深奥の大森林
宗十郎たちは森の中を歩いていた。森で一晩過ごし、日が昇り次第、すぐに行動を開始した。
「宗十郎、迷いなく進んでいるが道はわかるのか?」
「分からぬ。だが師匠に託したサムライブレードの位置はわかるのだ。今は師匠たちと合流するのが先決であろう。」
「なるほど……しかしその……昨晩のことはもう大丈夫なのか?」
あれ以来、宗十郎の口数は極端に減っていた。恐らくはあの時出会ったのは宗十郎にとって大切な人物。今生の別れとも言える経験をしたのだ。その心中は察しかねる。
「父と殿は、未熟な俺に喝を入れてくれた。真なるブシドーとしての生き方を今一度、見つめ直すことを。我が祖国では、未熟な童は死して極楽浄土には行けぬという言い伝えがある。俺がこの世界に生まれ落ちた理由は唯一つ。正しき道を歩み、その深奥を掴み取るものである。故にカーチェ、俺は平気だ。主君ありきがブシドーに非ず。これは試練、禊ぎなのだ。」
その目には迷いなく、一筋の光が走っていた。ただ盲目的に主君に付き従う姿はそこにはない。己が信念、矜持、誉れに生きるブシドーそのものである。
「羨ましいものだな、お前には導いてくれるものたちが多くいる。道を誤っても正してくれる。恵まれているのだな。」
それがカーチェにとっては羨ましく、嫉妬であった。今も宗十郎には幽斎がいる。きっと彼女?はこれからも宗十郎を支えてくれるだろう。そして昨夜の父と殿の言葉を支えに、彼は恥じることなき道を歩み続ける筈だ。
自分には振り返るとなにもない。今まで積み上げてきたものは全て砂上の楼閣であった。登っていた山は蜃気楼の如く偽りで、皆がそれに騙されているのを、ただただ童女のように横で見ることしかできない。
「確かにそれは否定しない。俺は人に恵まれている。この世界で初めて出会えたのが、お主で本当に良かったと、今は心より思うよ。」
思いもよらぬ言葉だった。自分など眼中にないと思っていたが、迷いなくはっきり答えたのだ。自分との出会いは恵まれたものであると。
「ど、どうした?今更、人を担ぐことでも覚えたか宗十郎。しかしだ、露骨な持ち上げは時に人を不愉快にさせるものだ。騎士でありながら民の苦しみに気が付きもしなかった哀れな女だよ。」
「いいやカーチェ、お主はそもそも我らとは違う。この世界に生まれ、歩み続けている。俺にはもうこれ以上の出会いはないだろうが、お主はこれから多くの人々と出会い別れ繰り返すのだ。ならば嘆くのはまだ早い。お主自身が変わり、新たな見識の扉を開けば、また別の世界が見えるというもの。」
その目は決して嘘偽り無く、決して人をおだてるような意図は籠もっていない。宗十郎はただ本心から伝えているのだ。嘆くことはないと。
「は、昨夜父と殿に叱責を受けていたお前が言うのか宗十郎。その言葉は何よりもお前がかけてほしかった言葉だろう。」
「む……むぅ……そこを突かれると弱いな……。」
冗談めいた口調でカーチェはそう答えると、宗十郎は困ったような表情を浮かべる。そんな様子が、今までの彼とは違う印象を受けて、思わず頬が緩む。
境遇こそは違えど同じなのだ。彼もまた、この世界で今までにない事態に直面し、思い悩んでいる。それでも目の前で気の沈んでいる自分を見て、たまらず慰めの言葉を……いやそれは考えすぎだろう。
「悪い、少し意地の悪い冗談だったよ。変わる……か……。そうだな。人は簡単に変われるものではないと思うが、いい機会ではあるのかもしれない、ありがとう宗十郎。そう言ってくれると少しは気が楽にはなる。」
宗十郎は軽く返事をし、その後、二人は会話なく無言で目的地まで歩み続ける。だが決して気まずいものではなかった。
しばらく森を進み数刻。少しずつ景色は青々としたものになり、人の手の入らない獣道が目立ち始める。
「いや……宗十郎を疑っているわけではないが……本当にここであっているのか?」
森は更に深奥へと続き、原始林に近づいていく。苔むした岩肌と光すら遮るほどの大森林。知っている。ここはエルフの領域。彼らは人類に対して排他的、敵対的で有名なのだ。
「カーチェの言いたいことはわかる。先程から凄まじい殺気……憎悪にも近いか。しかし我が剣はこの奥地に確かに感じるのだ。」
着実に近づいている。そう感じ取った宗十郎は更に無造作に足を踏み入れる。
ついにエルフたちの限界が来たのか、矢が宗十郎の足元に突き刺さった。
「止まれ人間!それは警告だ。これ以上、踏み入れるのであれば射殺するぞ!」
どこからか声がした。エルフの番人である。完全に擬態したそれはカーチェですら見つけるのは困難である。周囲を見渡すがどこにも人影はない!
しかし宗十郎はグルリと首を動かし、あらぬ方向へと叫んだ。
「我が名は千刃宗十郎!此度はお主らの敷地に無断で立ち入った無礼を許してほしい!だが我らには待ち人がいるのだ!名を細川幽斎とリンデ!人間の女性とゴブリンの女性だ!覚えはないか!?」
エルフの番人はぎょっとした顔で驚きを隠せなかった。完全に擬態していたはず。距離もある。だというのにあの宗十郎と名乗った男は完全にこちらを捉え見据えているのだ。同じエルフでもこれだけの気配察知能力を持つものはそういない。
「待ってください!その人は私たちの知り合いです!」
一瞬即発とも言える空気の中、聞き覚えのある声がした。リンデだ。エルフたちは緊張感は保ちながらも警戒を解く。
殺気は消え、歓迎はされていないようだが、先に進めることを確認した宗十郎たちは足を進めた。ここより先はエルフの領域。人類が踏み入ろうとするならば蜂の巣になる、火薬庫のような場所である!





