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声が聞こえる

 振り下ろされたポールアクスが地面を穿つ。砂利は吹き飛び、その一撃に込められた膂力はとてつもないものであることは容易に想像できた。

 それが一撃、一撃とその長く重装な印象をまるで持たせないかのようにジルは凄まじい早さで繰り出す。一撃でも喰らえば骨ごと断ち切られる断頭台のようなものであった。

 紙一重で躱し続ける。しかしそれもいずれ限界が来るのは明白だ。事実、ポールアクスが振り回されるたびに、少しずつカーチェの身体を掠めるようになる。


 「どうしたカーチェ、避けてばかりでは終わらんぞ。終わらせてみるのだろう。お前はお前の正義を信じて!」

 「あぁそうだなジル。そのとおりだとも。」


 先程の問答。

 カーチェは自分が言った言葉を噛み締めていた。

 そうだ、私の原点は一つ。彷徨う弱き人々の支えになる。この剣は悪しきを斬り、そして盾は弱きを守る。身に包んだ鎧はその証。昏き闇を歩む人々の光となるためのもの。

 故に、その根っこが腐ってしまっているのならば、例え忠義を尽くした相手にだろうと剣を向ける。それこそが、幼き頃から憧れ続けてきた、騎士道なのだ!


 振り上げられたポールアクス。真っ向から勝負すれば剣ごとへし折られ叩き潰されるだろう。故にカーチェは見定める必要があったのだ。一瞬にして踏み込めるそのタイミングを。

 ポールアクスが地面に突き刺さる。先程とは明らかに違う挙動。カーチェを狙ったものではなく、明白に地面へと突き刺した。


 「上品な教本剣技で、俺は斃せぬぞ。」


 そしてポールアクスを突き上げる!ただ突き上げただけではない!地面に突き刺さったそれは砂利、砕石を弾き飛ばすのだ!それはまるで火山弾のようであった!無論これが致命傷になることはない。だが、その砂利は確実に目眩ましになるのだ!

 砂が目に入る。思わず目を閉じてしまうのだ!生理現象、反射反応!不可避の行動!


 「散れ、カーチェ。夢を抱いて落ちるといい。」


 上段から下段。叩き落とすようにポールアクスを振り下ろす。

 それは針の穴を通すかのようにか細い道筋であった。ジル程の熟達者が自分相手に隙を見せるなどあり得ないこと。ならば引き起こさなくてはならない。勝利を確信し、その動きに隙間できることを!

 その瞬間をカーチェは見逃さなかった。

 カーチェの騎士剣が、宙を斬る。傍から見れば不可解な一閃。元より斧槍であるポールアクスと剣とではリーチに差がありすぎる。故にあの嵐のような猛攻を掻い潜り、一瞬にして距離を詰めることがカギであると、誰もが思っていた。

 ジルと、カーチェ以外は。

 故にジルは決して隙を見せるわけにはいかなかった。自分を確実に殺す術を持っていると知っているからだ。


 「ぐっ……!ぬぅ……!見事……ッ!」


 計算外とすればそれは、教本通りの剣技をすると思っていたカーチェが、ここに来て演技……自分の隙を作るために敢えて技を食らい危機を演じたことだった。騙し討ち、言葉にするならば騎士道にあるまじき卑怯な手だが、殺し合いでは、武の世界では当然のようによくあることだった。

 しかし、まさかそれをカーチェがするとは思わなかったのだ。誰かの影響か、明白であった。


 その一閃とともにジルは膝をつき崩れる。宗十郎とイアソンは理解できなかった。ジルの足元に血溜まりができていたのだ。鎧の隙間から、血が流れてきている。

 宗十郎は見ていた。アーカムで、カーチェが同じように不可視の斬撃を放っていたことに。同じだ。まるで剣閃が飛んだかの如く、ジルの肉体を斬り裂いたのだ。


 「空間変移術式……ニンジュツで言うところの空蝉の術……!」


 空間変移術式。それは空間と空間を結びつけ、その間をなかったことにする技。ニンジャで言うところの幻術にカテゴライズされる技である。故にハンゾーは理解した。カーチェの放った技は剣先を複製、そして離れた場所に再現することにある。

