこんな蟲料理や、毒キノコ毒魚を前に辟易としたものだなぁ。」
更に盛り付けられたのは無数の昆虫を揚げたもの。流石にカーチェには無理だったが宗十郎とドワーフは鷲掴みにしてボリボリと食べている。リンデはその様子を見ながら飲み物を宗十郎に注いでいる。まるでおかしいのは自分じゃないのかと困惑してしまうが……宗十郎は姿こそは人間そのものだが異郷者なのだ!食文化もきっと……亜人たちとたまたま近しかっただけだと、思いながら脂滴るカエル肉を食べるのだった。
普通に美味しくてそのあとお代わりもした。
「随分と殊勝だな。良いぞ。その態度、例え同盟を結んだとしても立場を弁えている。」
皆が騒ぎ出す。知らない少女とそれに付き添う従者たちが立っていた。いや、あの角と尻尾。僅かに見える牙。何よりも、ただそこにいるだけで溢れ出ている神気。
宴の酔いは冷め、全員が跪く。異郷者である者たちを除き。





