城塞都市オルヴェリン
城塞都市オルヴェリン。異郷者たちに立ち向かう人々が作り上げた連合都市国家である。築き上げられた巨大な長城ともいえる高い城壁。厳重な守りに囲まれた都市では、農地や牧場……水源地や魚豊富な池もあり完全な自給自足が可能なのだ。まさに人類最後の希望。
そんな大変な場所に同じく異郷者である宗十郎が招かれたのは、異郷者ヴァーテクス撃破の功績があってこそである。
カーチェが案内したのは議事堂。ヴァーテクスの死体から剥ぎ取った証明品をこの都市連合国家の代表たちに見せて、宗十郎が味方であることを説明するのだ。
連合なだけあって、この都市では五名の代表者による多数決制度を採用している。派閥なども当然あるが……異郷者という共通の敵を倒すために一致団結し、派閥争いという身内間の足の引っ張り合いはない。
「宗十郎どの！説明はついた！挨拶をしてくれ！」
「うむ……時にカーチェどの……挨拶とは……つまりこの都市の代表にということか？」
「そのとおりだ！宗十郎どのの活躍には大変感服しており、前評判は良い。変なことさえ言わなければ格別の待遇は約束されるだろう！」
議事堂の扉を開ける。重く厳格な扉である。
部屋では五名の代表者たちが座っていた。宗十郎は決して馬鹿ではない。ブシドーとは礼節も弁えるもの。目上のものに対しての失礼は、仕える主君の恥にも繋がる。
カーチェは不安そうな目で宗十郎を見ていたがそれは杞憂であった。
宗十郎は一歩、二歩歩き跪く。
「当方は異郷より参った千刃宗十郎と申します。まず異郷故、ここでの礼儀礼節については未だ不勉強不徳故、無礼な態度をとってしまうことになるかもしれませぬが、どうかお許し頂きたい。此度はヴァーテクスなる者の首を取り参上仕り候。恐悦至極でありますが、どうかこの功績を以てしてこの街での滞在の許可をお願いしたく存じ上げます。」
代表たちは少しざわめいた。カーチェの話だと、極めて無礼な態度をとるかもしれないが、その実力はヴァーテクスを圧倒する強者。どうか寛大な心を示して頂きたいと言われていたのだが……いざこうして対面すると、自分たちの前で跪き、頭を垂れて、謙虚にも嘆願をする姿が見れたのだから。
「顔を上げてください宗十郎さん。貴方のことはカーチェから大体は聞いています。別世界に本来仕えるべき主君がいて、そのものを救うために戦っていたが……この世界にやってきてしまい、途方にくれていると……そういった認識でよろしいかな？」
「恥ずかしながらそのとおりであります。故にこうして恥を忍び、身勝手な願いを嘆願している次第で候。」
代表者たちはまた軽く相談をする。しばらくして答えは出た。彼らの考えは満場一致だった。
「貴方には本日より仮ではありますが騎士の称号を与えましょう。騎士……とはつまりこの都市国家に仕える守護者のようなものです。勿論、貴方の主君が別にいることは存じています。あくまで仮のもの。本来の主君の元へ戻れる目処がつけばその称号は破棄しても構いません。またヴァーテクス撃破の報酬として家屋と土地、しばらくは暮らせる食料を進呈しましょう。詳しい話はカーチェから聞いてください。」
「御意。此度は寛大なご厚遇、感謝致し申しあげます。」
その言葉を聞いて宗十郎は深々と頭を下げた。
議場から退室し控室。ようやく厳格な空気がなくなり肩の荷が降りたかのようにカーチェは椅子に座り込む。
「大したものじゃないか宗十郎どの。いや失礼だった、無礼なものだと思っていたのだがきちんと所作ができている。」
「当然のこと。ブシドーとは主君に恥をかかせる事が最大の禁忌。ハラキリだけでは到底許されぬ悪行であるが故、代々ブシドーは幼き頃から礼儀作法は身につけるのだ。」
