空の極地
「ヨセフさん!?わからないんですか、この状況が!明らかに異常だ!!このままでは皆、死んでしまう!!」
「死なないさ。現に私たちは死んでないじゃあないか。ネザール?これは選別なんだ。新たなる人類が次の領域にステップアップするための選別。偉大なる進歩には偉大なる犠牲が必要なんだ。そう……彼らの死は尊いものだ!」
そう高らかに宣言したヨセフは更に装置の出力を上げていく。光は更に力を増していき、人の液状化に拍車をかける。
装置周辺のエネルギー量は更に増大していき、やがてそれは臨界点を迎える。
幽斎の言っていた意思を持つ光……それらが装置に収束していき、カーチェのつけた傷は瞬くもなく再生した。まるで有機生命体のように装置には手足が、口が、目玉が生えてくる。
そんな状況下で、意外だったのは宗十郎たちであった。阿鼻叫喚、液状化し騒ぎ出す民衆の中、彼らは何事もなく無事であったのだ。そんな姿を見て、ネザールは一つの確信へと至った。
オルヴェリンの目的はこの世界の人類殲滅。だが、当然のことながらそう簡単にはいかない。人類とて殲滅されるのであれば抵抗活動をするのだ。我々のように、人類の中でも並外れた才覚を持つものたちが。
しかし……それが別の方面に使われたとしたら?抵抗活動ではなく共存活動。甘い蜜を提供し、共存価値があることを示されたら?
我々はオルヴェリンの罠にまんまとハマったのだ。一般大衆はただ虐殺し、抵抗戦力となりうる存在は、甘い蜜で……その抵抗意思を削ぎ、そして確実に殺す。
我々はオルヴェリンのエネルギーを享受し、その身体は既にオルヴェリンに染まりきっている。個人差があるのは恐らくはこのアーカムに入居した期間。宗十郎たちはまるで染まっていない故に、この液状化の影響を受けていないのだ。
「おのれ……おのれおのれオルヴェリン!卑怯な……卑怯な手を!!戦え!!正々堂々と!!このような……このような卑劣な手を……ぐっ!!」
怒りに身体を震わせるネザールだったが、それも虚勢。ついにネザールにも液状化が襲いかかる。
自由の効かない身体、それでもなお、這うように動く。宗十郎のもとへと、縋り付くように。
「なぁ……宗十郎……頼む……頼むよ……あれを止めてくれ……お前たちの言うことを聞かなかった、身勝手な願いだと思ってる……でも……こんなのってないじゃないか……悔しいんだ……悔しくて悔しくて惨めで……オルヴェリンに良いように手のひらで転がされて……。」
「それ以上は不要だ、ネザール。」
ネザールの肩を叩く。幽斎とくっついていた身体を何とか引き剥がし、宗十郎はオルヴェリンのエネルギー回収装置の前に立つ。
「おお……素晴らしい……宗十郎といったか?オルヴェリンの力を前にその不屈の闘志……まさに新時代の人類……!」
ヨセフは身を捩らせて、宗十郎の振る舞いに感動し涙を流した。
「外道が。よもや礼節は不要。ブシドーをもって、いまここに成敗してくれる。」
サムライブレードを抜刀する。既に臨戦態勢、その刀身はかつてなくブシドーに滾り、そして静かに燃え上がる。
師匠の教えである。いかなるときも平静に。ブシドーを乱してはならない。だが、怒りも忘れることなかれ。燃えたぎる怒りは静かに力と変えて、悪を断つ。それこそがブシドーの本懐である!
「師匠、此度の討伐、拙者にお任せあれ。師匠はリンデの介抱を頼みまする。」
幽斎は頷く。もとよりそのつもりであった。サムライブレード抜きであの装置を破壊するのは困難であると判断したのだ。
オルヴェリンのエネルギーにより変質した装置はその口と思わしき部分にエネルギーを収束させる。破壊の光である。しかしながらその密度は桁違い。十三あるエネルギー回収プラント全てのエネルギーを吸収し収束するのだ!そのエネルギー、天文学的!星を吹き飛ばす怪光線である!
対するはブシドー、千刃宗十郎。構える。絶大な一撃が来ることを。集中する。ブシドーであれば、必ず受けきれると確信をもって。
時間にして数秒のことだった。しかしその時間はあまりにも長く感じた。宗十郎はかつてないほどに集中していたのだ。まるで世界が停止したかのように。これが師匠の言っていた怒りを力に変え、そしてなお平静でいること。明鏡止水である。
「来るが良いオルヴェリン!その悪辣な力!我が剣で断ち切ってくれる!!」
宗十郎が叫んだ瞬間。光が埋め尽くす!放たれたエネルギーはあまりにも膨大で、視野を埋め尽くしたのだ!そのエネルギーはプラントの計器を臨界まで超えて破壊した!ヨセフはその姿を見て感激感動のあまり涎を垂らし涙を零す!
ネザールはその時、死を覚悟したのだ。終わりの瞬間。破滅の光。
しかし宗十郎は違った。そして同じく彼についてきた者たちも。
不思議な感覚であった。光速で発射されたエネルギー砲は、まるでスローモーションのように自分に迫りくる。世界全てが自分と一体化したような感覚。あらゆる挙動が自分の頭に入り込む。
光の本質。エネルギー体の本質が。意思を持つ光。光のように振る舞う量子体。これは無数の微小物の集合体である。全てを捉えた。
サムライブレードを握りしめる。狙いは唯一つ。一点集中による一点突破である。ブシドーは過去例にないほど高まり冴えわたる。
「見えた!そこかぁッ!!」
宗十郎は叫んだ!一極最大の一撃を振るうため、自身を鼓舞するために!振り下ろされたのだ!光速で襲い来るエネルギー砲に、異次元の動きで断ち切る!これこそブシドーの極意!空の極点!その力、次元ごと断ち切るもの也!
「……見事だシュウ。ここに来て一皮剥けたか。」
一瞬の出来事であった。しかし幽斎は全てを見ていた。弟子の成長に思わず感嘆のため息が溢れる。エネルギー砲は宗十郎の一閃により断ち切られ霧散したのだ。
「……なに?なんだこれは?何が起きた?」
ヨセフは困惑していた。破滅の光が放たれたと思いきや、一瞬にして消失したのだ。素人目ではそうとしか見えなかった。異次元の剣閃。何が起きたかすら理解できない不可避の一撃である。
「ブシドーに断てぬものなし。あらゆる事象は全て理あるもの。であるならば断てぬ道理はないのだヨセフよ。」
宗十郎は距離を詰める。二の太刀である。狙いは当然、エネルギー回収装置!第十三プラントである!そのサムライブレードは、容赦なくその装置をオルヴェリンとの接続ごと断ち切るのだ!





