獣の慟哭
拠点は大混乱であった。思いもよらぬ援軍。圧倒的戦力。それが瞬く間に失われ、希望は絶望へと一瞬にして反転したのだ。
そんな中、出撃の準備を進めるものがいた。フェンである。
「何をしている。」
宗十郎は呼び止める。作戦にない行動をとろうとするフェンを咎めるために。
「決まっている。同胞を助けに行く。俺の責任だ。俺がドラゴンが来るから安心しろと動員したんだ。あいつらは若いんだ。分かるんだ。今、震え上がっている。無惨に転がる竜の死体を見て、次は自分たちの番だと、逃げることすらできず怯えている。止めるなら殺すぞ宗十郎。」
明確な殺意。不倶戴天の決意。今、フェンは怒りに燃えている。それは不甲斐ない自分に対してだ。
「否、止めはせぬ。だが冷静になれフェン。一人で行ったところで無駄死にである。同胞を助けるのならば」
「待てるか!!貴様らはいつもそうだ!!適当な理屈をこねて、この場を適当にはぐらかす!俺たちは今を生きているのだ!これからではない!!今を生きれぬものに明日はないのだ!!」
「ならば尚更、冷静にならぬかフェン!そして聞け!一人で難しいことでも、二人ならば可能性はある!」
「な……に……?貴様もついてくるというのか、我々コボルトのために?何故だ!人間に何の理がある!!」
「理ではない!義で動くのだ!それこそがブシドーである!お主らがコボルトなど関係ない!仲間を救うために命を賭すなど、至極当然のことである!!」
本気で、言っているのか。いや、本気で言ってるのだ、この男は。
その目には何の偽りもない。その匂いからは謀りの気配がまるでない。ただ真摯に、義のために動くと言っているのだ。
「……言っておくが死んでも助けないぞ?」
「それはこちらも同じ。助けるのは孤立した仲間でありフェン、お主ではないからな。」
お互い微笑む。そして集落から駆け出した。今なお恐ろしい存在に震え上がる、若者たちを救い出すために!
「敵亜人連合軍見えました。密集陣形をとっているようです。」
「チームアルファ、ベータ、ガンマ、シグマ。前に。突撃銃を構え。掃射。」
また別のチーム。彼らが持つ兵装は突撃銃。同じくノイマンが開発した重火器。射程距離は三百メートルほどで、その精度、威力は絶大。肉をえぐり骨を砕く。それが何発も連続で発射されつづける。
硝煙と銃撃音が響き渡る。コボルトたちの阿鼻叫喚。ドラゴンが死亡しても、健気に密集陣形を取り続けていたことが仇となった。突撃銃の銃弾は貫通し、後ろの列に並ぶコボルトを撃ち抜く。長槍など役には立たない。射程距離が、手数があまりにも違いすぎる。
これは戦争ではない。ただの蹂躙。
ノイマンという天才は変えたのだ。この世界の常識を、当然のようにあった戦場の常識を。根底から覆した。
鉄砲に槍なんぞ持って適うわけがない。バカな戦いだ。ヨシムラは悲鳴をあげながら逃げ惑うコボルトを見ながら思う。よもや自分がこちら側になるとは思わなかったが、なるほどこれが鉄砲。改めて恐るべき兵器。何度も辛酸を嘗めさせられていたからこそ分かるのだ。こんなものを使いこなす相手に、確かに勝てるはずがない、と。
気づけば死屍累々。転がりうめき声をあげているものもいる。即殺すにはやはり首を刎ねるのが一番。しかしいずれ彼らは死ぬ。臓物撒き散らし、無様に───。
「オルヴェリィィィィィィィン!!」
咆哮。猛々しい雄叫びが響き渡る。飛び込んできたのだ!あれだけ苛烈な攻撃を見せながら、決して怯むことなく!とてつもなく素早く照準を合わせる暇さえなく、騎士たちを蹂躙する!コボルトであった!だが只者ではない、先程銃殺したコボルトたちとは明らかに動きが違うのだ!
「俺は許せぬ!己が楽観的な物の見方に!若き命を無駄に散らせたことに!だがタダで済ますと思うな!お前たちは皆殺しだ!我ら同胞の仇、その身をもって償うのだ!!」
目視、照準、引き金。突撃銃を使用するにあたって必要なプロセス。フェンは瞬時に理解した。その程度ならば無視できると。全方位に意識を集中。一撃でも貰えば致命傷足りうると理解している。故に、射線を意識し、決して止まらない。疾風の如く、かまいたちのように切り裂く、切り裂く。まるでバターのように。
宗十郎はコボルト部隊の後退をフェンに任された。快く受け入れる。フェンの気持ちは痛いほど分かるからだ。同胞を傷つけられ、怒りに燃えているのだ!
幸いなことにコボルト部隊は全員が即死しているわけではない、故に宗十郎は鼓舞するのだ!
「死ぬ気で退け!貴様たちの大将は命を賭して貴様らを救おうとしているのだ!それに報いよ!立てぬならば這ってでも進め!あの集落には防衛システムがある!エルフやゴブリンたちの治療術がある!生きて、生きてお前たちの大将に感謝の言葉を伝えるのだ!」
サムライブレードを地面に突き刺す!ブシドー展開!蜘蛛の子散らすようにバラバラになったコボルトたちはようやく一箇所に集合してくれた!
「多少、荒っぽくなるが耐えろよコボルト!何、足早に治療することが一番の生存策であろう!」
突然地面がくり抜かれた!ブシドーにより土砂をブシドー連結させ固定化、そしてそれを仮組みの足場としたのだ!
「聞けハンゾー!後は任せたぞ!!」
その巨大な円盤状の足場を、コボルト達を乗せた足場を宗十郎は思い切りぶん投げた!回転し集落へと吹き飛ばされる土砂円盤!
集落からネットのようなものが現れた!あれはハンゾーのニンジュツに違いないと確信したのだ。ひとまずは救出成功……とは言い難い。足元を見ると、コボルトの死体が何人か転がっていた。耐えれなかったのだ。それでも息があると信じ、可能な限り、円盤に載せたが……ブシドーで分かるのだ。絶命していることに。
「南無……許せよ戦士。今は戦場。焼香をあげる時間はない。」
加勢しなくては。フェンにコボルト撤退の報を伝えなくてはならない。





