勇者の証
しかし現状はまるで解決していない。
カーチェは頭悩ませていた。亜人たちはもう完全に結婚式ムードである。リンデの目論見は外れたというのに、亜人たちは知ったことではないのだ。
フェアリーたちは嬉々と花の飾りつけをし、エルフたちはドレスを見繕っている。ドワーフたちは急ごしらえで式場の準備を始め、コボルトたちは苦手分野ながらもドワーフの力仕事を手伝っていた。
「う、うーん……困りましたね。私たちこのままだとユウさんに皆殺しにされるかもしれないです。」
ゴブリンたちに限ってはリンデの指示で待機しているが、まるで意味がなかった。最早燃え上がった炎は止まることを知らず大火となるのだ。
リンデとて愚かではない。対峙した時の、幽斎の殺気は感じていた。だがそれでも亜人のためにはあそこで行動を移さなくてはならないと、決意固めていたのだ。
だがそれも有耶無耶となった。いや……あの場では意地になっていたが、もし無理にでもしようものなら、間違いなく幽斎は亜人たちの敵となっていただろう。そのくらいの迫力があった。ブシドーの掟とは……そこまで重たいものなのだろうか。宗十郎の態度からも、仮に今のこの様子を見て幽斎が激怒したとして……果たして止めに入るかも怪しい。
「まったく宗十郎も罪な男よ。折角の異世界、運命的にブシドーの女と共に来たのだ。奇跡的とも言えるのだから、早くにくっつけばいいというのに……あぁ、しかしあの細川の女は嫉妬深そうだ!果たして側室を許してくれるか……それだけが不安でござるなぁ。」
同じ世界ならの宗十郎の宿敵だったらしいハンゾーはまるで頼りにならない。というか未だに幽斎のことを誤解している。呆れて何も言えない。
「ハンゾーさん……でしたっけ?あの細川の女っていうのは……。」
リンデが教えてあげようとした時だった。亜人たちが騒ぎ始める。何かが起きているのだ。皆が宙を見上げる!そこには巨大な船がいた、そうあれこそはアルゴー号!イアソンがこの世界に持ち出した唯一無二の相棒である!
「悪い!遅くなった!今、そこに降りるから離れてくれ!!」
イアソンが顔を出す。亜人たちは皆、驚きの表情を浮かべている。当然だ、空飛ぶ船など見たことがない!フェアリーたちは目の色を変える!また新しい逞しい苗床が来たと!エルフたちも目の色を変える!アルゴー号に纏うその神気、神秘的な存在に!ドワーフたちも目の色を変える!アルゴー号に組み込まれた多種多様の機構に!コボルトたちも目の色を変える!アルゴー号のその力強さに!
つまるところ!亜人たちは皆、目の色を輝かせ歓迎したのだ!その神秘的で力強い、未知の存在に!結婚式のことなど忘れ去るほど衝撃的な存在だったのだ!
「おいおいおい、すげぇなこれ!あんたがキャプテンかい?乗組員はどこに?こんな大層なもの動かしてんだ、きっと立派な人たちなんだろうよ!」
「そうだ、それなんだがな。この船の乗組員を亜人連合軍に正式に加えてやってくれないか。勿論待遇はお前たちと一緒だ。」
その申し出を聞いて、各亜人の代表がそれぞれ確かめるかのように、そして嬉しそうに目を合わせる。
「はっはっはっ!異郷者イアソン様。何を言っていますか。あなたの仲間を連合軍に入れてくれ?願ってもない申し出です!それこそ私たちからお願いしたいところですとも!」
「おう、エルフとは珍しく気が合うがそのとおりだ!これだけ立派な船の乗組員なのだからさぞや屈強な奴らに違いない!」
「ねぇねぇ、それって人間なの?やっぱりあたし達は人間が良いんだけど……ううんイアソン様の言うならあたし達は賛成!」
全員一致である。当然のことだった。イアソンの実力は一目瞭然。それに加えてこの立派な船。ならばその仲間である乗組員たちは、きっと頼りになる連中なのだろうと誰もが思ったのだ。
「そうか、恩に着るよ。おーい!みんな、言質はとったぞ!ここが俺たちの新しい拠点だ!」
イアソンの呼び声を合図にぞろぞろと船の中から出てくる。期待に満ちていた亜人たちの表情が、少しずつ陰っていく。
そう、アルゴー号の乗組員は全員劣等種。即ち、彼ら亜人にとって忌むべき存在。見下している、不要な存在。それは多種多様で、エルフ、ドワーフ、コボルト、ゴブリン……フェアリーを除いた四種族の劣等種が揃っていた。彼らが同じ種族でありながら、劣っているとみなし見捨ててきた存在なのだ。
