奈落に咲いた一輪の花
───エルフに案内され森を走る宗十郎たち。しかし正確な位置まではわからない。逃げてきたというが、集落は広く、殿を引き受けたという異郷者は今、どこにいるのか見当がつかないのだ。
その時であった、突如鳴り響く破裂音!上空で火薬が爆発したかのような後が見えた!
「あそこか!」
即座に理解した。あれはSOSである。エルフを救うため一人残った誉れある異郷者が救いを求めているのだ。
駆け出す。一刻も早く、その期待に応えるために!
森を抜け、藪を払いそして開けた場所に出てきた!そこにいるのは男性三名!異様に巨大な斧槍を持った騎士風の男と、一見浮浪者のような老人、そして……。
「ハンゾー!?貴様だったのかエルフを助けた異郷者というのは!?」
「ぬ……これは……宗十郎か……。まぁ良い……見てのとおりだ……。気をつけよ、奴らは理外の力を扱う……我らの確執はひとまず置いて、集中せよ……。」
「これは僥倖、よもやブシドー本人が来るとは。リュウよ、エムナはハンゾーを連れ帰れと言ったようだが、ブシドーを今この場で殺しても構わんのだろう?」
「あーどうなんだろ?俺もそこまではわかんねぇからなぁ……。」
見るとハンゾーは負傷をしていた。ハンゾーの実力は他でもない宗十郎が理解している。2対1とはいえ、そんなハンゾーを傷つけた目の前の男たちは、ただならぬ実力であるのは自明の理であった。
「ジル!お前が出てくるということは……本気なのか。オルヴェリンは本気で真実を知った私たちを消そうというのか!」
カーチェが割って入る。ジルと呼ばれた騎士風の男。二人は知り合いのようであった。
「カーチェか。神聖五星騎士の面汚しめ。オルヴェリンに泥をかけるなどと騎士にあるまじき愚行。所詮は女だな。感情に生きて論理性に欠ける。」
血濡れたポールアクスを振り払う。付着した血液は飛散して刃物の輝きを取り戻す。
周囲をカーチェは見回した。荒らされた家屋の数々、ところどころに付着した血痕。先程の助けを求めていたエルフを思い出す。傷つきボロボロになりながら、懸命に逃げ出したのだろうか。
突如案内をしてきたエルフが苦しみだす。嘔吐、更に目は充血し言葉にならぬうめき声をあげている。
「これは……毒ですね。かなり特殊なタイプです。エルフの代謝機能のみをピンポイントに狙っています。それが周辺に充満していますね。危険です、このままでは彼の命は……。」
リンデは苦しむエルフの状態をそう分析した。毒ガスの使用を今、認識したのだ。ゴブリンの解毒薬は常備しているが蔓延する毒ガスから抜け出さなくては意味がない。
「シュウ、一人で問題はないか。」
「無論、師匠はこの者を安全な場所へ。」
幽斎は事態の緊急性を察しエルフを担ぎ、即座にこの場から離脱する。風のようにあっという間であった。
「ジル……お前……毒ガスを使用するなど……お前こそ騎士の誇りはないのか!?」
「何を言っているんだ?害虫を始末するのに手段を問われるいわれはない。カーチェ貴様、話には聞いていたが、狂っているのは本当のようだな。」
「馬鹿なことを言うな!いくら亜人相手とはいえ、限度があるだろう!ましてやエルフは中立的立場をとっていた亜人だ!それに毒ガスの使用は環境にも影響が懸念されていて法律で禁止されているはずだ!このようなことオルヴェリンの市民も納得いくはずがない!!」
「納得するよ。」
カーチェの一般論に、ジルは冷たい声で断言した。
「人間はな、己が利益に繋がると思えばいくらでも残酷になれるのだ。法?非人道的?だからどうしたというのだ。そのようなもの、人がこれまで積み重ねてきた歴史を鑑みない綺麗事。カーチェよ、人の本質は醜さにある。例え国のために懸命に奉仕したものであっても、国に益するものでないと判断すれば即座に切り捨て、道具のように凌辱する。これが人の本質だ。変わらぬさ、俺もお前も、オルヴェリンの人々も。」
このような残酷極まりない振る舞いを、オルヴェリンの人々は認めると、ジルは迷うことなく断言した。
「それはお前たちが洗脳という手段をとっているからだ!都合のいいように大衆を操作して、人間を分かった気でいるなッ!」
