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誰がために剣を振る

 少しでも踏み込めば力押しができる。

 その筈がうまくいかない。その呼吸、仕草が全て見切られているのか、踏み込もうとしたその機を先読みされ吉村は一歩退く。結果、力みは空振りにおわるのだ。


 「弱え、所詮は信念の欠片もねぁ半端者。」

 「な……に……?」


 「斬り合って分がった。おめぇの剣にはなんもごもっていねぇ。ただ力が振るわれるだげ。そったな意思無ぎ剣さ、拙者の、南部武士の魂が劣るはずがねぇ。」

 「侮辱するか!拙者のブシドーに魂がないと申すか!!」

 「なら聞ぐが、おめの剣は誰のためさ振るわれでらんだ?」


 ───見抜かれていた。

 この男は……ブシドーは使わない。だが間違いなくブシドーであることが今、確信に至った。

 ブシドーとはその力、主君のために振るうもの。主君なきブシドーに価値はない。野良ブシドーなのだろう。吉村は察したのだ。宗十郎が今や主君失い彷徨う……何が為に剣を振るうかも分からなくなってしまっていることに。


 「それはお主も同じはず……!この世界で、我々異郷者は主君失い彷徨っているのではないか……!」

 「主君は関係ねぇ。侍は、武士道は……ただの生ぎ方だ。力振るう理由じゃねぇ。それ履ぎ違えでらおめに、拙者は負げるはずがねぇだ。」

 「ならば!何のためにお主は戦うというのだ!」

 「お前を、殺すためだ。宗十郎、お前も武士ならば、その剣で幾人もの若人を斬ってきたのだろう。元服を終えたばかりの……俺の息子も!!」


 それは復讐。極めてわかりやすい、簡潔なものだった。


 「───!お主、まさかトクガワ側のものか!仇討ちというわけか!!トクガワは破れたのか!?」

 「関係ねぇ、そんなことなどもう……俺はただ守りたかっただけだ!主君裏切り守銭奴と罵られようとも!我が子を!家族を!そん為ならば命ば惜しくなかった!でも……でも……違った!間違っていた!!武士道なんぞクソ喰らえだ!あいつは俺が死んだことを知って、俺ん背中追ってしまった!背中追って死地に行ってしまったんだ!!」


 ───知りたくなかった。どうして自分の後を追ってしまったのか。何が悪かったのか。貧困か、それとも武士道か……息子を殺したのは何だ。


 鍔迫り合い!刀と刀がぶつかり合う!羅刹の如く吠える吉村に、ただただ宗十郎は圧倒されていたのだ!


 「お前が殺したんだ、宗十郎ッッ!!」

 「俺が……ころ……した……。」


 ブシドーとは命の奪い合いは日常茶飯事。故にまず学ぶことは命をとることに慣れること。火の国のブシドー一族は元服前の子ブシドーに素手の奴隷と戦わせ、サムライブレードで首を刎ねさせることで初めて元服の儀を終えるというのもある。


 宗十郎も同じことだった。数多の戦場で数多のブシドー、ニンジャを殺してきた。必要であれば村人も殺した。この手は既に血で染まっているのだ。

 だがそれはブシドー故に当然のこと。宗十郎が困惑をしている理由は、そんな当たり前のことで、因果応報で、怒りを露わにする吉村の感情が理解できなかったのだ。


 「す、筋違いであるぞ吉村!戦場に出たのであれば命失うのは当然のこと!そこに善悪はない!」

 「あぁそうだ!そのとおりだ!だが!戦う理由としては十分だろう!お前はどうなのだ宗十郎!お前のその剣に武士道はあるのか!?信念なき力などただの無法!いたずらに世の中をかき乱すだけであると知れ!」


 戦う、理由───。

 今まで考えたこともなかった。ただ主君に言われ、父に言われ剣を振るっただけの日々。そこに理由があるとすれば、ただ忠義のみ。主君の命を受けてこそがブシドーだと思っていたからだ。

 吉村の殺意は正当なものだ。子を持つ父ならば、仇のために修羅となるのは必然、しかし自分はどうだ。その殺意に真正面からぶつかり合うほどの理由を持ち合わせているのか。


 ───。

 ない、ないのだ。なにも。なにも……なかったのだ!!


 だが……だが……!だからと言ってここで果てるわけにはいかないのだ!