「それで、俺たちはどこの宿舎を使えば良いんだ?」
そんな様子を一切気にしないで、イアソンは近くの亜人に尋ねる。ドワーフの代表であるハルバージだ。
「……ん。あんたはそうだな、コボルトの代表フェンの宿舎が空いたしあそこを使うと良い。ほら見えるか?あそこだ。この拠点について詳しいことは……。」
「ちょっと待ってくれ。あの宿舎って……せいぜい五人が限界じゃないか。みんなが入れないぞ?」
「ああ?みんなって何いってんだあんた。そこにはあんた一人しかいねぇだろ。そうだよな、みんな!」
ハルバージが周りに同意を求めると皆が頷く。当然のことのように。
「な?兄ちゃん、疲れてんだよ。どうだ、あとで酒でも飲まねぇか。はっはっはっ見りゃ分かる、兄ちゃん線は細いが相当な……。」
ハルバージの胸ぐらが掴まれる。イアソンだった。そして思い切り殴りつけた。殴られたハルバージはふっ飛ばされ地面に転がる。
「俺の仲間を侮辱してるのか?もう一度、同じことを言ってみろ。次は"本気"で殴る。」
ドワーフはコボルトほど戦闘に特化した種族ではない。しかしその生活体系は鉱石採掘から道具加工など強い筋力を要するものが多い。即ち、戦士としても並以上に優秀なのだ。そしてその代表であるハルバージは、やはり他の代表同様並々ならぬ実力者のはず。
それを、素手で殴り飛ばし、まだ本気ではないと断言するイアソンに周囲の空気は凍りつく。
「お前たち、何をしているんだ!?イアソン!突然どうしたんだ!?」
騒ぎを聞きつけカーチェが駆け寄る。そして事情を察する。船から降りている劣等種の亜人たち。そして亜人の代表たち……。
「イアソン……お前の気持ちは分かるがな……。」
「悪いなカーチェ。でも無理だ。仲間への侮辱は何よりも許せない。それにこの船は皆の力あってこそのものなんだ。」
「なら俺たちにその船を任せれば良いだろ!」
転がっていたハルバージが起き上がり、叫ぶ。
「状況分かってんのか!劣等種なんかにそんな強力な道具遊ばせるのはもったいないんだよ!キャプテンがあんたなのは納得だ!でも乗組員はもっと適任がいるだろうがよ!」
「まったくハルバージの言うとおりです。イアソン様。どうか冷静になりませんか?あなたがキャプテンならば、最適な船員を編成するのも務めのはず。そのような劣等種などを使って……同情でもしているのですか?」
エルフとドワーフたちがそうだそうだと騒ぎ出す。そんな様子をイアソンはしばらく見て、そして口を開いた。
「確かにキャプテンとして冷静さが足りなかったかもしれないな。謝罪するよハルバージ。君の言うとおり、アルゴー号の力を最大限に引き出せる船員を乗せるべきだ。」
その言葉に劣等種たちは不安げな目でイアソンを見る。彼らには逃げ場などない。今ここでイアソンに見捨てられたら、もうどこにも行く場所はないのだ。そんな彼らを視線を合わせようともせずイアソンは続けて口にした。
「ここにいる全員を今、見渡して確信したよ。やはりアルゴー号の船員はこいつらが最高だ。これでいいか?キャプテンの判断だとも。」
そう宣言した。堂々と、当然のことのように。
「ほ、ほう……私たちが……そこの劣等種たちよりも劣る……と……?どうやらイアソン様は優れた戦闘能力や指揮能力はあっても、人を見る目は節穴のようですね!」
ひくついた笑顔でエルフの代表であるエルヴィスは答える。しかしイアソンの結論は変わらない。彼らが必要なのだと。
「理由は山ほどあるが……一番分かりやすく、そして一番大事なことがあるよ。説明が必要かな。」
「ええ!是非とも説明してほしいですね!!そこの無能どもが私たちよりも優れているという戯言が覆るとは思いませんがね!!」
エルヴィスは青筋を立てて叫んだ!人一倍プライドの高いエルフなのだ。そんな彼らが劣等種よりも劣ると言われては当然怒り心頭である!当然イアソンのアルゴー号船員には劣等エルフもいる!怯えた様子で、他の劣等種たちよりも更に後ろで、イアソンの影に隠れてエルヴィスを見ている。
苛立ちしかなかった。エルフの誇りである長耳は切れていて、瞳の色は不気味にも左右で異なる。肌も少し黒ずんでいて人間に近い肌色。あまりにも醜いそんな存在が、心の底でイアソンという強大な異郷者を楯に自分のことをほくそ笑んでいると思うと、腸煮え滾るのだ!