 即ち剣技の縮地。遠当てとは異なる。重厚な鎧を無視して、斬り裂く致命の一撃。

 神聖五星騎士の称号は決して伊達ではない。カーチェもまた目の前のジルと呼ばれる異郷者と同格の実力者なのだ。

 そしてあらゆる奇跡を無視するジルの肉体であろうと、奇跡を介して突き刺さる実体の剣は防ぎようがない。即ち勝負は一瞬で決まる、最悪の相性である。


 「ジル、貴様は知っていた筈だ。私の技を。それは貴様の理外の力を完全に無視するもの。私の前ではただの人になる貴様が……なぜ先程の異郷者を逃して一騎打ちに挑んだんだ。」


 カーチェは剣を下ろす。手応えはあった。ジルが既に致命傷を負っていることは明白であったからだ。


 「……勘違いするな。元よりそちらには異郷者が三人も控えている。その気になればリュウは殺されていた。あいつはオルヴェリンに必要な男。武でしか生きれない俺とは違う。」


 それは紛れもない事実でもあるのだろう。カーチェは老人を見たことがなかった。黒い男と同様に。きっと信用されていなかった自分には見せられない、オルヴェリンの闇を司っている男なのだ。


 「俺を斬ったのだ、後悔するなよカーチェ。人の業。浅ましさ。本質。お前が戦おうとする相手は、俺を含めて、そんなものを詰め込んで飲み込んだ蛇だ。どうか……どうか……お前の魂を穢す劇薬にならないことを心から祈っているよ。」


 決して満足のいったような笑顔ではなく、心底カーチェを心配するような、懇願する童のような顔でジルは訴える。


 「───ジル!ジル!」


 これは走馬灯。かつて共に夢見た少女との僅かな思い出。

 純粋無垢な少女だった。彼女と共に戦場を駆け巡り続けた。そこに性別の差も年の差もない。お互いがお互いを理解し、共に肩を並べる戦友として、尊重していた。筈だった。そう思っていた。

 百年続いた戦の終わり。丘の上で串刺しにし、引き裂いたのだ。少女を、俺自身の手で。


 「なぁジル、そうだよ、簡単なことだったんだ!私たちはこいつらに従う必要なんてなかった。逆らうものはこうして殺せば、全部うまくいく!ジルがもう悩む必要だってないのさ!私たちは間違っていない!悪辣な者たちから善良な民草を救わなくてはならないんだ!」


 そう言って少女は子供の生首を掴み、笑っていた。初めて出会ったときと同じ無垢な笑顔で。

 彼女は壊れてしまった。戦を通じて人の業を目の当たりにして、何を護るべきか分からなくなってしまい。いつしか彼女は魔女と呼ばれ恐れられた。

 彼女に賛同するものたちは次々と現れ、いつしか彼女は自分の軍隊を持つようになり、力を与えたのだ。彼女の軍隊もまた魔女。魔女の軍隊。


 「どうして……ジル!何で私についてこないんだ!言ったじゃないか!私は救国の聖女だって!ジルがそう言ってくれたから!!私は頑張れたのに!!!!」


 いつしか俺は魔女殺しと呼ばれていた。率先して彼女の魔女軍団を殺して殺して殺してきたからだ。魔女の返り血が俺の身体から拭われることはなかった。


 「俺が戦うのは国の為だからだ。領民の為だからだ。お前は俺の領民を害するのであれば、お前は俺の敵なんだ。」


 引き裂かれる彼女の肉体。臓物が撒き散らされ、まるで呪いのように俺の身体にこびりつく。彼女は本来ならば田舎町で生涯を終えるだけの、平凡な田舎娘だった。彼女の人生を狂わせたのは、間違いなく俺自身だ。


