二人の魔王
降り立った巨兵。そのフォルムには見覚えがあった。目を凝らすと細部に見覚えがあるのだ。
「これは魔王城……いや違う、これはあの時見た……学者たちが造り上げていた希望とやらか!ならば中には……ネザールの弟分よ!いるのか!」
宗十郎の言葉に応えるかのように機械巨兵の一部が開く。そこにいたのは、あのときアーカムにいた子供ではなかった。成長した……いや違う。その姿は見覚えがあった!
「奇妙な因果だ。だが感謝するぞ異郷者よ。お前が俺をここまで導いてくれた。お前にくっついていた学者たちの魂が、こいつのレーダーを探知し、そしてこいつの中に込められた魂が呼応したのだ。」
「魔王!!貴様!!あの時の童は貴様だったのか!!それは……ネザールが言っていた悪魔の力ではないのか!?」
「いいや、違う。悪魔はこいつらだ。何年も何年も……俺は待ち望んでいた!兄貴の仇をとるために!そう、こいつは悪魔なんかじゃない……これは人類の希望!オルヴェリンを断つ力!今こそ怒りと嘆きを力へと変えて立ち上がれ!その名をアークベインッ!!」
アークベインは咆哮する。握りしめられた拳を叩きつける。大気震え、その鉄拳がオルヴェリンにスマッシュヒットする!オルヴェリンはその一撃に揺れ、崩れる。効いているのだ。かつてアーカムの人々が願い託した、破滅の天使を穿つ力が!
魔王はあれから一人、別世界の扉を開くことに成功し、オルヴェリンとの戦いに備え続けた。そして見つけたのだ。アーカムで建造されていたアークベイン。あれこそが、みんなの、ネザールの無念を晴らす力となると。学者たちは成功していたのだ。その代償に彼らの命は失われたが……その見返りは確かに得ていた!
アークベインの存在を理解した魔王はすぐさまアークベインの保護と、この世界への転移を目論んだのだ。その結果、時間軸こそは大幅にずれたものの、アークベインの転送に成功したのだ!しかしアークベインは転移の影響か力を失い長い間、沈黙していた。故にカモフラージュとしてアークベインを城に見立て、ただ来る日を待ち続けたのだ!いつか目を覚まし、オルヴェリンを倒す剣となりて動き出すことを!
「ああ、分かっている。お前も、お前たちも、待ち望んでいたのだろう。永きに渡る、悠久とも言える時を超え、同胞の怒りをぶつけるときが来たということに。ああ、任せろ。任せるが良い。どんな形になろうとも、どんな姿になろうとも!お前たちの意思は必ず成し遂げる!!」
きっかけはオルヴェリンの起動、そして宗十郎が持っていた学者の欠片である。長い年月を経て風化していた怒り、憎しみが、学者の欠片を通して呼び起こされたのだ。
それは悲鳴にも似た悲しき慟哭。だが念願の瞬間でもある。
アークベインはその肩に手を当てると取っ手のようなものが現れた。それを掴み引き抜く。収納というよりは変形。掴み取ったものはその巨躯にふさわしく巨大な鉄塊。いや、鉄塊と思わせる巨大な剣。陽光纏う大剣。その名をガルバルテインである。
ガルバルテインを持ち構えるとそれに応えるかのように輝きを帯びていく。それはオルヴェリンとは対極の力。
「受けよオルヴェリン!今日が貴様の命日だ!」
叩きつけるようにガルバルテインをオルヴェリンへとぶつける。火花のような紫電が飛び散った。ガルバルテインに収められた対魔術機構と科学式は、爆熱的に高速回転し、魔力を転換、叩きつける!確かに効いている。絶望的なまでの鉄壁を思わせたオルヴェリンに間違いなく攻撃が通っているのだ!鈍い金属音がオルヴェリンの夜の天蓋に響き渡るのだ!二体の巨人が今、雌雄を決するのだ!
「なんだ……あれは……なんなのだ!!」
その様子を宗十郎は、退くことも忘れ眺めていた。平静さを失っていた。二体の巨人がぶつかり合うその姿に、ただただ呆然と眺めていたのだ。
「宗十郎、何をしている!今が好機だ!退く時だ!!」
そんな宗十郎の手をカーチェは掴み、無理やり引っ張る。魔王の戦いの行く末も気にはなるが、今は逃げなくてはならない。一刻も早く。
「いける……!アークベインならば……この悪魔を滅ぼせる!兄貴見ていてくれ!俺たちのしてきたことは、絶対に無駄には終わらせない!!」
操縦桿に力を入れる。オルヴェリンに更に深く深くガルバルテインを押し込む。その熱はアークベイン内部まで浸透し、既に内部は高熱極まりない状態となっていたが、魔王は力を緩めなかった。積年の恨みが彼を動かしていたのだ。
「───ッ!」
異変に気がつく。オルヴェリンの一部が光り輝き始めた。それは断末魔ではない。断言できる。エネルギーが収束している。否、これはエネルギーなどという生易しいものではない。言うならばこれは……怨嗟の類。
「構えろアークベインッ!奴の本領だ!!」
ゼロ距離より放たれたのはオルヴェリンの砲撃。いや、砲撃のように見えた一撃。吹き飛ばされ距離をとった魔王はその正体を見た。光の触腕である。勢いよく放たれた触腕が衝撃となりアークベインを突き飛ばしたのだ。
禍々しい力を感じた。一刻も早くこの世界から消し飛ばさなくてはならない。そう思わせる程であった。
制御装置機構を解放する。時間は与えない。一撃を以て消し飛ばす。アークベインに蓄えられたエネルギーを一時的に右手に集中。縮退回路展開、交差術式作動。魔術陣が腕部を基本に展開される。アーカムが誇る技術の結晶。魔術と機械回路が融合し、動力へと変える。狙いはオルヴェリン。必殺の一撃を与えるために。
「ヘルモクロス・ディウクリス・アムラウト!!」
その手に秘める熱量は核融合が起きたかのような、小型恒星が生まれたかのような膨大な熱量。魔王の魔力とアークベインの魔力、動力が融合し、乗算虚数図式により階差的に連鎖反応を引き起こし、分子運動を暴走させる。単純だが故に防御不可の一撃。輝く右手はあらゆる魔を打ち払う力となりてオルヴェリンへと放たれるのだ!
