戦争前夜、浮かぶ疑念
「おー見つけた見つけた、人間!ちょっと来い!」
拠点内を散策し、兵士の状態を確認しているところに声をかけられる。特徴的な犬の顔。忘れるはずもない。
「お主は確か……コボルトのフェンか……どうかしたのか。」
「どうしたもあるかよ!先陣を切るとか言ってたのに全然じゃねぇか!」
「まずは拠点作りが大事だからな、オルヴェリンは十中八九、俺たちの動きに気づいている。故に今は使える人材全てを投入し、拠点を作る。案ずるな。いずれ嫌でも初陣が来る。」
まずオルヴェリン攻略に必要不可欠なのは城壁の破壊である。周囲を城壁で囲われており侵入を拒むその要塞に風穴を開けるのは並大抵のことではない。大砲の類などはとうに試したことがあるらしいが、結局無駄に終わったという。
城壁は極めて強い強度というのもあるが、大砲が着弾した瞬間に魔法陣が展開されたのを皆は見た。極めて高度で強固な魔法陣。魔法に長けているエルフの中でもあれほど強固な魔法を使えるものはない。
当然エルフにできない魔法を人の手で出来るはずもなく……オルヴェリンには極めて高度な魔法を使いこなす異郷者がいると見たのだ。
破壊するのにイアソンのアルゴー号を使う方法も考えられたが、魔王城の一見から考えるに、一撃で多くのオルヴェリンの人々を殺してしまう可能性が高いので却下された。カーチェが望むのは解放であり虐殺ではないのだ。軍人ではないただの市民に被害が出るのは望ましくない。
故に最後に残った手段は、直接破壊するという手段。大砲では無理でも人の作り上げた工作物である以上、近寄れば何かしら破壊する手段はあるという見立てだ。最悪、ブシドーによる一刀両断で破壊する。
「しかしフェンよ、カーチェが言っていたのだが人語を介する亜人は珍しいと聞く。何故そうも達者なのだ。」
「エルフとドワーフはなんだかんだで人間と交流してンだよ。フェアリーは……説明いるか?んで俺たちだが、ぶっちゃけ人語は話せんのは俺だけだね。」
「それは部族の代表としての教養……というやつか。」
「プハッ!なわけねーじゃん。俺たちの代表決めはシンプル。一番つえーヤツよ。俺が話せるのは何だかんだで人間を尊敬はしているからだ。奴らの戦いに対する情熱はすげぇよ。嫌いだけど、そこはマジ尊敬。だから人語を覚えてより理解しようとしてるってことよ。」
コボルトの価値観はシンプル。弱肉強食。故に人間の、飽くことなき探究心。戦いの歴史は彼らにとって敬意の対象でもあるのだ。思いもよらぬ共通点。外見は毛むくじゃらだと言うのに、その本質は理知的で、冷静であった。
「拙者はお主を誤解していたようだ。だがそれだけの見識があって、なぜ無謀にも突撃を提案したのだ。」
「連合軍を考えてたのはお前たちだけじゃねーってことだよ。ククク、安心しな人間?向こうは了承済みだ。あんたら側に協力するってよ。ビビるぜぇ……んで俺様に感謝するぜ!仲間に引き入れて正解だったとな……!」
「ほう、知らぬところで同盟軍がいると?面白い。話から察するにオルヴェリンの兵力を理解した上で、それをひっくり返すほどの強力な味方ということか。」
得意げにフェンは胸を張る。ならばこれ以上は言うまい。サプライズプレゼントに期待するとしよう。
集落の前線基地化は夜通し行われた。カンカンという音がやむことはない。この時、人間と亜人たちは間違いなく心を一つに歩んでいた。
───そして朝。
すっかり様変わりした集落。簡易ではあるが城壁も築き上げられ、簡単には攻められないだろう。更にエルフとドワーフが中央に設置していたもの。井戸であった。水が湧き出ている。わずか一日で彼らは作り上げたのだ。水源のなかったこの街で。
勿論、井戸水を飲用水として使うのも重要であるがエルフやドワーフにとってはそれ以上の意味があった。
まずエルフであるが、試し打ちのように井戸水を宙に浮かばせている。井戸水とは地下水脈から汲み上げたもの。古代の水である。故に……水魔法の媒体としてこの上なく優秀なのだ。
そしてドワーフは汲み上げた水を早速、自分たちの工房に持っていっている。金属加工に水は大量に必要とされる。それもただの水ではない、清潔な水でなければ良い鉄はつくれないのだ。
普段はいがみ合う二つの部族であったが、お互い欲するもののために、協力しあったということだ。
「なんだ奴ら、仲良いではないか。お互いがお互い不足点を補い合う良き相棒になれるぞあれは、なぜ仲が悪いのだ?」
そんな様子を宗十郎が眺めているとリンデは答える。
「お互いがお互いを補い合いすぎるからです。要するに自分が持っていないものを何もかもできるから妬ましいのですよ。」
妬み。それは宗十郎の世界でもよくあったことである。人を狂わせる感情の一つ。人間らしさとも言えるが決して良い結果にはならない。
宗十郎は敢えて口には出さなかった。『ならばオルヴェリンの人たちと亜人たちとの間の確執に妬みはないのか』と。
リンデはゴブリンである。その生態は他種族を襲い生殖、繁栄するもの。聞けば野蛮に聞こえるが逆の見方もできる。
それはいかなる種族とも愛し合うことが可能であるということだ。愛に満ちた種族。だというのに、何故襲うという手段がまるで、当然のことのように蔓延しているのか。疑念であった。少なくとも宗十郎はリンデに求婚をされたが、一度も襲われていない。この時点で変なのだ。
カーチェはオルヴェリンの人々は洗脳されていると主張している。だがゴブリンの例一つとっても、"何かこの世界にいる亜人含む人々の生態"はおかしいのだ。矛盾、不合理性に満ちている。つまるところ……。
───洗脳されているのは、オルヴェリンの人々だけなのか?
そんな考えが、よぎった。





