始まりの異郷者
「シュウ!よかった!心配したぞ、あんな怪物が突然現れて……!」
案内されリンデと幽斎が泊まっていた部屋に入った瞬間、幽斎に抱きしめられる。その様子をリンデは不機嫌そうに見ていた!いくら師匠とはいえ……婚姻の決定権があるとはいえ距離感が近すぎるのではないかと!
しかし心配をかけたというのは当然である。よもや牢に入れられただけでなく、あのような巨大兵器と遭遇するなど思ってもいなかったからだ。
「あれ……シュウ、何かあったの?何かこう……雰囲気変わってない?」
「そのことだが……師匠にも関係のある話故、どうか心して聞いて欲しい。」
ここまでのことを幽斎に説明した。つまるところここは煉獄。死者が集う世界。我らは死して浄土へと行かず彷徨うものであるということ。それこそが異郷者の正体であるというのだ。
「ん……なるほど……死後の世界だったってこと……まぁ確かにこの世界に来た時に腰の痛みとかなくなってたし?」
幽斎は大して驚く様子を見せなかった。考えてみれば本来は老齢なのだ。大往生した彼にとってはむしろ、死後の世界である方がしっくりくるのだろう。
「しかし本当にリンデ様との知り合いだったとは……おい人間、勘違いするなよ?お前たちなどリンデ様がいなければ立ち入ることなどできんのだからな。」
そんな様子を出入り口で眺めていたエルフが呟く。
「む、リンデ……お主、そこまで立場のある者だったのか?随分と気を使わせているようだが……。」
「はぁ……まぁ……エルフは何かと私を歓迎はしてくれますね。」
「当たり前です!良いか人間、よく聞け。メスゴブリンとは他種族と交配が可能なのだぞ。そしてゴブリン特有の繁殖力の高さ!それは即ち強力ではあるが繁殖力のない特定種族と交配することで一気にパワーバランスは変わるのだ!フフフ、リンデ様がその気になれば人間文明なんて簡単に滅ぼせる……まさに私たち亜人にとって救世主!」
かつてカーチェが話したことがあるのを思い出した。国を乗っ取ったことがあるのだの、本来少数であるドラゴンとのハーフを大量に生み出したのだの……。
「随分と人間を嫌っているのだなエルフは……。」
「当たり前だ!人間が我々に普段からしていることなど、それは酷いものだからな!まぁ異郷者の貴様には分からんだろうが!」
鼻息を荒くしてそう答えるエルフ。どこか自慢げなのは気の所為だろうか。
「しかし……そんなに嫌いなら何故、攻めないのだ?」
当然の疑問。その言葉にエルフは痛いところを突かれたのか意気消沈する。
「そ、それは……奴のせいだ……オルヴェリンの守護者……原初の異郷者……黒衣の者……。」
エルフたちは長寿故に知っている。オルヴェリンを護る異郷者の存在を。サタンと呼ばれ、今はエムナと改名した男。宗十郎は察したのだ。黒き矢と槍を放つ男。あのときアークベインと真っ向から戦った兵である。
「原初の異郷者……最初の異郷者ということか。」
「そうだ……そもそも昔は亜人と人類、それぞれが平等の関係であった。平和……とは言い難いがパワーバランスとしては対等なものだったのだ。それを壊したのがあの男!あぁぁぁあ!まるで私たちエルフを紙切れ、ボロ雑巾のようにたった一人で!!」
突然、エルフはひきつけを起こしたかの如く頭を抱え叫びだす。
「おい、どうした!落ち着け!!どうしたんだ……!」
「いつもの発作です宗十郎。エルフは変わっていて、知識を継承するんです。彼女は今、かつて昔……黒衣の者との戦いの記憶を思い出し、ちょっとナーバスになったんですよ。」
リンデはそう解説すると、錯乱したエルフを落ち着かせるように背中をさすった。しばらくすると落ち着きを取り戻したのか呼吸を整え始める。
「はぁ……はぁ……そういうことなので……私たちエルフはお前たち人間が嫌いです。そして関わりたくもない。」
そう言って嫌悪感を露わにしている。しかしその根底にあるのは恐怖。黒き異郷者に蹂躙された過去が強い心的外傷となっているのだ。
