秘めるべき思い
「え、そうなのか?他の者たちと比べて友好的に見えたが……。」
神妙な顔でリンデはその確信を伝えるがカーチェはいまいちピンとこなかった。フェアリーはその愛らしい姿、小さくて自由気ままに飛び回るいたずら好きと聞いている。故にオルヴェリンではフェアリーの話をマトモに聞くな、関わるなと教えられるのだ。彼らのいたずらは度が過ぎているのだから……。
だが此度はいたずらという次元ではないはずだ。生存競争。だというのに裏切りなどありえるのだろうか。
「友好的……か。うぅむ……それは俺も感じた。友好的というよりあれは……。」
「美味しそうな食事を前にした子供ですか?」
リンデの言葉に宗十郎はピンと来た。確かにそのとおりだ。そんな感情を今までぶつけられたことがないので、どうも思い至らなかったが確かに言われてみるとそのような感情に近い。
「フェアリーは人を喰らうのか……?」
「いいえ、彼らの食事は森の朝露や果実。人肉など必要ありません。しかし問題は彼らの生殖方法なのです。彼らはですね、他の動物に卵を植え付けるんです。そしてその相手に好んで人間を選ぶんですよ。」
空気が凍る。流石に想定外の話だったのか、沈黙。咄嗟に言葉が出なかった。
オルヴェリンがフェアリーに関わるなというのは、本当に、単純に安全のためだからなのだ。愛くるしい外見に騙され巣に連れて行かれたら最後。フェアリーの苗床として一生を終える。そこに性別の差はない。卵を育てる孵化装置に雌雄関係ないのだ。
「……人というより虫だなそれは……。」
ようやく振り絞るように出た感想。それは辛辣な一言であった。しかしあながち間違ってはいない。この大陸に住まう五つの亜人たちだが、フェアリーだけは成り立ちが独特で……いつのまにかそこにいたというのだ。今まで見つからなかったのに湧いてきた存在。故に他種族と違い伝統文化も歴史もない。当時既に亜人というカテゴライズが存在し、人型で意思疎通のとれる生き物と定義づけていることから亜人の仲間入りを果たしたのだ。
「し、しかしそれはお前たちゴブリンも同じではないか!何の違いがある!」
「私たちは別に人間だけを襲ってるわけではないですし……何よりゴブリンにはちゃんと社会があり、しきたりがあります。少なくとも私が代表である限りは盟約は守るつもりです。ですがフェアリーには社会構造がありません。遊びの延長。今日来たルルさんも代表ごっこのつもりでしょう。それに先程の会議でのルルさんの視線、カーチェさんの時点で怪しかったですが、宗十郎で確信に至りました。あれは獲物を狙う目です。」
カーチェは頭を悩ませる。折角連合軍が結成したというのに、そのような火種を抱えて問題がないのかと。
「何を悩む必要があるカーチェ。このようなもの答えは一つだ。」
「始末しろというのか?そんな簡単にできたら……。」
「否、違う。もとより肚に一物抱えるものなどいて当然。将の器とは、そのような一癖二癖ある者たちをいかに使うかだ。聞けばフェアリーとやらは人間に対してのみ執心の模様。ならば扱いはこの上なく簡単である。」
連合軍とはつまるところそういうもの。一致団結などは理想である。大事なのは敵を倒すことに限るのだ。
「なるほど、この程度で怯んでいては、オルヴェリンと、あの五代表と渡り合うなど夢物語ということか……。」
あの大都市の人々を束ねているのが五代表。その政治手腕は洗脳という手段を用いているとしても並外れたものがある。今ここで内部分裂している暇などないのだ。
オルヴェリン近郊の集落へはエルフの手引きもありスムーズにことが進んだ。
集落の長と思わしき老人はカーチェに何度も頭を下げている。そして今、亜人たちは資材を運び、簡易な壕と壁を作っているのだ。
またドワーフとエルフは何かを相談しながら集落の中央で工事を始めている。
「師匠~、どこですか師匠?」
宗十郎は幽斎を探していた。彼女の軍略の知が必要となることが近いこともあるが、戦に備え、いくばくか手合わせをしてコンディションを整えておきたいのだ。ブシドーは常在戦場というが、剣を振るう相手がいなければ流石に鈍るというもの。常日頃の鍛錬は同じブシドーであることが望ましい!
幽斎は気配を完全に遮断しているためか、宗十郎のブシドーセンスでは察知することはできない。故にこうして目視で探すのだ。だがこの世界では黒い長髪は珍しい。そこまで苦労をかけず見つけることができた。積み上げられた木箱に詰められた果実を眺めている。
「師匠!見つけましたぞ。何故気配を遮断しているのですか。何か気に食わぬことでもあるのですか?……む、それは師匠の好物であった柿の実に似ていますな。」
「シュウか。そうだな。懐かしい果実よ。ところで儂を探していたのか?ふふ……そうか。」
「はい、師匠はカーチェの傍にいるべきでしょう。彼女は軍略家ではありませぬ。師匠の教えが必要でする。加えて身勝手ではありますが、お暇あれば手合わせをと思い……。」
宗十郎は気がつく。朗らかであった師匠が用件を伝えるやいなや不機嫌になったことを。口をとがらせ不満げにこちらを見ている!
