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偽りの異世界

 「流石に深夜なだけあって薄暗く静かだな……客室で皆、寝ているのか?音を立てないようにしないとな。」


 船の中は不気味なほどに静かで薄暗い。座席には誰も座っておらず、ガラガラだった。もっとも時間が時間なので当然である。休める場所を探し求め船内を歩き回る。


 「おい見ろ……あの二段ベッド、誰もいない。あいているんじゃないか?」


 カーチェは誰もいない三段ベッドの一番下の段に吸い寄せられるように向かい、そして横になる。


 「きゃあ!」


 横になった途端、乙女のような悲鳴をあげ飛び上がりベッドから這い出る。そんな様子を宗十郎は怪訝な表情で見ていた。


 「何をしているんだ……?」

 「い、いや何かいたんだ!そこのベッドに!ひんやりとした……。」


 宗十郎はベッドに向かい顔を突っ込んで注視する。何もいない。


 「ネズミの類がいたのかもしれぬな。」

 「ね、ネズミだと!?そんな風には感じなかったが……。」


 納得のいかぬ表情でカーチェは再度、ベッドを調べた。目が合う。何者かの顔があった。ありえぬことだった。三段ベッドの一番下、窮屈で出入りする場所は自分たちが今いるところしかない。だというのに、人の生首がこちらを見ていたのだ。生気のない顔で。

 即座に剣を抜き、突き刺す。手応えがない。ただ剣が生首を貫通しただけだ。しかし生首はしばらくしてスーッと消えていった。


 「一体どうしたというのだ、そんな剣を突き刺して……。」

 「宗十郎、この船は奇妙だ。実体のない人間がいるぞ!」


 先程見た出来事を宗十郎に説明する。信じがたいことかもしれないが、事実であるということを念入りに伝えながら。


 「それは……幽霊の類ではないか?」


 ピンと来ないカーチェに宗十郎は幽霊の概念を説明する。つまるところ死者の魂が形となり、現世を彷徨うもの。幽霊には実体がなく触れることは敵わないが、サイコ念動力などの超常現象を引き起こす、悪霊と呼ばれるものもいるということだ。


 「倒す手段はあるのか?」

 「ブシドーなら倒せなくもないが……先程の説明どおり幽霊全てが悪意あるわけではない。何かされたのか?」

 「い、いや……ただ不気味だ。降りるぞ宗十郎!こんなよくわからない船に長居は不要だ!」


 客室の外に出る。陸地が少しずつ離れていっていく。船は既に出港していたのだ。


 「む、既に船は出ていたのか。揺れ一つ感じさせぬとは、船長は中々の技術と見た。」


 手すりにつかまり落胆するカーチェの横で、宗十郎は感服した様子で湖の景色を眺める。


 「く、くぅ……もう手遅れというわけか……。仕方あるまい。次の停泊地で降りるとしよう。宗十郎、乗組員を見かけなかったか?時刻表を知りたい。」

 「そういえば、切符を渡して以来、乗組員の姿を見ないな。乗客との接触は可能な限り避けるスペシャリストだな。教育が行き届いている。」

 「そんな馬鹿なことがあるか!乗組員室があるはずだ!そちらに向かうぞ!」


 乗組員室は第一層の奥にあった。客室層とは明らかに雰囲気が変わり、無骨な内装である。ドアをノックしカーチェは乗組員を呼び出した。

 ドアが開かれると乗組員は姿を現すが、当番ではないのか眠たそうに目をこすっている。

 そんな乗組員のことなどお構いなしにカーチェは問い詰める。


 「停泊予定って……もうこの先はヨミヒラツカに行くだけですよ。もう今日乗せる人は全員乗せたので……。」

 「ヨミヒラツカ!?それじゃあこれはカロンか!?くそ……宗十郎、飛び降りるぞ!背に腹は代えられないだろう!」

 「突然どうしたのだ。何か不都合が出来たのか?」


 行き先を聞いてカーチェは血相を変えて宗十郎を引っ張り外へと向かう。


 「異郷者のお前は知らないだろうな。この世界は異世界から多くの人々がやってくるのは知っているだろう?だが宗十郎……異郷者と呼ばれる者たちはその中でも一握りなんだ。大半の者たちは、ここはただの通過点。カロンに乗って旅立つんだ。」