「黒衣の者……奴はアークベインの一撃を、兵器オルヴェリンを庇うように立ちふさがっていた。おそらく奴が指示したのだろう。異界の地……アーカムの虐殺を。」
「うむ……こうしてサムライブレードも手元に戻ったことだ。奴には二度も煮え湯を飲まされている故、ブシドーに三度の敗走は許されぬ。カーチェがオルヴェリンと戦うというのなら、助太刀もやぶさかではないな。」
───オルヴェリンと戦う。宗十郎が自然と口にした言葉が改めてカーチェには重たくのしかかる。そうだ。真実を知り、侵攻を止めるということは、オルヴェリンと戦うということ。中には洗脳されようが、他者の命を、尊厳を蹂躙しようとも、自分の保身さえ出来れば問題ないと考えるものも少なくはないだろう。
即ちこれから為すことはゲリラ戦争なのだ。僅かな兵力で国を落とす。紛うことなき敵対行動他ならぬ。
思い詰めた顔で曇る。心臓は高鳴り嫌な汗が流れる。生まれ育った国に弓を引く。本当にそんなことが許されて良いのだろうか。そんな想いが頭の中によぎる。
「ここにいたか!皆来てくれ!非常事態だ!!」
大声でドタバタと大きな足音を立てながら走ってきたのは聞いた声。イアソンであった。彼もこのエルフの森にいたのだ。
「イアソン、お主もこの森にいたのか。」
「あ、あぁ……リンデさんに取り計らってもらってな……船員の皆が安全でいられるところは無いかと聞いたらここに来ることになったんだ……そんなことよりも外に出てくれ!」
慌てるイアソンに連れられて一行は外に出る。そこにはエルフの人だかりが出来ていた。中心にはボロボロで傷だらけのエルフたちが大勢いる!
「何があった!いや……言わなくても分かる!畜生!また人間どもの……オルヴェリンの連中の亜人狩りか!!」
その姿を見て先程部屋へと案内してくれたエルフは激怒し、そしてカーチェを睨みつけた。怒りと憎しみ……憎悪に満ちた感情をぶつけられ、ただでさえ弱気になっていたカーチェは、びくつく。
「こいつらは奴らの仲間だ!皆、見ろ!俺たちの同胞をこんな風に痛めつけるのが人間の本性だ!いくらメスゴブリン……リンデ様の知り合いとはいえ……人間をこのまま放っていいのか!?」
エルフたちはざわめく。そうだ……そのとおりだ。リンデの仲間とはいえいつ本性を現すかもわからない。殺される前に殺さなくては……そんな声が広がる。
「はぁ……はぁ……くれ……まって!くれ!!」
苦しそうな叫び声が聞こえる。殺気立っていたエルフたちは声の主を見る。その視線の先を捉えた瞬間、皆が困惑の感情で満たされた。声の主は他ならぬ、傷つき苦しんでいるエルフなのだ!
「おいあんた……無理をするな……傷が開くぞ!」
「違うんだ……俺たちは……救われたんだ……人間に……早く助けに行ってやってくれ……あの人は……今も一人で……戦っている……。」
彼らは別の集落のエルフたちであるという。よく見ると皆、同じような装飾品を身につけていた。そしてエルフの一人が気がついたのだ。皆、ボロボロではあるが……全員無事であるということに。誰一人、いなくなっていないのだ。誰の犠牲もないのだ!
「あの人は……俺たちを助けるために一人であの悪魔を……引き付けたんだ……。頼むよ……あの悪魔を……このままじゃ、あの人は殺されてしまう!」
懇願するようにエルフを近くのエルフに縋り付く。その様子にエルフたちは皆、黙り込んだ。悪魔……思い当たる節がたくさんある。黒衣の者。奴が近くにいるのだろうか。だとしたらこの村とて危険ではないかと。
皆が目を逸らす。誰もが行きたくないと内心思っていた。
瞼閉じれば浮かび上がるのは、数多の勇士たちをたった一人で屠った悪魔。笑いながら紙細工のように同胞たちは砕かれる。
それはエルフたちにとって、恐ろしい記憶であり、二度と関わりたくない、地獄のような風景であった。