「いいや?洗脳とは体裁。救いだ。この先何があっても『私たちは洗脳されていたのだから悪くない。』そうすることで、逃避先を作ることで彼らを救っているに過ぎない。洗脳とは万能ではない。強い意思があればはねのけられることはお前自身が証明しているだろう。だというのに、オルヴェリンの歴史で、この体制に異を唱えたのはお前一人だけだよカーチェ。皆、言い訳がほしいだけだ。本当はやりたいことを抑えるためのな。これが人の本質でなく何という?」
「ふざけるなッ!洗脳という意思の強制を押し付けておいて、抗えないのは本心でそれを求めているからだと?私たちが守っているのはまさにそういった弱者たちのはずだ!強い意思を持たぬ、持つことができない無辜の民を救えずして何が騎士というのだ!」
「そこが間違いなのだ。我らの使命は虐げれし弱者を救うこと。強者として正しき扱いを弱者に施せば良い。良いか、弱者とは罪なのだ。弱いからこそいくらでも残酷になれる。故に、我々強者が導く必要がある。それが使命であり強者として生まれた天啓なのだ。」
「違う、それはただのエゴだジル!仮に崇高な目的があったとしても手段を履き違えては正義がない!本当はお前も分かっているから洗脳という手段に、楽な道に賛同しているだけなのだろう!他者を蹂躙し、略奪を繰り返さなくては維持できない歪な社会構造など、その前提から、根っこから腐りきっているのに目をそらしているだけだ!」
その瞳には曇り一つない透き通ったものだった。
記憶が逆流する。茜色の空、ただ純粋無垢な瞳で彼女は、記憶にモザイクが、砂嵐が走る。
……それは、とても不愉快で、見るに耐え難いものであった。捨て去りたい過去、捨て去りたい記憶。人の業。彼女を見ると思い出す。
「……そうだな。貴様の言うことは恐らくは正しいことなのだろう。童に読み聞かせる絵本ならば、きっとそれが間違いない。だが現実は違う。知らないのだお前は……。人は、どこまでも利己的で、一貫性などなく、ただ一つの正義を信じ歩むことなど到底できない。」
言い聞かせるようにジルはポールアクスを構える。心を殺し、ただ前だけを見る。脳髄に刻まれた血濡れの記憶振り払うように。
「言葉では伝わらないだろう。故にこれ以上の問答は無意味。己が正義を示すならば、その力をもって示せ、神聖五星騎士カーチェ!!」
「良いだろう、受けて立とうジル!いや神聖五星騎士の第一柱ジルよ!私は私の正義を信じ、今ここに剣を取る!」
異郷者ジル。その肉体は術の類全てが無効化される。故に異郷者にとっては宿敵。魔法が通じないだけではない。ハンゾーのニンジュツすら何一つ受け付けない。それはジルの持つ理なのだ。あらゆる超常的現象を否定し、現実へと変える。夢は終わり、白日のもとにさらされる。だからこそ、カーチェは相手として申し分はなかった。カーチェの剣技は決して幻には終わらない。現実のものであるからである。
いや、しかしそれ以上にカーチェが戦わなくてはならない理由があるのだ。
イアソンが一歩前に出ようとしたところを、止められる。宗十郎であった。
「何故だ。三人で奴を倒せば問題は……。」
「確かにそれは一番であろう。しかし……俺もカーチェも……お主ほど割り切れていないのだ。これはカーチェにとって心の踏ん切りをつける大事な戦い。どうか見守っていてほしい。」
この戦いはオルヴェリンとの決別を意味する。故にカーチェが戦わなくてはならないのだ。カーチェが斬らなくてはならないのだ。
宗十郎の曇りなき瞳に、イアソンはその意図を察し立ち止まる。
「そうか、ならば……奥の老人を。」
ジルの背後にいるリュウと呼ばれた老人。あれもまた異郷者の類であるのには間違いない。イアソンの殺気を感じ取ったのか老人は慌てた様子を見せた。
「お、おいおいジルぅ!お前のせいで俺まで巻き込まれたじゃないか!俺は非戦闘員!何なのあの金髪兄ちゃん、こんなか弱い老人を本気で殺す気だよこわ……。」
「先に帰れ。状況が変わった。この場にいる者たち全員は実力者。庇う余裕はないぞ。」
「ひ、ひぃ……そのようで……そんじゃあ、俺はこの辺で……えっとこれ、こうするんだっけか?」
老人が懐から取り出したアイテムを使用すると、周辺を魔法陣が囲い、そして消えていった。転移魔術、それもかなり高度なものである。
「行くぞカーチェ、我が騎士道に基づき、貴様をこの手で屠ろう。」
これは手向けの花だ。人の業を知らぬまま育ったオルヴェリンの少女。現実を知るにはあまりにも残酷で、あまりにも報われない。ならば騎士として、綺麗な思い出の中で、散ってもらうことこそが、最後の情けなのだ。