「それにしたって上出来だ！まさか五代表が満場一致なんて珍しいことだぞ。それに騎士の称号まで得られるなんて！」
「うむ……そのことなのだが……"きし"とは何だ？」
騎士……先程、五代表が説明したとおりこの都市国家に仕える守護者である。人々の為に外敵と戦う戦士たち。だがそれだけではない。都市国家では民にそれぞれ称号が与えられており、その称号により行使できる権限が違うのだ。騎士という称号はその中でも高位なもの。
つまり……五代表から多大な信頼を得られた宗十郎は、この都市国家内で大きな自由も得られたことになるのだ。
「なるほど、ブシドーのようなものか。であるのならばあの代表、中々食えぬ連中だ。」
「な、何を言うんだ！？騎士だぞ！私と同じではないか、何が不服なのだ！？」
「拙者は本来、ヴァーテクスというこの国の脅威を排除したのだろう？であるならば食客として迎えられてもおかしくはない。無論、いつまでも……というわけにはいかないだろうが、そのくらいの報酬は自然だ。だというのに拙者に与えられたのは住居と食料、そして称号……といえば聞こえはいいがつまり、これからもこの国家のために戦えという命令だ。」
無論、ブシドーである宗十郎は戦うことに抵抗はない。だがそれはあくまで主君のため。義理もなにもないこのオルヴェリンの為に戦うつもりは毛頭になかった。とはいえ騎士とやらになったのならば仕方ない。
「む……むぅ……確かに我々からしてみれば騎士は名誉あるものだが……宗十郎どのからすればあまり意味のないものか……だが私は嬉しいぞ、宗十郎どののような強きものが民の為に戦ってくれるのだからな！」
「仮宿ではあるが、そこは約束しよう。拙者とて自分の家を荒らす害虫を無視するほど心広くはない。して早速だが与えられた住居の方へと案内してくれないか。」
案内された住宅は予想通り質素なものであった。一人なのだから十分ではあるが……とても国の功績者への待遇とは思えない。だが不満を言うつもりはない。もとよりここは仮宿。長く留まるつもりはないのだから。
「そうだ、これを受け取ってくれ宗十郎どの。」
カーチェから板切れのようなものを渡される。
「これは……なんだ？」
「電話と呼ばれるものだよ。宗十郎どのの世界にはなかったのかな？どれ……使い方だが……。」
カーチェは宗十郎の手を握り指を板になぞらせる。すると板に画面が映りだした。更に指でなぞると一覧表のようなものが出る。その中にカーチェの名前があった。
その部分を突くと画面が変わる。メッセージがあった。
カーチェ「これからよろしくね！宗十郎！」
手紙……まずそれを連想させたそれはチャットと呼ばれるものらしい。更に金属板から音がなり出す。
「どう？聴こえる？宗十郎どの。こうして言葉でも文字でもやり取りできる道具というわけ。」
「なるほど、ニンジャのニンジュツのようなものであるか。」
ニンジャは遠く離れた相手とのコミュニケーションをニンジュツにより可能とする。ブシドーである宗十郎には叶わぬ力であったが、この世界ではこうして別の力で可能となるのだ。
「ありがたい。これでカーチェといつでもやり取りができるというわけだな。しばらくの間ではあるがよろしく頼む。」
「いいえ、こちらこそ頼むぞ！ひとまず今日は休んでくれ、明日になったら案内したいところがあるんだ。」
別れを告げたカーチェは立ち去っていく。宗十郎は自宅のベッドに横になった。
心地の良い。ショーグンは布団なるもので眠りにつくというが、ブシドーである宗十郎は硬い床に麻布で就寝することが多かった。ひとまずは失ったブシドーソウルを養い、主君のため、殿のため、来る戦いに備えるのだ。
こうして異郷での一日は幕を閉じる。未だ掴めぬ主君への手がかり。だが必ずや、主君の前に再び馳せ参じようと、胸に誓い。
