異郷者
「カーチェどの、今の言い方は───。」
宗十郎が問いかけようとしたとき、気配を感じた。何かが近寄ってくるような感覚はなかった。宗十郎のブシドーはそこまで未熟ではない。
「そこから先は俺が話そう。異郷者よ。」
それは突如現れた。今まで気配一つなく、突然空間に現れた存在。
「何奴!名を名乗れ!!」
「俺の名前はヴァーテクス・シルヴァロン。お前と同じ異郷者だ。今、この世界は異郷者たちにより侵略を受けている。かつてこの世界を救済した英雄。奴は世界を救うために異次元の存在の力を借りることにしたのだ。世界は英雄の手により救われた。だが……異次元からまた別の、よからぬものを喚び出してしまったのだ。言葉が通じるだけならまだよい。だが中には理解もできぬ、倫理観すら持たない下賎なものたちも……。」
「ふざけるな!ヴァーテクス!貴様もその侵略者たち……支配者たちの一人であろう!知っているぞ!自分の言いなりにならない王国一つ滅ぼしたことを!」
ヴァーテクスと名乗るものの言葉に被せるようにカーチェは叫んだ。彼女は知っている。奴の暴虐な振る舞いを。
「仕方ないだろう?外敵と戦うためにはより強く有能なものが指揮しなくてはならない。だというのに、あの国は俺の申し出を断ったのだ。であるならば滅ぼすしかない。」
カーチェはヴァーテクスの身勝手な態度に歯ぎしりをする。だが手は出せない。相手がいかに強大か理解しているからだ。
「さて宗十郎と言ったか。見たところ言葉は通じる様子。俺が来たのはお前をスカウトに来たのだ。さぁ共に来い。侵略者たちを滅ぼそうぞ。」
「断る。」
ただ一言、宗十郎は答えた。
シンプルだが、はっきりとした拒絶。カーチェは宗十郎を見つめる。彼はヴァーテクスとは違う……?
「理解していないのか?この世界は侵略者たちの脅威に晒されていて……。」
「そんなことは拙者には関係なかろう。拙者が為すべきことはただ一つ!殿が無事に国へ帰ること。貴様らの児戯に付き合う暇などない。"参謀ごっこ"がしたいのであれば、暇な童でも集めればよかろう。」
"参謀ごっこ"。その言い方にカーチェは思わず吹き出す。それが聞こえたのか唖然としていたヴァーテクスは顔を真っ赤にし始めた。
「ほ、ほう……俺の知略計略に満ち溢れる計画が参謀ごっこ……だと?なるほど余程、下等な世界から来たようだ。高尚な考えに理解が追いつかず思考停止とは蛮族そのもの。」
「阿呆が、優秀な参謀家とは、簡潔に的確に確実に、いかなる雑兵相手だろうと言葉を選び説き伏せ勝利に導くもの。拙者の知るマスターコマンドーはみな、パーフェクト地味たコミュニケーションをしていた。だがお主はどうだ?小難しい話をし、言うことを聞かない相手は暴力でねじ伏せる。癇癪をする童そのもの。此れをごっこ遊びと呼ばずして何と呼ぶか。失せよ、童を斬る剣をブシドーは持ち合わせてはござらん。」
カーチェはついに我慢をこらえきれず笑い出した。ヴァーテクスは宗十郎とカーチェのそんな態度に完全に怒髪天を衝く。怒り満ち溢れ、この感情はこの者たちを殺し尽くさなくては満たされないと確信した。
「殺してやるよ蛮族。地獄で後悔しろ、貴様の軽薄な発言と、その低能さに。」
ヴァーテクスの周囲が歪む。その術は空間を捻じ曲げて発生する莫大なエネルギーをぶつけるもの。彼の世界では空間を操る技が発達していた。その世界では当たり前のような力ではあるが、この世界では極めて高位な魔法に位置する。
宗十郎は刀を抜く。ブシドーは童は斬らぬ。だが童とはあくまで戦場に出ない者のことを指す。武器を持ち、命のやり取りを覚悟し、戦いの場についた時点で、童など関係はない。それがブシドーの礼節であり、命のやり取りをする相手への矜持なのだ。
名乗り口上は済んでいる。であるならば、後は剣で語るのみ。それがブシドーの心意気なのだ。
「良いだろう!来いヴァーテクス!我が剣技、わがブシドーのバトルタクティクスをその身に刻みつけるが良い!!」
ヴァーテクスから放たれるは強大なエネルギー。原理は理解できぬ。だが似たようなものならば幾度も相手したことはある。ブシドーアローかあるいは投石ボム。どちらにしても……千を超えるニンジャたちと比べれば、まるで春のそよ風。ブシドーにとっては日常茶飯事である!
宗十郎のサムライブレードは未だ折れず。そのエネルギー波をつかみ取り受け流す。そしてその力に乗り込み、一瞬にして間合いを詰める。
「なっ───。」
ヴァーテクスは困惑する。自分の秘術を容易く突破した目の前の男に。そして理解が出来なかった。自分は今、空中を浮遊している。この蛮族の武器からして接近戦を得意とするのは明らかだった。だと言うのに、何故か眼前にいる。明らかに宙を駆けているのだ。
理の外。ヴァーテクスは自覚するべきだった。この世界は異郷者、別次元の者たちが来ている。自分も含めて、理解の出来ない理を使いこなすものがいる。目の前の男もまたそうであった。
ブシドーステップ。大気中にただようソウルエナジーやブシドーを利用して足場とするブシドーの基本技。空中戦など、ブシドーどころかニンジャですら当然のようにこなす彼らの戦場を、ヴァーテクスは知らなかった。
「辞世の句を読むが良いヴァーテクス、ブシドー両断が繰り出す前に。」
「な、なにを───。」
一刀両断。ヴァーテクスがその言葉を絞り切る前に、宗十郎の技により、真っ二つに切り裂かれ絶命した。残心。
「他愛もない相手よ。トクガワのブシドーの方がまだやり手であった。」
「す、すごい!あのヴァーテクスをこうも圧倒するなんて!宗十郎どの!貴方ならばこの世界の希望に……。」
「くどい!拙者にとって今の使命は殿の無事を確保すること!それ以外は全てが些事!」
「う……し、しかしそれではこれから何か当てがあるのですか?その……殿とやらを助けるのに……。」
耳が痛い話だった。確かにそのとおりである。これがハットリのニンジュツの仕業かすら分からない。現状の打破の見当がつかないのだ。
「どうでしょうか……この世界のために戦ってくれとは言いません。ですが殿を助ける見込みがつくまで……私たちの頼み事を聞いてもらえないでしょうか。勿論生活の支援も致します。」
それは……願ってもいない申し出だったかもしれない。今は何をすればいいのか分からない。殿を救う前に、自分がここで野垂れ死んでしまえば、全ては水の泡。
「承った。カーチェどのの言葉は確かに事実。世話になろう。」
どうか殿、無事でいてほしい。拙者が不甲斐ないばかりに死地で死なず、殿を務めきれなかった。千のニンジャを食い止めはしたものの、万のブシドーキバソルジャーはやはり脅威。どうか……どうか逃げ続けてくだされ。
遠い遠い、遥か遠い故郷を思いながら、宗十郎はカーチェに案内され、街へと向かった。





