神が堕ちる日
フェンが待ち望んでいた同盟軍。その存在に不敵に笑うも冷や汗を隠せなかった。
「あれがドラゴン……!神話の存在!震えるぜ……存在感と力強さ!そうだ、これが……これが俺たちの希望だ、ざまぁねぇぜ人間!!」
そんなフェンの言葉が合図になったかのように、エルダードラゴンの周囲の大気が膨れ上がる。超高熱、高温。そして無慈悲にそれは放たれた。ドラゴンブレスである。その温度数万度にも達する、ただただ無慈悲な絨毯爆撃。放たれた場所には、生命の一つとして残さない。
自然豊かな平原は、一瞬にして焼け野原へと姿を変えたのだ。
「矮小なる人間どもよ、下卑らはやりすぎた。調和を乱し、傍若無人な振る舞い。最早看過できぬ。一度滅び去るが良い、全てを捨て……ぬ?」
焼け野原になった中央でオルヴェリンの騎士たちが立っていた。一人として欠けず。
忘れてはならない。彼らの背後にいるのは異郷者たち。この世界の神ですら知らぬ、理外に生きるものたちの力が、彼らにはあるのだ。
ドラゴンさえも届かぬ領域。人でも獣でもない。理外の存在。彼らの後ろには、そんな存在が控えているのだ。
───時間は遡りオルヴェリン軍出撃前。作戦本部では現状の分析が行われていた。
「反乱軍たちの戦力は恐れるに足りません。連合軍とは大層なものだが所詮は亜人。話にならない。懸念すべきは異郷者である。」
机に四枚の写真が置かれている。
「宗十郎、イアソン、魔王、そしてハンゾー。これが現在確認している我らオルヴェリンに弓引く不届き者……異郷者たちです。全員が戦闘型で、イアソンと魔王はこちらと似た世界出身のようですが、宗十郎とハンゾーは未確認世界、"根"からして異なる存在と予想されます。」
「これに加えて神聖五星騎士のカーチェもいるというわけか。だというのにこちらの異郷者はヨシムラ一人。本当に大丈夫なのか?エムナ様は出れないにしても、ノイマンやリュウも一緒に出るべきじゃないのか!」
当然ながら不安の声はあがる。総兵力ではこちらの方が上。だが知っているのだ。戦局を一瞬にひっくり返す異郷者の存在。それは他ならぬオルヴェリンの者たちは身にしみて知っている。
「暗いなぁ、まるでお通夜だ。いやしかし嫌いではないぞこの空気。低能のざわめきなど、天才の思考を妨げる雑音にもならない。」
「ノイマン!?私たちの助けに来てくれたのですか!?」
異郷者ノイマン。このオルヴェリンの礎を作り上げた天才である。
「落ち着け、天才の私の力を借りたいのは分かるぞ?だがな、天才を戦場に出そうとするとは何事だ?万が一、この天才的頭脳を失ったらどうする?それは世界の損失だ。かけがえのないものだぞ?まぁ、天才だから戦場で死ぬなどありえんが……な!」
「しかし、現状戦力差はどうしようもありません!ノイマンさんはヨシムラさんに死ねというのですか!?」
「そう、それな。私が来たのはそこだ。良いか?どんなに強大な相手であっても、どんなに高い壁であっても、人類というのはそれを乗り越えていくものなのだ。敵に強大な異教者がいる?結構!いいか諸君!これより授けるは天才の片鱗、天才の証明!そして……人類の強さだ!英雄は戦局を変える。結構だとも!だが天才は……常識をひっくり返すのだ!!」
そして運びこまれる道具の数々。全てが未知。全てが新鮮。ノイマンは戦わない。ただオルヴェリン全体を引き上げる。一人ひとりが、英雄を打ち倒せるそのレベルまで。それは誰にもできない彼だけの理外の力。彼の理は、世界そのものを作り変える。
焼け焦げた草原を前にヨシムラは敵の強大さを思い知っていた。空を飛ぶ巨大な蛇かトカゲか……。なるほどノイマンがいなければ為すすべなく全滅していたであろう。
「熱運動分解フィールド正常。追撃の反応なし。解除します。」
技術班リーダーがそう告げると、ハニカム構造に展開された防御フィールドが解除された。ノイマンは予測していた。ドラゴンの存在を。そして最も来る可能性の高い火炎吐息を。
この部隊はリュウが編成した機械化混成部隊。即ち、今までにない騎士の戦い方を想定した部隊であり全員が若い。
驚嘆すべきはだというのに部隊全員の冷静さである。例え問題ないと分かっていても未知の兵装。不安はあるし、恐怖感は消えない。だというのに、まるでベテラン兵士のように平然と状況報告と、構えを解かないのだ。その理由は単純でノイマン開発の薬物により、恐怖を感じない状態となっているのだ!