 「旅立つ……?それが何故、今すぐに飛び降りることに繋がるのだ。」

 「通過点と行っただろう。この世界では子供も知っていること。異界より集いし数多の旅人たちは、この世界で禊ぎを受け、楽園に向かう。それが昔からの常識なんだ。」


 話をしながら船の甲板へと出てきた。カーチェは非常用ボートと浮き輪を取りに行った。何が何だか分からぬが、このまま船に乗っていれば、二度と帰れぬ……ということは分かる。

 手すりを掴み湖を見る。夜だからか底が見えない。ボートを使うのが最善だろう。ブシドーたるもの泳ぎには自信があるが、何故だか分からぬが、不気味な印象を受けた。まるで湖に沈むと、何か別の扉が開かれるような……そんな気がしたのだ。


 「宗十郎!ボートの準備をするから手伝ってくれ!梯子とクレーンを使って降ろすんだ!」


 浮き輪を二つ持ち、カーチェは船に付いているクレーンにボートをくくりつけていた。あれを操作して降ろすのだろう。

 宗十郎は「分かった。」とカーチェの指示に従いクレーンの操作盤に向かおうとしたとき、何者かに足を掴まれる。足元を見ると手だけが自身の足首をつかんでいるのだ!

 手は更に甲板から無数に生えてきて、やがて無数の人々が現れる。皆、血の気がなく幽鬼のようだった。


 「いや……ようだったではなく……幽鬼、魑魅魍魎の類か?体温を感じられぬ。」


 明らかな敵意。言うまでもなく悪霊である。


 「逃さぬ……お前も我らと同じであろう……?どうしてお前だけが……。」


 無数の幽鬼は恨み言のように宗十郎に話しかける。覚えのない、初対面だ。


 「まずい……宗十郎の存在に気がついたか!急げ宗十郎!お前も連れて行かれるぞ!!」


 奇妙なのは彼らが敵意を向けるのは宗十郎のみ。カーチェにはまるで興味がないようだった。一体何の違いがあるのか、カーチェの存在がないかの如く、幽鬼たちはカーチェを無視する。


 「言っただろう宗十郎!彼らは送り人!お前と同じだ!彼らは仲間であるはずのお前が何故、ともにヨミヒラツカに行かないのか、嫉妬しているのだ!」

 「何を言っている?仲間?俺がこの悪霊と?カーチェよ、説明してくれ。意味がわからない。」

 「言葉の通りだ!彼ら送り人の中に、稀に異郷者と呼ばれる存在……宗十郎のように自由意志を持ってこの世界で生きるものがいるのだ!だが本質は同じ!故に彼らはお前が妬ましいんだ!」


 ───脳が理解を拒んでいた。カーチェの言い方だと、まるで……まるで……。

 送り人たちはまるで餓鬼のように宗十郎にしがみつく。離さないといった様子だ。それを宗十郎は乱暴に振り払う。しかしその表情には困惑が浮かんでいる。

 ブシドーセンス故に分かるのだ。今、自身にしがみついている者たちは死した者たち。人の形こそはしていても、生命を感じさせない。そしてそんな彼らと自分は同じということは。


 聞いたことがある。死した魂が彷徨う場所。穢れを落とし、試練を乗り越え、楽園へと向かう間の場所。世界の隙間。その名を煉獄。

 ここは異世界ではないのだ。世界の延長線……即ち……。


 「俺は……あのとき……あの戦場で……既に死んでいたのか。」


 頭の中が真っ白になる。戻れるわけがなかったのだ。帰れるはずがなかったのだ。自分の命燃え尽きたことすら気が付かず、戦い続けていたのだから……。


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