虚影の宗教裁判
「被告!異郷者、千刃宗十郎よ!貴様はこの街にあらぬ噂を流し、混乱に陥れ街の崩壊を企てていた容疑がかかっている!真であるか!!」
宗十郎が連れて行かれた先は連合裁判会。本来であれば留置所に一旦留置され、事件の捜査を済ませた上で裁判が行われるものであるが、此度は異例の早さで宗十郎は裁判の場にかけられていた。
「何のことか分からぬ。拙者はこの街のことなど何とも思ってはいない。繁栄も滅ぶかも……その行く末に微塵も興味はありませぬ。まったくもって謂われのない疑義でありまする。」
群衆はざわめき出す。まるで興味がないという宗十郎の態度に。これが叛逆の容疑がかかった男のとる態度なのか……。そんな印象を受けたのだ。
「静粛に。なるほど、この街にはまるで興味がないと。しかしそれは不思議ですね。ならば何故、貴方は騎士という立場を拝領したのですか?興味がないのであれば断れば良いだけのこと。」
「拙者の目的は元の世界に戻ること。そのためには生活基盤がほしかった。そんな時、舞い降りてきたのが騎士という役職で候。あくま一時的なもの。元の世界に戻る手筈が済めば返還するつもりであった。」
宗十郎の毅然とした物言いに裁判官は口を閉ざす。その様子に検察官が叫んだ。
「裁判官!話が外れています!此度の裁判はオルヴェリン叛逆の容疑!検察側は確たる証人の召喚を希望します!!」
裁判官が許可すると検察官は証人に対して入ってくるように指示する。暗がりからその姿が現れた時、群衆はまた騒ぎ出した。
当然である。その証人とは五代表の秘書官、オズワルドであるのだから。
「裁判官、被告の宗十郎はあろうことかこのオルヴェリンが他世界へ侵略、戦争を行い、略奪により都市機能を維持しているという虚偽の報告を流布しています。これは神聖五星騎士カーチェ殿からも報告を受けており極めて悪質な行為です。」
オズワルドの発言に群衆の騒ぎはピークに達した。戦争行為は禁じられているからである。そのような非人道的行為が許されるはずがないのだ。
「被告。証人の言う事は本当ですか?」
裁判官の冷たい目が宗十郎に向いた。
「事実だ。拙者達は異世界でオルヴェリンに縁のある兵器と遭遇した。その世界では大地が枯れ果て人々は恐怖に……。」
ブシドーは嘘をつけない。宗十郎はありのまま、事実を告げる。しかしその態度が裁判官の逆鱗に触れた!
「恥を知りなさい!!よりにもよって偉大なるオルヴェリンが侵略行為を?略奪をしていると!!?よくもそんな恥知らずな大嘘をつけたものです!!!」
裁判官は青筋を立てて唾を飛ばし木槌をカンカンと叩きまくる。心証は最早最悪としか言いようがない。
「判決を言い渡します!被告は死刑!火あぶりの刑とします!!早く連れていきなさい、その恥知らずの罪人を!!」
宗十郎は裁判官に、群衆に真実を訴えるが誰もが聞く耳を持たなかった。オルヴェリンがそのようなことをするはずがないという一点張り。信じる以前の問題である。もっとも証拠がないのだから、どうしようもないのだが。
「よし、大人しくしろよ異郷者!」
兵に押し込まれるように牢に入れられる。毛布を投げつけられた。これで寝ろということだろう。牢は独房、自分一人しかいない。
やることは唯一つ。脱獄である。宗十郎がここまで大人しくしていたのは騒ぎを大きくしたくないということ。加えて、今まで世話になった義理というのもある。
異世界で出会ったオルヴェリンという名の兵器。信じようが信じまいがそれは確かにあった。それを伝えた時点で義理は果たしたと宗十郎は判断したのだ。あとは夜遅くまで大人しくする。決行は今夜、丑の刻。大人しくいるつもりは毛頭にないのだ。
───深夜。宗十郎は檻に手を当てる。そしてブシドーを流し込むと檻は瞬く間に自壊した。ブシドーに耐えきれず崩壊したのだ。本来この檻は物理的耐久性は勿論、魔術的耐性も付与されているのだが、ブシドーなる未知の力には適応していないのだ。
しかしオルヴェリンの牢は一筋縄ではいかない。牢が破壊された瞬間、警報音が鳴り響く。脱走者の警報である。
牢の位置は連行される際に把握している。都市中心部から少し離れた地。監獄として作られた建物の中に自分はいる。即ち、ここから出ても都市中心部を突破しなくてはならないのだ。
看守たちは深夜ということもあってか人数は少なく、また士気も低い。そんな中、突然の警報音に背筋を伸ばし反射的に警戒するが、事態を把握しきれていなかった。
警報音は鳴り響くものの、どこが異常なのか具体的に分かるわけではない。監視カメラの類はない。一つずつ牢を確認しなくてはならないため、手分けして看守たちは各牢に確認に向かった。
宗十郎の牢に向かった不幸な看守は二名。配属されたばかりで夜勤を押し付けられた新人と、生真面目なベテラン看守。
不用意に欠伸をしながら牢に向かう。新人は率先して先頭を歩いていた。
階段を降りて手に持った懐中電灯を牢へ照らそうとした瞬間であった、そこで新人看守の意識は途絶える。彼らの死角に宗十郎は潜んでいたのだ。顎に一撃掌底。脳は揺らされ脳震盪を引き起こし、意識は夢の果てへと飛ばされる。
「き、貴様!!」
片方のベテラン看守は流石といったところか、宗十郎の姿を確認した瞬間、狼狽えることなく冷静に武器の警棒に手をとり迎え撃とうとする。だが、全ては遅かった。既に零距離。武器を構えるという予備動作を起こすのは失敗だったのだ。この場は逃げるべきであった。
もっとも……ブシドーである宗十郎に脚力で適うはずがないのだが。
一瞬にして距離を詰められ、武器を振るう前に腹部に一撃。看守はうめき声をあげてもがく。そして先程同様に顎に一撃。新人看守同様に意識は消失した。
「すまぬな。罪のないことは分かっているが、それは拙者も同様。この服、借りていくぞ。」
看守の服を奪い、宗十郎は変装する。そして走り去った。目指すは監獄の出口である。
幸いなことに、まだ脱獄には気づかれていないのか外の様子は静かだった。脱獄が発覚したとしても伝令兵がオルヴェリン中枢部に伝えに行くタイムラグを考慮すると……十分に脱出の勝算はある。脚に力を入れ、街へと駆け出す。