子供のように恐怖で泣き叫ぶよりかはマシ。そうヨシムラは言い聞かせるが、まるで血の気が通っているように見えない部下たちが気味悪くも感じた。
「イプシロン部隊。総員構えよ。」
冷たくヨシムラは告げた。
「総員ですか?ノイマンさんの報告ではドラゴン一匹倒すのであれば二、三発で十分だと聞いていますが。」
「これは戦いの開幕だ。まず相手に理解がらせる必要がある。拙者らの圧倒的戦力を。お上さ弓引ぐごどがいがに愚がであるが思い知らせる。そのだめの攻撃だ。」
イプシロン部隊。この時に編成した特殊部隊である。彼らに配備された装備は対重装甲榴弾発射器。その構造は運動エネルギーにより対象の装甲を貫き内部で爆発するという仕組みである。即ち……重火器の類。ノイマンはその類稀な頭脳で、既にこの世界で重火器の開発及び増産に成功していたのだ。来るべき、戦争に備えて。
その威力は既に現代社会に近い威力を有しているどころか、ノイマンがこの世界で研究した魔法と呼ばれる新技術体系を採用することでより凶悪な代物となっている。高い追尾性能も加えられ、その性能はミサイルランチャーに近しいものとなった。
「撃て。」
照準は一瞬にして定まる。エルダードラゴンの巨躯は格好の的であった。
重火器で最も恐ろしい点はなんだろうか。絶大な破壊力、訓練のないものが引き金を引くだけで簡単に命を奪える。確かにそれは大きな点であることは否めない。
しかし、重火器が戦争を変えた最も大きな点はそこではない。そう、重火器には殺意がないのだ。予備動作がないのだ。心がないのだ。その発射音が聞こえた瞬間全てが終わる。それは未知の恐怖。敵がただそこにいるというだけで、戦場に立つ戦士は等しく命の危険に晒され恐怖するのだ。
エルダードラゴンは見た。重火器のマズルフラッシュを。一瞬だった。最初は目くらましの閃光魔法かと思った。当然である。このような攻撃は、この世界の有史以来、存在しなかったのだから───。
気づいたときには既にもう遅い。それは死神。無数の死神。
戦場に響く爆発音。エルダードラゴンという絶大な圧倒的味方を得て、士気の高さはピークになっていた彼らは見た。あの尊大な、神にも等しい、偉大なる、巨躯が、エルダードラゴンが、無惨にも翼は千切れ、胴体は何箇所も欠損し、臓物を撒き散らし、惨たらしく、断末魔すらあげることなく、沈んでいく姿を。
何一つ理解できなかった。身体中が激痛。同時に痛み欠損、おびただしい出血。こんなことは生まれて始めてだった。生態系の頂点であるドラゴンには、まったくもって未経験の出来事。そして知ったのだ。自分は殺されるのだと。他ならぬ、矮小な人類の手で。ドラゴンの誇りが許さなかった。
「……な……め……る……なよ……。」
声は掠れる。思うように言葉を出せない。また閃光、そして爆発。ドラゴンの考え、誇りなどまるで無視して追撃のミサイルランチャーが発射された。
エルダードラゴンの頭部に直撃し、無惨にも堂々たる、神々しいドラゴンの頭は、骨と脳漿をむき出しにし、半分が欠損した痛ましい姿となる。最早、息はない。即死である。
地響き。絶命したエルダードラゴンの巨大な肉体が地に落ちた音である。そして亜人たちはようやく自覚する。古竜エルダードラゴンは、オルヴェリンの手で、瞬殺されたと。
「う、う……うぁぁあ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あああ゛あぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
誰かが叫ぶ。それは絶望の産声にして断末魔のような叫び。
神は堕とされた。
他ならぬ、人類の手で。
我々が挑むのは人ではない。
神を超えた悪魔たち。
無数に蠢く、この世界の支配者也。