 「よくやってくれたジル。流石は魔女殺し。これで我が国は安泰する。悪魔は避ったのだから。」


 拍手喝采。欲しくもない賞賛。騎士の称号。元帥の地位。莫大な領地。埋め尽くすほどの貴金属。羨望の眼差し。賞賛の声。賞賛の賞賛の……。

 隣にはもう、誰もいない。こびりついた血と臓腑の臭いはいつまでも落ちず、全てが虚仮のようだった。

 金のためでも、名誉のためでもない。俺は大切な者たちを守りたかっただけだ。領民を。殺さなくては殺されていたから。


 ……大切な者たちの中には、■■■■はいなかったのか。

 どうして、どうして、彼女の嘆きが木霊する。

 耳元でいつもいつも彼女が囁き続ける。耳にこびりついた彼女の声が聞こえる。


 「ああ……あぁ……あぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!」


 そこから先はあまり覚えていない。確か競合貴族諸侯との派閥争いに負けて、謀略の果てに処刑台に連れて行かれた。

 俺はどうやら魔女狩りの興奮を忘れられず、子供を攫い拷問の末、殺していたことになっていたらしい。知っている。あれは貴様たちの悪趣味の果てだ。後処理に困り、全ての罪を俺に擦り付けたいのだろう。そうすれば国は安定する。悪人は俺だけ。

 どうでもよかった。もう生きることには執着を感じなくなった。莫大な財産の引き継ぎを諸侯貴族たちは目の色を変えて話しているのが聞こえる。ああ……どうして気が付かなかったのだろうか。人の本質が濃縮されたような伏魔殿に、何も知らぬ雛鳥を連れて行ったらどうなるかなんて……明白だったというのに……。

 処刑台に立たされる。彼女はどんな気分で、最後の景色を見たのだろう。


 「本当に……本当にすまなかった……。」


 それは後悔。他ならぬ彼女を、地獄へと連れ出してしまったことへの。返答はない。許されないことだった。死んでも侘びきれない。何度何度謝罪の言葉をあげても、返ってくるのは虚無。

 情けなく涙が溢れ出る。それを見た聴衆たちは笑い出した。無様な男だと。どうでも良かった。心底心底どうでもよかった。


 これは走馬灯。かつての少女の面影を見せたカーチェには同じ道を歩んでほしくないと、ただそれだけが、心残りだった。


 「心配するなジル。私はもっと頭のおかしい連中が傍にいるから。道を誤ったりなどしないさ。例え人の醜さを目の当たりにしてもな。」


 そんな訴えにカーチェはジルを抱きかかえ微笑みを浮かべた。

 懐かしい笑顔だった。思えば……あの時、救われたのは他でもない俺自身だったのかもしれない。何気なく立ち寄った名前もない村で彼女と出会い、支え続けた。だけどもそれは逆で、本当は俺自身が支えられていたのかもしれない。だから彼女は、追い詰められて、逃げ場を見失って、あのようなことになったのだとしたら……。

 声が聞こえる。決して途切れることのない声。それは呪いだと思っていた。死ぬことすら許されない大罪人の俺に罰を与える声。あのニンジャと戦ったときも、"彼女"は懸命に、俺の補佐をしてくれた。一人ではない。俺は、俺たちはずっと二人だったのだ。ずっとずっと前から、"彼女"は俺のことをとうに許していたのだ。


 「ああ……どうして……分からなかったのだろうな……。こんな傍で、ずっとずっと今も……あいつは私の隣にいてくれたのだ。」


 鈍感な自分を呪う。そしてカーチェは彼女とは違う。俺のような奴はいない。頼りになる異郷者たちがいるのだ。

 彼らは皆、独特な思考回路を持つが、共通していえることは決してその信念を曲げないことだ。故に、そんな彼らと共にいて他ならぬカーチェ自身が決めたのならば、それはきっと間違いではないのだろう。きっと同じ間違いは起きない。

 ジルはそんな姿を見て、カーチェの胸の中で安らかに息を引き取った。その表情は憑き物がとれたかのような穏やかな顔だった。

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