革命の黙示録
ジルが死亡したのを確認後、宗十郎たちはエルフの集落へと戻り状況を整理することにした。
神聖五星騎士とは五代表に直接仕える騎士の中でも選りすぐりの者たちである。言うならばオルヴェリンの一般人が上り詰める最上位層。その中で隊長を務めていたのがジルであった。
そんな立場にいたにも関わらず、カーチェの知っている、オルヴェリンにいる異郷者はジルとノイマンのみ。他にあとどれだけいるのかまったく分からないし、ジルは普段から異郷者については曖昧な態度でごまかしていた。
「では……ノイマンとはどういった人物なんだ。」
当然、全員の注目が集まるのはノイマンなる人物。カーチェは静かに口を開く。
「ノイマンはオルヴェリンをあっという間に発展させた第一人者だ。ある日、突然やってきた彼はまずオルヴェリンの建築物に嘆き悲しみ、今の近代的建物をあっという間に設計したらしい。人は奴を奇跡の伝い手と呼んだ。」
「学者……ということか。しかし性格は褒められたものではないようだな、このような毒ガスを作るなど。」
イアソンは苛立ちげに周囲を見回す。
「つまり、そいつを殺せばオルヴェリンは多大なダメージを負うということか。」
「ユウさん……簡単に言うけれどもノイマンはオルヴェリンの最奥にいて……。」
「確かに儂らでは無理だ。だが丁度今、有能な諜報員がいるではないか。」
幽斎が指さした先、それはハンゾーであった。ハンゾーはニンジャ。潜入任務などは日常茶飯事であるのは明白である。
「無理だ。諜報任務はともかくオルヴェリン最奥はな……。」
しかしそんな期待をハンゾーは断言する。
「宗十郎、以前オルヴェリンで出会ったことを覚えているか?あの時、某は既にチャレンジしていたのだ。しかしすぐに諦めたよ。最奥にいるのは黒い男と、ノイマンだけではない。触れれば焦げ付きそうなほどの殺気……ブシドーがいたぞ。」
その言葉に宗十郎と幽斎は驚愕した。ブシドーが……既にオルヴェリンにいたということに。
「どこのものだハンゾー。お主ほどのマスターニンジャならばブシドーの家紋くらいは分かるであろう。」
「……念のため言っておこう。宗十郎の言うとおり、某は見ただけでブシドーの家紋だけではない、このニンジャデータベースに詰め込まれた情報から個人情報を特定することすら可能だ。だが!あのブシドーは何者でもなかった!血縁記録すら一致しない!まるで未知のブシドーだったのだ!!」
ニンジャは嘘をよくつくが、今はそのタイミングではない。全員がハンゾーの迫真の言葉を信用した。
「ありえるとすれば……未来のブシドーか……?」
「それはないなシュウ。ブシドーとは家系相伝。故に婚姻の自由すら認められていないのは知っているであろう。ブシドーとは、その血と力を確実に残すために夫婦を作り、子を為す。理由があるのだ。ブシドーの家系同士婚姻を結ぶことでより強くなる。故にニンジャデータベースに血縁記録が一致しないというのはありえないのだ。」
そう、仮に片方がブシドーの家系でなくとも、片方はブシドーの家系でなくてはブシドー足り得ない。血の繋がりは断てないのだ。
しかし明白なことが一つある。自分と同じブシドーがオルヴェリンに仕えることを決めた。この煉獄で、自分と同じ立場でありながらそんな生き方を決めたものがいるのだ。
宗十郎は未だ答えを得ていない。この世界で何をするべきか、何を以て生きれば良いか。そのブシドーと立ち会えば、分かる気がした。
「カーチェ、お主はどうするのだ。かつての仲間を斬り、これからどうしたい。」
「……今も無辜の民たちは洗脳により自由意志を奪われ、家畜のように生きている。それは許されないことだ。だがハンゾーの言うにはオルヴェリン最奥に向かうのは困難……では答えは一つしかないだろう。」
ジルの言葉を思い出す。「後悔するな」と。分かっている。もう悩まない、もう霧は晴れたのだ。私は私の騎士道を行く。それが例え反目の従者となろうとも、幼き頃から憧れ続けた正しき騎士の姿であるために!
カーチェは亜人たちを見回す。皆がきょとんとした表情を浮かべていた。
「皆の者、どうか力を貸してほしい。身勝手な話だとは思うが……私たち人間に可能な限り手を出さないという約束のもとに……昔のように平等関係となることを目的として……オルヴェリンに攻め入るのに、連合軍となって力を貸してくれ!!」
それはオルヴェリンに対する完全な決別宣言。
そして、亜人たちとともに、革命を起こす。その宣誓であった。
宗十郎たちが戦争の宣誓をした同時期、原始林とも言える僻地。亜人すら住まない場所。動物たちは見慣れる存在に、興味本位に近づき、種族を超えて観察していた。
足音がした。人の気配。だが動物たちは逃げない。まるで仲間であることを認めているかのように。
「ハンゾーからの連絡が途絶えてしばらく経った。オルヴェリンの手に落ちたのかもな。」
男は見上げて話しかける。巨大な物体。かつて戦った怪物たちよりも遥かに凌ぐ怪物。いや……怪物と言って良いものか。
「相変わらず、気味の悪い男だ。動物たちがお前の存在を気にも止めていない。臆病な野ウサギですらお前の傍から離れない。それはお前の人徳というやつか?ジークフリート。」
「さぁな。だが確かに動物には好かれる体質だとは思うよ。狩人ではないからかな?えっと……本名は教えてくれないのか、魔王。」
ジークフリートの前に転がるのはアークベイン。オルヴェリンを倒すために建造された人類の最終兵器。だが黒い男との戦いで今は深い損傷を受けていた。
「名前など疾うに捨てた。あの日、復讐を誓ったあの時から。兄貴の人生を、アーカムの皆を弄んだオルヴェリンを殺すために、俺は一人の魔となった。それだけだ。」
復讐鬼。その姿にジークフリートは憐憫の眼差しを向ける。彼と初めて出会った時、あまりにも悲しいその宿業に言葉を失った。彼は救われない物語を、血を吐きながら描き続けている。
「アークベインの調子はどうなんだ?」
「あまり良くはない。だが……60%の力なら引き出せる。問題はない。」
「そうか……完全な力で臨むのが一番だとは思うが、ハンゾーが落ちた以上、悠長はしていられないな。」
「ああ、ハンゾーの報告が本当ならば、ハンゾーとてあの洗脳に抗えないのかもしれない。いや……あれは洗脳といえるものなのかすら怪しい。」
「以前にも話したものだな。あれから俺も考えたが……あれはやはり洗脳の類ではない。」
ジークフリートはかつての戦いを思い馳せていた。多くの邪悪な存在と戦ってきた。多くの犠牲者を見てきた。そんな彼が導き出した結論は一つだった。
「あれは人体改造だ。洗脳より悪質だよ。」
極稀だが一度だけ見たことがある。
人体そのものを改造するもの。脳も当然作り変えられ、思い通りの思考に、記憶を保持したまま作り変える。悪辣、悪趣味、悪癖。流石のジークフリートでさえ反吐が出た呪い。
オルヴェリンを覆う闇は、深く深く……そして光すら届かない深淵なものだった。