 鬼気迫る吉村の一撃を我武者羅にサムライブレードで弾き飛ばす。問答は終えた。太刀筋に迷いはない。


 「そうだ吉村!俺には何もない!何もないのだ!!」

 「開き直りか宗十郎!!」


 それは違う。確かにそうだったかもしれない。

 だが……俺は約束したのだ。あの月光煌めく夜の湖で!父と殿に約束をしたのだ!この世界に来て、初めて自分の生き方を見つめ直すことを、他でもない……自らの選択で決めたのだ!


 「違う!俺は約束したのだ、父と殿に!この力振るう意味を見つけ、この地に降り立った役割を為せと!それが今の拙者の信念である!拙者は拙者の信じた正義を為す時が来るまで!答えを出すまでは、死ぬことはできぬ!!」


 サムライブレードにブシドーを込める。サムライブレードは光り輝き大気中にそのナノマシイを散布する。


 「刮目せよ!これぞブシドーフルクロス!!千剣流星!!」


 大気中に散布されたナノマシンは宗十郎のブシドーと連携し生体情報を認識、その個別識別により専門特化兵装へと変容する。ブシドーにとってサムライブレードとは即ち個別専用武装。一流のブシドーなればその形は十人十色なのだ!

 これこそブシドーフルクロス!ブシドーの真骨頂である!

 宗十郎を中心に周囲に展開されたのは小型のサムライブレードエッジ!無論ただの飾りではない!その刃一つ一つがブシドーにより制御され相手を切り裂くのだ!

 四方八方いかなる攻撃からも対応できるその兵装は、万の軍勢相手だろうと決して引けを取らない!これこそが宗十郎のパーソナルコード千剣流星である!


 「覚悟せよ吉村!セキガハラの戦い、お主の息子の死は悪く思うがこれも摂理!いざ参る!!」

 「セキガハラ!?」


 一文字に構え突撃をしようとした瞬間、吉村の予想だにしない反応がきた!真っ向勝負、ブシドーならば受けて立つという言葉を期待していたのに予想外だったのだ!


 「おめ関ケ原どいったが……?」

 「そうだ!何の問題がある!!」

 「蝦夷地はどうした蝦夷地は?五稜郭は。」

 「知らぬ!かような戦場聞いたこともないわ!」


 時代が違う。

 吉村の生きた時代は幕末。対して宗十郎の言う関ケ原とは恐らくは天下分け目の一戦。

 肩の力が抜ける。この男は、あの鬼畜どもとは無関係だ。


 「どうした、まさかこの期に及んで戦意喪失と言うまいな。」

 「いんや……勘違いしていだだげだ。なしてだべな、エムナさんに言われで、なして真実だど思い込んだんだべが……。」


 エムナの言葉を何故かそのとおり信じてしまった。紛れもない真実だと思ってしまった。そして徳川という言葉に対する宗十郎の反応から確信してしまっていたのだ。


 「んだけども……。」


 構えは解かない。決して戦いは終わったわけではないのだ。


 「お互いづぐ場所は違う。戦うどごろは決めだのだ。」


 主君違い、戦場で相対したのならば、それは斬り合う宿命。それが武士道であった。だが最後に聞いておきたかった。


 「なぁ宗十郎、改めで教えでぐれ、おめの武士道どやらは一体何だ。」

 「ブシドーとは……体内に流れる因子を操作し空間の自然粒子に干渉することで起こる……。」

 「あぁ、そうではない。おめの……哲学、その人生の考え方だ。」

 「……いや、考えたことがなかった。そのようなもの……。」


 予想通りだった。若い武士。これから始まる決戦を前に、一つ何か残して起きたかった。世界は違えど同じ武士に。それはかつて師範として生きてきた故の節介か。

 彼は一つ勘違いをしている。それは歪められた知識か、あるいは彼の環境がそうさせたのか。理由は分からない。だが、大人として伝えたかった。


 「良いが宗十郎、おめは何もないと言ったがそれは違う、おめは……。」


 その言葉を言い終える前に、吉村の首は落ちる。

 一瞬、宗十郎も何が起きたか理解できなかった。その攻撃のあまりの練度の高さに。それは放たれた矢である!

 そして矢の残照から判断できた。ブシドーアロー。ブシドーを込められた矢が、吉村の首に刺さり、そのとてもない威力が首を刎ねたのだ。このブシドーは知っている。とても、とても見慣れたブシドーだ。

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