ゴブリン
翌日、カーチェに案内されてきたのは相談所だった。昨日の説明にもあったとおり、騎士とは民の助けに応じるもの。こうしてこの相談所に集まった依頼をこなしていくのだ。
「宗十郎どのはやはり戦いを必要とする依頼が良いだろう。うってつけのものがあるのだ。」
カーチェが見せたのはゴブリンの巣窟の討伐。昨日、村を襲っていた子鬼たちのことである。
「あのような小物に手を煩わせているのか?失礼かもしれぬが、あの程度ならば新入りブシドーでも倒せるような相手ではないか。」
「確かにゴブリン一体一体は大したことない。だが数が多い。それに昨日のはゴブリンしかいなかったこともある。奴らは狡猾でな、家畜として飼っているモンスターがいたり、ホブゴブリンなどの上位種もいるのだ。そしてそれが集まるのが巣窟……危険な仕事だ。」
ゴブリンは砦を構えたり洞窟に住んだりと様々らしい。今回のゴブリンは洞窟に潜んでいる。大型種の確認もされていて難易度は高い……という。
「それで、その任務を拙者がやると?」
「不満そうだな?なんだ、自信がないのか?」
「そうではない、ただ洞窟にいると言ったな?ならばわざわざ戦わずとも……洞窟の出入り口から火を放てば良い。あるいはもっと簡単なやり方がある。爆薬を使い洞窟の出入り口を全て埋めるのだ。そうすればゴブリンは酸欠で勝手に死ぬ。」
「それができればいいのだが……見ただろう?ゴブリンは人を攫うのだ。巣穴には今も助けを求めているものがいる。」
悲痛な顔でカーチェは答える。できることならば宗十郎のようにしたいのが本音だろう。だが人質の存在からそう易易と手が出せない。故に直接入り込むしか無いのだ。
「……それの何の問題があるのだ?」
「え?」
「虜囚となった時点でブシドーならば死を覚悟するもの。ましてや救助作戦で仲間を犠牲にするくらいならぱ腹を切って自死する。拘束されているのならば舌を噛みちぎる。それがブシドーというものだ。虜囚のことなど考える必要ない。それで更に犠牲が増えるのであれば本末転倒ではないか。」
「い、いやいや捕まっているのはブシドーではない!一般人だ!弱き者たちを……!」
「ブシドーではない……?なぜブシドーではないものが戦場に立っているのだ。」
「奴らは村を襲うのだ!見ただろう昨日の姿を!」
あれは……村だったのか。前哨基地の類ではなく。おかしい。カーチェの話だとこの世界は異郷者と戦うためにこの城塞都市を建造したのではないか。だというのにどうして、その都市の外に村があるというのだ。
考えられるとすればそれは……差別か。この都市に住めるのは一部の特権階級。貧者は中に入ることすら許されない。
「理解した。卑劣な外道に攫われた非戦闘民の救助を第一に考えよう。拙者の世界でもよくあることだ。人さらい、野盗、落ちブシドー。矜持をなくした鬼畜外道。人の姿をした妖。」
カーチェはほっとした。異郷者は度々こちらの常識が通用しないケースが多い。もしも宗十郎が無辜な民を蔑ろにする人物であるならば……到底一緒にはいられないからだ。
だが違う。態度こそは表していないものの、宗十郎の目つきは変わっていた。あれは怒りと義憤に駆られている者の目。彼は信用できる。そう思った。
「それじゃあ早速、準備をしよう。報告では上位種の存在も確認されているから慎重に……どこにいくんだ宗十郎どの?」
「む?ゴブリンの巣を叩くのだろう?これから行ってくるのだ。」
「いやいや!何そんなちょっと適当にぶらつくような感覚で言ってるんです!?ゴブリンの巣ですよ!?入念に準備をしないと!!」
「準備……できていないのか?」
心底疑問を持つかのように宗十郎はカーチェの目を見る。まさか、自分が知らないだけで既に準備が出来ていたというのか。確かに住居で別れてから時間はあった。その間に……?
「なるほど、準備万端ということなら……一緒に行こう。一人では大変だろうし。」
「そうか、まぁ確かに人手は多いに越したことはない。」
急いで鎧に着替えて宗十郎の後を追いかける。フルプレート。ゴブリンの武器は皆、毒が塗られている。それはゴブリンの糞尿が塗りたくられたもので並大抵の解毒は通用しない。故に慣れたものでも入念な装備が大事なのだ。
しかし……宗十郎は軽装だ。
「宗十郎どの?鎧はどうしたのですか?」
「壊れた。昨日、街をぶらつき見繕うようお願いをしようと思ったのだが、この国の鎧は好かんのでやめにした。」
なるほど、ではおそらく服の下に鎖帷子のようなものを着込んでいるということか。ゴブリンの武器は切れ味は悪い。要は刃さえ通らなければ軽装でも事足りるのだ。極めて合理的、戰場慣れしている兵だと思わせる。
「あそこがゴブリンの巣です。見張りが立っているでしょう。……おや宗十郎どの?」
宗十郎は立ち上がりゴブリンの巣へと向かっていく。ゴブリンは宗十郎の存在に気が付き威嚇した。
「落ち着けぃ!そして聞け!!洞窟の中にいるゴブリンどもよ!!我こそはオルヴェリンより派遣されたブシドー、千刃宗十郎!貴様に一騎打ちを申し立てる!!我が剣、我が武芸!恐れぬものなら受けて立て!名誉を、誉れある戦いをしようぞ!!」
「な、な、なにをしているんだあの男は……!白昼堂々ゴブリンの巣の前で一騎打ちの申し出!?わ、私は本当に大丈夫なのだろうか……あんな奴についてきて……!?」
カーチェの不安は的中する。というより自明の理だった。ゴブリンは宗十郎の言葉を無視して矢を放つ。
「あぁ!まずいっ!」
毒の矢。例え急所は外れても……そう思った。
だがカーチェは知らない。ブシドーにおいて、ブシドーの放つブシドーアローならばともかく、たかがゴブリンの放つ矢なぞ、豆鉄砲に等しいことを!まさに寝耳に水!放たれた矢を平然と掴む宗十郎にゴブリンたちはただ唖然とするだけだった!
宗十郎は怒りに震えた。例え子鬼、妖風情であろうとも。ブシドーの礼節にならい正々堂々と、敵方の名誉を重んじたというのに、雑兵と違い大将ならば話が分かると思っていた。だが違う!ゴブリンには名誉などない。なかったのだ!裏切られた宗十郎は激怒に満たされ、掴んだ矢はへし折られた。
「良いだろう、それが貴様らの答えならば!それに応えよう。我がブシドーを以ってして、貴様らの不義理を報いようではないか!」
門番のゴブリンを素手で叩き潰す。このような相手に剣技は不要。松明を奪い取り、洞窟に投げ捨てる。洞窟の中は明かりが少なく見通しが悪い。だがそれでもゴブリンの生活のために最低限の明かりはあると見た。ならば問題ない。
「いざゆくぞっ、此度の無礼、万死を以って償わせる!!」
洞窟へと駆け出したのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ宗十郎どの!!」
それをカーチェは追いかけた。