───その時であった。世界に黒い線が走る。闇夜よりも、遥かに深く暗い黒線は、オルヴェリンの横から、まるでキャンバスを描くかのように、螺旋状の軌跡でアークベインに向かう。そして具現化する。線は面となり、面は形となり。零が壱となる。
それはまるで黒い槍だった。巨大な黒い槍がアークベインの右手を吹き飛ばし、渾身の一撃を無力化した。黒い槍の根本には人影があった。オルヴェリンの肩に乗っている。
宗十郎の全身に鳥肌が立つ。カーチェに掴まれた手を振りほどき、後ろを見る。あの時の力と同じだ。ハンゾーとの戦いに横入りした黒き矢。それを放ったものが、未だかつて見たことの無い豪傑が、そこにいる。
本能が訴える。数多の戦場を駆け巡り幾度が感じた感情。死の予感。
その黒き影は、死そのものであった。紛うことなき人間。だというのに、同じ人間とは思えぬ存在感の強さ。遥かに巨大であるオルヴェリンよりも、宗十郎にとっては圧倒的に、その黒き影の方が脅威に感じる。
「なんという力だ。よくも今まで隠し通したものだ。これがお前達の力の結晶ということか?ハハ、ハハハハハ、フハハハハハ!!素晴らしい!!よくぞここまで、たどり着けるものなのか!?クハハハハ!!!」
何がおかしいのか。
その黒き影、男はまるで狂ったように笑う。心底愉快に、心底満足そうに。
あれは知らぬ存在。だが感じる、この男は異郷者だ。今まで姿を現さず、この城塞都市オルヴェリンの最奥に潜んでいたもの。この都市国家を守るために現れたのだ。
「カーチェ!何だ!何なんだあの男は!!」
「知らない……私の知らない異郷者の協力者か……?だ、だが何なんだあいつは……震えが止まらない……!」
まるで臓腑を掴まれたかのようなプレッシャー。ただそこにいるだけで強い圧力を感じる。
だがそれ以上にカーチェの胸に感じたのは、あのような化け物に今まで気が付かなかったこと。嫌でも分かる。分かってしまう。全てが茶番だ。異郷者との協力?世界を救うため?亜人との戦い?いつか夢見た争いのない平和な世界?
───ふざけるな。そんなもの、あそこにいるあの男の前からすれば、全て終わるではないか。家に集る害虫を殺すために、同じ虫を集めて戦わせていたようなものだ。あの男の前では、自分たちなど虫けらに過ぎない。あれは終末装置。何もかも一人で終わらせられる、圧倒的存在。
「くっ……クソっ!動力炉に異常が発生しただと!?あの一撃でか……!今、ここでアークベインを失うわけにはいかない……!」
アークベインが手刀を繰り出すと、空間が裂ける。別次元への逃げ道。アークベインは裂け目に飲み込まれるかのように撤退をした。
「私たちも逃げるぞ宗十郎!早く!!」
駆け出す。できるだけ、あの男に捕まらぬよう。捕まってしまえば全てが終わる。そんな確信しかない。
大型兵器オルヴェリンの肩に乗る黒き槍を持った男は宗十郎たちが逃げていった先を見つめる。既に二人は街の外に出ていったようだ。宗十郎のブシドーにより破壊された跡だけが残る。
「ブシドー?という奴か……しかし、あの先は……面白い。そろそろネタバレの時だとは思っていた。この世界の真実を知った時、お前はどちら側につくのだブシドー?」
男は手をふり合図を送る。大型兵器オルヴェリンは静かに元の居場所へと戻る。またいつもどおり、仕事を再開するために。
オルヴェリンの格納を確認した男はガクリと膝をついた。
「アークベイン……フクク……一撃でこの威力か。一撃でここまで疲弊させるか。異世界人類の輝き……堪能させてもらったぞ……!」
決して男は無傷ではなかった。アークベインの渾身の一撃は確かに届いていたのだ。その一撃は、オルヴェリンを確実に破壊していたと確信するほどには。
だが男は不敵に笑う。ブシドーにアークベイン。あまりにもレアな存在に、心が震えるのだ。いずれも信じがたい存在。並みの人類史では到達しえない奇跡のような存在。新しいオモチャを見つけたかのように、魂が叫ぶのであった───。