「ここに向かう途中、見たよ。巨大なドラゴン、二つの隕石。凄まじい戦いだった。俺の冒険でもあれほどのものはそうなかったな。ふふ、ヘラクレスなら何度も経験してそうだが。」
旧友のことを思い出し、イアソンは失笑する。何のことを言っているのかわからない様子で見ている周囲に気が付き、咳払いをして話を続ける。
「それでだ、この惨状は何なんだ?どうして、戦場に出たものを労いもせず、結婚式の準備などしているんだ?意味が分からない。誰か答えられるものはいるのか?」
「そ、それは……リンデ様が結婚するからだ!宗十郎様……あれほどの強力な者と子をなせば、あの恐ろしいオルヴェリンとも戦える!」
「お前は何を言っているんだ?」
その言葉に全員が静まりかえる。
イアソンのトーンの落ちた冷たい返答に、その意図、意味が分かったからだ。分かりきったことだからだ。
「つまりお前たちは、宗十郎とリンデにこの戦いの責任を全て押し付けて、無様に逃げ続けることを選択したいということだな。」
皆が黙り込む。卑怯な選択。恥ずべき選択を、浮かれきって準備していた自分たちに。
だが容赦なくイアソンは言葉を続けた。
「怖くて怖くて、仕方なかったんだろう。あんな強大な力を持つ相手と戦うのが。だから逃げ出したかったんだ。適当な理由をつけて。別にそれは悪いことではない。怖いなら、恐ろしい相手なら逃げるという手もあるさ。でもそれは……戦士の選択肢ではない。」
そして一呼吸置いてイアソンはハッキリと全員に聞こえるように答えた。
「こいつらは逃げなかったよ。戦うことを決めた。それだけで十分さ。強大な相手だと分かっていても、勇気を振り絞り前を進む。俺が同じ船に乗るなら、そういう船員が欲しい。無理だと、不可能だと分かったら、怯えてすくみ、逃げ出そうとする奴なんて、俺の船には必要ない!」
何も言えなかった。
そのとおりだ。自分たちは今の今まで、他力本願に、戦うことを放棄して、何もかも投げ出そうとしていた。だというのに戦うことを決意していた劣等種たちを無下にし、あまつさえ、彼らの戦いを邪魔しようとした始末。救いようのない愚者。
「……おい、兄ちゃん。イアソンとか言ったか。もう一度、俺を殴れ。今度は遠慮なんていらねぇ。全力でだ。」
「違うだろう。お前のすることは、そんなことじゃない。」
イアソンの言葉にハルバージは照れくさそうに頭を掻く。そして劣等種たちの前に出て思い切り頭を下げる。
「すまねぇ!兄ちゃんの言う通りだ!俺は……怖かった!だって、ドラゴンを一撃で殺す兵器!天災と見間違えるかの戦い!今だって思い出せば震えが止まらねぇ……だというのに俺はお前たち相手には見下した態度をとって……最低だ。お前たちだって、立派な戦士として戦いに来たというのに……。」
「は、ハルバージさん……。よしてください。ドワーフ代表のあなたがそんなことをしては駄目です。どうか頭を上げてください。」
そんな彼に慌てた様子で声をかけるのはドワーフの劣等種。よく見ると腕が欠けていた。不細工な義手が見える。
ハルバージに続いてコボルトやゴブリンたちも同じ種族の劣等種に対して、気まずそうにしながらも、握手をしていた。彼らなりの和解である。
残すはエルフ。彼らは人一倍プライドが高く、意識が高い。劣等種に対しての差別意識は一番根が深いものだった。
「……くっ。イアソン様の主張はわかりました。ええ、彼らが戦力たりうること。それは認めましょう。ただし、あくまで共同戦線!それだけです!それよりも皆さん、気を引き締めましょう!劣等種ですら戦うことを決意しているというのに、我々が怖気づくなどあってはならない!すぐに対策を練りましょうとも!」
それは彼らにとって最大限の譲歩であった。それでも今までの彼らにしてみればあり得ない選択肢。
「たく、これだからエルフってのは好かねぇ。まぁ頑固なのは……俺たちも同じか。それよりも酒だ!お前ら祝勝会をするぞ!偉大なるコボルトたちと、頼りになる援軍たちを祝い!祝宴だ!!」
エルヴィスを見てハルバージはそう呟き笑う。それに応えるように皆は叫んだ。先程までの通夜のような雰囲気はもうとっくに消え失せていた。
───オルヴェリン物見台。尖塔の最上部に彼はいた。"リュウ"と呼ばれる異郷者。ノイマンの発明した遠眼鏡とやらで、反乱軍のキャンプを見ている。
「あーあ、吉村ちゃんがしたこと、全部無駄になっちゃったよ。活き活きとしちゃってまぁ……。」
圧倒的、武力を以て敵の戦意を削ぎ落とす。定石だが今のオルヴェリンの武力ではその効果は絶大的である……筈だった。
事実、先の先まで怯えた子犬のように震え上がってた連中が愉快で、酒のつまみにしようかと思っていたというのに、簡単に状況が一変した。
変えたのはあの男だ。巨船を操る異郷者、イアソン。
エムナは宗十郎なるブシドーを一番警戒しているようだが、リュウは違う視線で物事を見ていた。敵勢力で最も警戒するべきはあの男だ。たった一人で、軍全体の士気を一気に高揚させた。それは絶大なカリスマ性。きっとこの世界に来る前は、そんな力で成り上がっていたのだろう。
イアソンは俺に似ている。リュウはそう感じた。まるで瓜二つの兄弟のようだった。同じ時代に生まれなかったことを幸運に思う。きっと同じ時代に生きていたら、俺たちは殺し合い、そしてその果てにどちらかが歴史の闇に葬り去られていただろう。
「もっとも……そのあとはまるで違うようだなイアソン……。劣等種を周りに集めて、王様になったつもりか?かか、小物小物。俺はお前の本性を……知っているぞ?」
リュウは嘲笑う。イアソンを見ながら不気味に嘲笑い続ける。





