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謂れなき叛逆

 ───死に瀕することはブシドーにとってはよくあることであった。合戦で何本もの矢を貫かれた時、鍔迫り合いで身体中から血を吹き出しながらも、気力だけで立ち上がり戦い続けた時。そんな時、決まって多くのブシドーは見るのだ。彼岸の景色。臨死体験というやつである。

 宗十郎もまた、そのようなことは経験済みであった。此度の傷は内臓ごと刃物で腹部を貫かれた重症。血液の色は黒ずんでおり、早急に手当てをしなくては確実に死ぬであろう致命傷である。流れる血液とともに抜けていく体温。冷えていく身体。それはまるで、命が流れ出ていくような感覚であった。


 だがしかし、此度の臨死体験……違和感はある。いつもならば見える彼岸。三途の川。黄泉の世界がうつらない。ただただ虚無、深淵の闇に宗十郎はいた。このまま肉体が、魂が闇に溶けていく感覚。そして残るのは無。ひょっとすると、本当の死とはこのような状態を意味するのではないかと思う次第だった。

 しかし、今ここで死ぬわけにはいかないことは明白である。約束したのだ。殿の助けになると。中途半端な殿しんがりを務めた自分に喝を入れ、急ぎ元の世界に戻り、最後まで殿の手助けに命尽くすのだ。散りゆく肉体、魂を鼓舞し、何が何でも死んでたまるかと、ブシドーにあるまじき生き汚さを見せてでも、生にしがみつくのだ。

 そして見えた。闇の中に一筋の光が。泥沼に浸かったような重い身体を動かし、ゆっくりと、だが確実に光へと進む。光は少しずつ大きくなっていき、手を伸ばせば今にも届きそうな───。


 「シュウ!起きろ!シュウ!!」


 瞼を開くとそこは白い部屋。そして涙を流し自身に訴える女性。手を握りしめられていた。恐らくここは診療所、腹部の傷が限界を超えて失神したのだろう。

 馴染みのある空間であった。ここは恐らくオルヴェリン。傷口に意識を集中する。受けた時に感じた違和感、まるで呪いを受けたかのようなどす黒い感覚はなくなっていた。恐らくはあの装置の一撃には毒があったのだろう。ブシドーも上手く働かない劇薬……ニンジャがよく使うものだ。精神を集中させ、治癒能力を活性化する。内臓の損傷はあったが、師匠の応急手当があったのか、致命的な状況には至らなかったようだ。そして初めて、手を握っていたのが師匠であったことに気がつく。


 「すみませぬ師匠……手間をかけました。」


 遅れて医師がやってきた。まるでゾンビを見たかのように驚きの表情を浮かべていたが、すぐに平静さを取り戻し傷口の診察を始めた。


 「ま、まさか一日で抜糸まで終えるとは……異郷者というのは私たちと同じ人間なんですか?」


 無事回復した宗十郎は、退院のために荷物をまとめている。医師は軽く引いた表情でその様子を見ていた。


 「かたじけない。しかし先生。少なくとも拙者らは同じ血の通った人間です。この傷口の縫合は助かりました。もし先生の治療がなくては、拙者は失血死していたかもしれませぬ。」


 深々と頭を下げる宗十郎に医師は釈然としない様子だった。

 診療所から外に出ようとするが違和感に気がつく。外の様子が何やら騒がしい。静かなのだ。本来であれば街の人々の喧騒が聞こえるというのに、そこには何もなかった。


 「どうかしたのですか、宗十郎さん。まだ忘れ物でも?」


 診療所出入り口前で止まる宗十郎一行に奇妙さを感じた医師は近づき声をかける。だが宗十郎は何も答えない。ただ外に意識を全集中していた。


 「ああ、傷が痛むからドアを開けるのに抵抗があるのですか。」


 そう言って医師はドアに手をかけて開ける。瞬間であった。無数の矢が医師の胴体、頭部を貫く。医師は何が起きたのかも理解できずそのまま倒れ込む。即死したのだ。

 考えられるのはハンゾーである。奴はオルヴェリンで再会し死闘を一度繰り広げた。またもや襲ってきたのではないかと、宗十郎は考える。


 「違う、どうやら取り囲まれているようだぞシュウ。」


 幽斎は既にブシドーにより周囲探知を終えていた。敵意を持つものが数十名。軍隊である。医師は軍隊の一斉射撃により殺害されたのだ。


 「ならば籠城でしょうか。ここは都市内部。いずれ鎮圧の為にオルヴェリンの騎士がやってくる筈。」


 至極真っ当な意見であった。もっともそんな楽観的な思惑はすぐに打ち砕かれる。


 「異郷者、千刃宗十郎よ!出てくるが良い!貴様には叛逆容疑がかかっている!街を脅かす犯罪者として、我々は断じて許すつもりはない!!」


 叫び声だ。軍隊の代表者が叫んだのだ。彼らはオルヴェリンの騎士たちであったのだ。そしてあろうことか宗十郎に反逆罪がかけられているというのだ。

 当然、宗十郎は何のことか理解できなかった。だが、これだけは分かる。自分に向けられている殺意。民草の恐怖。この街で自分は悪者であることが明白。


 「何かの間違いではないか!拙者は叛逆など考えてはおらぬぞ!!」

 「ならば出てくるが良い!自らの無実を証明せよ!!」


 宗十郎は両手をあげて外に出る。瞬間矢が飛んできたが、大した攻撃ではない、目視で躱した。


 「シュウ……どうする気なんだ……?」

 「投降します。謂れのない罪で戦うのはブシドーの本懐に非ず。師匠はリンデを連れてこの場から逃げ去ってください。どちらかといえば、彼女の方が捕まるとややこしいでしょう。奴らの目的は、拙者だけのようである模様。」


 宗十郎はサムライブレードを幽斎に渡す。幽斎は黙って受け取り、頷いてリンデを連れて消えた。その姿を確認し、宗十郎は大人しくオルヴェリン騎士団に連行されるのであった。

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