守りたいもの、信じるもの
空間が開き、宗十郎たちは外へと投げ出される。懐かしき香り。森の中にある草原であった。元の世界へと戻れたのだ。
「ここならば先程よりも空間が安定してる……シュウ!しっかりしろ!師より先に逝くなんて許さんぞ!!」
宗十郎の傷口を押さえる幽斎。先程よりかは出血が減ってきている。ブシドーによる自己再生効果が機能し始めたのだ。しかし失った血が多すぎる。宗十郎の体温は低く、顔は青ざめていた。ブシドーには煮え滾るブシドーを注ぎ込むことで相手に熱量を与えることも可能ではあるが、今のように衰弱している場合、それは致命的に繋がる可能性もありうる。
故に幽斎は自身の体温で懸命に宗十郎の生気が戻るよう応急処置を施していた。
「ここは……オルヴェリン付近の森だ。俺は居住権を持っていないから行けないが……方角は向こうだ。都市ならば治療施設もあるだろう。」
幽斎は風のように宗十郎を担ぎ駆け抜けた。まるで暴風が通ったかのように、時間差で草木が吹き飛ぶ。
「速い……それはそれとして私も一度、五代表に此度のことを報告するつもりだ。」
カーチェはそう告げると幽斎の後を追うようにオルヴェリンに向かった。そしてリンデも同様に、イアソンに一礼をしてオルヴェリンへと戻るのであった。
───オルヴェリン議事院。
城塞都市オルヴェリンは複数の国家が併合し出来上がった都市国家である。かつての国家主席を五代表と呼び、多数決制度により国の方針を決めているのだ。そんな彼らが集う場所こそが議事院と呼ばれる施設である。
「おや、カーチェ様、お帰りになられたのですか。大変でしょう異郷者たちの世話は。」
カーチェはそんな議事院を自由に出入りできる最上級騎士。神聖五星騎士の一人として名を連ねている。
「いいや、それほど悪いものではないぞリノン。それよりも五代表秘書官はいないか?面談の約束を取りたいのだが。」
「異郷者を庇うような発言をするなど相当疲れているようですね。火急の用件ですか?すぐに取り持ちましょう。」
リノンはこの議事院に勤める騎士である。その役割は騎士でありながら事務的な用務が殆どだ。五代表のスケジュール管理や面談希望者との取り持ち、市民からの要望の取りまとめなど多種多様に渡る。
しばらくするとリノンが戻ってきた。
「申し訳ありません、カーチェ様。五代表が揃うには少し時間がかかるようです。火急の話であればまずは秘書官に話を致しますか?」
五代表はその公平性を保つため重要性の高い報告事項については一同介した場で平等に報告を受けることになっている。そうでなくては特定の代表が情報を独占し、パワーバランスが崩れる可能性があるからだ。
此度、カーチェは異世界にて遭遇したオルヴェリンと名乗る超兵器について至急報告する必要があると考えていた。しかしそれは五代表でなくともその補佐を担っている秘書官であっても十分であると判断した。
「それで、火急の用件とはどういった話なんですかカーチェさん。」
応接室で待っていたのは秘書官オズワルド。五代表に仕えている。
カーチェはオズワルドに対し今回のことを報告した。黙ってカーチェの報告を聞いていたオズワルドであったが、所々眉間が動き、何か事情を知っているかのような振る舞いであった。
「話はわかりました。しかしカーチェさんともあろうものがおかしなことを。名前が偶然一致しただけで、そこまで気にかけることですか?」
「……同じだったんだ。気配が。それはこちらの世界に戻ってから確信に変わった。感じるんだ!あの時、感じた纏わりつくような悪寒を!オズワルド!お前は何かを隠しているんじゃないのか?」
オズワルドは立ち上がり、戸棚を開いた。応接用のティーセットが収められてる。手慣れた手付きでコーヒーカップを二つとり、ポットからお湯を注ぐとコーヒーの香りが部屋中に広がった。
「話が長くなりそうだ。まぁ一杯飲んで落ち着いてください。ミルクはいりますか?」
「いや……私はブラックで良い。」
「そうですか、私は胃が弱くてね、ミルクを入れないとお腹を壊してしまうんです。」
オズワルドの持つスプーンが勢いよくコーヒーカップの縁に当たる。カーン……という金属と陶器のぶつかる音が響いた。
「失礼。」
コーヒーにミルクを注ぐ。そしてゆっくりとコーヒーをスプーンでかき混ぜた。ミルクの白色が、まるで渦巻きのように真っ黒なコーヒーの中をぐるぐると回っている。カーチェはそれを黙って見つめていた。
「カーチェさん、貴方はオルヴェリンの騎士です。ならばオルヴェリンのすることに疑問など抱いてはいけない。」
「いや……私は……疑念を抱いているわけでは……。」
虚ろな目でカーチェは答える。まるで意識は別にあるような振る舞いであった。
「分かっていますとも。あの兵器はオルヴェリンを維持するためのエネルギー回収装置。都市を維持するためには必要なものなのです。弱き民を守るために必要なものなのですよ。」
「維持……必要……守るため……。」
「さぁそのコーヒーを飲んでください。」
カーチェは目の前に差し出されたコーヒーを言われるがままに飲み干した。