「も、申し訳ありませぬ!弟子である自分が師匠に指図などと……!驕っておりました!必要あらばこの腹いつでも……!」
「……!い、いや!違う……違うのだ……。シュウ、お前は悪くない。今の儂の態度は儂が悪いのだ。」
幽斎は頭を深々と下げる宗十郎に対して慌てた様子で声をかけた。
「自分でも最近、どうも分からないのだ。突如流れ来る感情の奔流というか。」
「む……確かに師匠は拙者と違い、その肉体は最早別物。聞いたことがあります。精神は時に肉体に引っ張られるものであると。臓器移植などしたものは性格が急変するなどという話もありますね。しかしご安心くだされ!例え師匠の性格が変わろうとも、その本質は変わりない、黒鉄のような気高き精神性を持つ師匠の柱は崩れないと思っておりまする!故に……ご安心を!拙者は師匠の趣味嗜好が変われどそれに付き合う所存でございます!」
真っ直ぐな目で見つめる。変わらぬ目だった。初めて弟子入りした時に見せたブシドーを見て、師匠のようになれますかと目を輝かせて自分を見ていた。懐かしい思い出。
しかし、宗十郎の言葉。なるほど確かに器が変わればその中身も変わる。変わっていくのが心情というものである。確かに自分は歌人でもあり、武芸以外にも歌と舞を愛している。それが転じてアイドル活動をしたものだ。しかし、そもそも根本的に……若返りはともかくとして……性別まで反転しているということに何かしらの影響がないとは言い切れない。
改めて宗十郎の目を見つめなおす。自分だけを見ている真っ直ぐな視線。そこには濁り何一つなく。普段は凛々しく猛々しく立派なブシドーとして戦う彼が、自分にだけ見せる純粋な視線である。その目を他の者に向けることがあると思うと、悲しく妬ましく感じる。いや……それよりもそんな視線を向けられて、今も湧き出る……この胸の奥から湧き出るように満たされるように感じる充足感は……。
「…………!!」
あり得ぬ感情。持ってはならないもの。だというのに、宗十郎の目を見ると、その感情が膨れ上がる。それは独占欲に近く、愛おしいという感情。
男女の関係性のものか、あるいは師弟愛から来るものか。どちらかは分からない。だが、少なくとも心臓の高鳴りと、紅潮する頬は否定できない。
「師匠!?突然どうしたのですか!?発作か何かでしょうか!!?」
突然、顔を背けうずくまり腹部を抑えている。師匠の急変に宗十郎は動転した。
「だ、だ、大丈夫だ。大丈夫だからちょ、ちょっと離れてくれ……い、息がかかってるから……。」
「す、すみません師匠!しかし……本当に大丈夫ですか?顔面が真っ赤ですし、心拍数及び呼吸数も異常。心臓の病でしょうか。」
「シュウ!!」
「は、はい!!」
「次から戦場以外はわ、わしの身体状況及び精神状況をブシドーサーチするのを禁ずる。わ、分かったな。」
「失礼しました!以後気をつけます!!し、しかし本当に大丈夫ですか?何ならば、拙者救護室まで案内し介抱致しますが。」
「た、戯け者!半人前のお前が一人前に意見するでない!今、お前のすべきことは戦控える者たちの様子を見よ!聞けばここの奴らは素人なのだろう!!?」
電撃が走ったような衝撃だった。確かにそのとおり。そんな目線で宗十郎は見ていなかった。彼の世界では男性であるならば戦場に出るのは当然。例え農民であろうとも武器を手に取り戦いに明け暮れていた。故に、戦を知らないものたちの想像がつかなかったのだ。言うならば、今ここにいるのは全員、初陣前の童!極めて大事な時であるゆえ、メンタルフォローが重要なのである!
師匠の深い見識と的確な判断に感激をしながらもすぐに緊張感を取り戻し、宗十郎は一礼をした。
「ありがとうございます師匠!不肖、宗十郎!師匠のお言葉、噛み締めて仕ります候!」
自らの身体よりも初陣を控える童たちを気にかける。師匠の大海原のような広い心に感服しながら宗十郎は集落を駆け回った。元より確かに師匠の心拍、呼吸が突然乱れはしたがブシドーヘルスに問題はないため一過性のものであると分かっていた。だが弟子としてやはり師匠の身が一番……そんな甘さを見抜かれて叱咤されたのだと思うと、宗十郎は久々に師から学ばせてもらったと思い、嬉しさで胸が一杯だった。





