終末世界、天罰の時
「ぐ……う、うぅ……。」
しばらく気を失っていた。どれくらいの時間が経ったか。宗十郎は立ち上がり見回す。全員いるようだ。魔王を除いて。一人一人の状態を確認し、起こす。全員特に問題はないようだった。
「ここは……どこだ……?カーチェさん、リンデさん……見覚えがある場所か?」
イアソンは周囲を見渡した。一面の闇。覚えがある。これは宇宙だ。手すりがあったのでそこから下を見ると、下もまた宇宙。宙に浮いた足場のような建物に自分たちはいると考えられた。
「し、知らない!初めて見るぞこんなところは!」
「右に同じです。亜人たちの間でも、こんな場所があることは聞いたことがないです。」
ブシドーが奔流する。紫電の如く空間を走り辺りを埋め尽くす。幽斎の手によるものだ。
「ふむ……この空間、先程儂らがいた場所とは性質が異なる。言うならば……異世界。」
「異世界!?また拙者らは別の世界に来たというのですか師匠!?」
「左様だシュウ。見よこの空を。星辰が読めるか?これは儂らがいた世界とも、先程いた世界とも違う。」
空を見上げる。一面の星空。散りばめられた輝きは、まるで一つの芸術品のように輝いていた。だが宗十郎には正直分からない。星辰……星の動きなど考えたことがないからだ。
「……しょうがないやつだな。ブシドーたるもの教養も身に着けろとあれほど言ったというのに。今度、時間のある時に教えよう。」
「も、申し訳ありません。しかし……ということは、この世界……カーチェのように現住人がまたいるという可能性もあるというわけですな。」
宗十郎は奥へと足を進めた。奥には公園のようなものがあった。中央には動いていない噴水のような施設があり、それを取り囲むようにベンチ。観葉植物なのか、植木鉢に似つかわしくない植物がいくつか設置されていた。そしてその先に道はない。ここで行き止まりなのだ。
ベンチには一人の男性がいた。痩せぎすで、年は30から40程度に見える。新聞紙を両手に広げ、熟読している。
「すみませぬ、そこの御人。少しお話よろしいか?」
「む、珍しい。こんなところに、こんなたくさんの人が来るなんてな。次元の迷い子たちよ、私に何か用かな。」
「ここはどこなのでしょうか?拙者ら突然、黒い球体に呑み込まれたかと思いきや、こんな所に来たのであるが……。」
「この場所に名前はない。それでも敢えて名を呼びたいなら失われた場所……ロストルームとでも呼んでくれ。この世界にいるのはもう私一人。皆、いなくなってしまった。」
くたびれた格好をした中年はそう答える。目に生気は感じられず、全てを諦めたような風体で、どことなく少し前のイアソンを連想させる。
「元の世界に帰る方法はあるのか?」
「元の世界が何なのか分からないが……この世界から移動する方法ならばある。私の後ろに泉があるだろう。噴水の泉。そこに飛び込めば、繋がる。忌まわしき、災厄の世界へと。それ以外の方法は知らん。」
中年はコーヒーカップに手を取りコーヒーをすする。そしてまた新聞紙を開いて読み始めた。
「泉に飛び込めば世界は移動する……。まるで妖精伝説だな。」
イアソンのいた世界では泉は別世界に通じるものだと信じられていた。それが事実かは不明だが、古来より泉とは神秘的なものとして見られ、そこに異世界の入り口を夢想するのだ。
「ここにいても埒があかないと思います。宗十郎、災厄の世界とやらが気になりますが、何もないこの世界よりかは大分マシなのではないでしょうか。」
「……うむ。御人、もう一つ質問があるのだが……拙者らの前にもう一人客人が来なかったか?マントを羽織った態度の大きい成人男性だ。」
「ああ、来たな。不躾なやつだ。私に挨拶もせず、泉に飛び込んでいった。」
魔王もまたここに来ていたのだ。そして迷うことなく泉に飛び込んだという。
「決まりだ。マオウの行動からして泉の先が、現状を打破することを理解していることは明白。拙者らも後を追うぞ!御人!情報感謝する!!」
中年は手を振るう。自分たちのことなどまるで興味のない様子だった。
泉へと飛び込む。不思議と冷たさは無かった。奇妙な感覚。それがしばらく続き、突然視界は晴れる。
「全員逃げろ!もうここは無理だ!早く!!」
泉に飛び込んだ先では人々が悲鳴をあげながら駆け出していた。何かを恐れ逃げ回っている。空は曇天。不気味に積み重なった暗雲が立ち込めている。
宗十郎たちのことなど意にも介さず、人々は走り走りゆく。
「これは……元の世界に戻ったのか……?確かにさっきいた場所よりも人は大勢いるし、世界は似ているが……。」
見慣れない建物の数々。異国なのだろうか、石造りの巨大な建物が並んでいた。
「まったく馬鹿な連中だよ、必死に逃げて逃げて、どこに逃げるというのだ。もう手遅れだと言うのに……なぁそこの人ら?」
突然、話しかけられ振り向くと、そこにはボロボロの服を着て、地面に座っている男がいた。ヘラヘラと笑いながら自分たちを見ている。
「馬鹿な連中とはどういうことだ?」
「そういうことだよ。逃げないってことはあんたらも俺と同じ考えなんだろう。もうこの世界は終わる。終わるんだよ。ウヒヒ、天罰さ。傲慢な人々に神は天罰を下したのさ。あぁ、見ろ。来たぞ来たぞ。また来たぞ。天使たちが。今度こそ終わりだ。」
男の指を差した先。そこには一筋の光が大地から差し込んでいた。奇妙な現象。
大地が裂け、空を穿つ光。地下から現れたのは巨大な構造物だった。何かを模した石像のようであった。





